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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
559/677

三百八十八時限目 これはデートではない 3/3


 だれかの期待に応えられる自信なんて、僕にはなかった。だれにも期待されてこなかったし、だれにも期待なんてしなかった。


 期待に応える、という習慣がなかったのだ。頼り、頼られる生活とは無縁で、いつでも一人でなんとかなった。退屈な日は本を読んだりゲームしたり、眠くなったら寝た。


 風邪になったときだって、看病してくれる人はいなかった。小学生だった頃は母さんが付き添ってくれていたりしたけれど、中学に入学してからはお留守番も苦痛に感じないわけで、それは『孤独に慣れた』とも言える。


 僕の生活は〈期待〉と距離を置いていた。僕に期待するな、とも思っていた。『やればできる』というレッテルを貼られて、勝手に失望されるのは不本意だ。


 そういうのはもっと、まともなヤツが担えばいい。勉強も運動もそつなくこなし、いつも友人に囲まれているような人生を送る、薔薇色族のお仕事だろう。


 そんな僕がまさか、だれかに期待されることになるなんて……それだけではない。僕自身も『期待に応えよう』と行動するとは。──これも成長だ、とでもいうのだろうか。


 でも、と僕は思った。


 僕の〈期待〉というパラメータは、極端に低い。そのせいで、期待に応えようとするその方法が一辺倒になってしまう。


 同い年のクラスメイトたちがこつこつと積み上げてきた〈期待に応える〉その術に、僕は太刀打ちできない。太刀打ちできないから別の方法を考える。だが、結局は変わらない。方法を模索したところで、選択肢は一つしかないから選びようがないのだ。


 今回だってそうだ。解決したように見えて、なにひとつ解決していない。『期待に応えられた』なんて、胸を張って言えるはずがない。


『あの月ノ宮楓が僕を頼ってきた』


 という気分に舞い上がって、なにかできる気になっていただけではないか。本来であれば月ノ宮親子の会談に加わり、「自分の娘をだしにするなんて!」と、ドラマチックに抗議するのが筋だろう。そうしないという選択をした僕は、臆病者で卑怯者だ。


 だけど、月ノ宮さんは違う。


 強大な相手にも怯まない覚悟がある。


 一度は逃げ出したとしても、再び剣を交えようとする気骨がある。


 僕にはそれがない。常に他人任せ、成り行き任せで、正義もなければ甲斐性もない。『なにができるのか』なんて考えることこそ、烏滸がましいにもほどがある。


 でも、だとしても──。


 少しくらい、自分を誇ってもいいのではないだろうか。僕がどう言い訳がましい罪悪感に浸ろうとも、それを受け入れて、頼りにしてくれる人がいる。嘘でも、虚言でも、エゴやはったりだらけだとしても、それを『個性』と認めてくれる人たちがいる。


『欲しいものはどんな手段を用いてでも手に入れる』


 月ノ宮さんはそう繰り返してきた。この言葉は自分だけでなく、僕や、月ノ宮さんの身の回りにいる人たちに、遠慮をするな、と説いていたのかもしれない。『自分を大切にしてほしい』と意味を込めて発言していたのであれば……もっと早く、このことに気がついていればよかった。


 勿論、真相は違うのかもしれない。ただの口癖だ、と言われてみれば「それもそうかな」と首肯してしまえる。その程度のことだった、なんて結末だとは思えないけれど。


 月ノ宮楓は、自分の優しさを誇示しようとせずに、それとなく優しさを伝えようとする女の子だったのかもしれない。


 ──それは兎も角として、だ。


 この状況はどうなのだろう? 僕らのこれは、デートではないわけで……。


「たぶん、なのですが」


 地に足がついていないようなふわっとした感覚のまま、


「なんでしょう?」


 耳を傾ける。


 月ノ宮さんはなにかを言おうとして、口を閉じた。そして、一度深呼吸をする。「はあ」と漏れた声が、ちょっと艶やかだった。


 判子屋とサインポールが店頭に置いてある理髪店の前を通り過ぎたところで、ようやく重たそうにしていた口を開いた。僕の腕に絡めている手に、ぎゅっと力を込められた。──ちょっと痛いんですが。


「梅高に恋莉さんがいなかったら……それでも私と優志さんが友人であったなら」


 うん、と僕は言葉だけで頷いた。


「私は優志さんを、すきに……なっていたかもしれません」


 まさか、それはなさすがにないだろう。


「そもそも天野さんがいなければ、僕らが友人になるっていうビジョンが浮かばないよ」


 悪い冗談だ、と笑い飛ばす。でも、空いているほうの手のなかには、嫌な汗が滲んでいた。──告白、ではないよね。


「それもそうですね。忘れてください」


 そう言うと、痛いほど力を込めていた手がふと脱力する。跡が残っていたら堪ったもんじゃないが、そのときは跡が消えるまで付き合ってもらおう。


 僕らの関係は、だれか一人でも欠けていれば成立しない。みんながいたからこそ、僕と月ノ宮さんはこうして友人、もとい好敵手になり得たわけで。


 そうでなければ、僕はずっとあの日の僕のままだ。だれかに期待されたりもしないし、だれかの悩みに対して妥協策を見出そうとしなかっただろう。──だからこそ、身の回りにいる人たちが幸せになればいい、と僕は思っている。


 未だに幸せがどんなものなのかはわからないけれど、きっと幸せについて本気出して考えることもないだろうけれども、この関係が高校生活を終えると同時になくなることになったとしても、僕を認めてくれた人たちの未来に幸あれ、と願う。



 

【修正報告】

・2021年1月13日……誤字報告による修正。

 報告ありがとうございます!

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