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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
558/677

三百八十八時限目 これはデートではない 2/3


 僕が思い浮かべる月ノ宮さんの印象は、自ら好んで運動をする活発な女子ではなく、教室の窓辺で本を読みながら季節の風を楽しむ清楚なイメージだが、常に月ノ宮ファンクラブの面々が周囲を取り囲んでいて、窓辺で本を読む姿など目にしたことはなかった。


 一見するとインドア派に思えるが、運動神経が悪いわけではない。体育の成績は女子のなかでもいいほうだ。『いいほう』と表現したけれども、それは『平均よりちょっと高い程度』である。そこはやはり、常日頃から体を動かしている運動部員には勝てない。


 負けず嫌いな性格でもある月ノ宮さんだが、運動だけは例外のようで。好成績を収めたクラスメイトを賞賛するくらいには、適材適所を弁えているようだ。


 では、どのようにして体型を維持しているのだろうか。食事の量に気をつけていたとしても、カロリーを消費しなければ脂肪が付く。たまに「食べても太らない」というひともいるが、月ノ宮さんもそういった羨ましい能力を所持していたりして。──なんだか段々と腹が立ってきたぞ。


 食べても太らない系の能力は、高カロリーな食事で溢れている現代社会において、ある意味〈チート能力〉だと思う。


 食べても太らないからカロリーを気にする必要がないわけで、それは体力やマジックポイントが無尽蔵に設定されている異世界転移・転生主人公と同義だ。


 彼らは枯渇することのない体力、ないしは魔力を使ってモンスターを駆逐していく。疲労を知らないから連戦も余裕で、強敵を相手にしても一撃で粉砕する。


 つまり、『食べても太らない能力』というのは『能書筆を選ばず』であり、それすなわち『月ノ宮食事を選ばず』なのだ。


 常人はダイエットという名のレベル上げをして贅肉を必死に消化していくのに対し、月ノ宮さんのような『食べても太らない能力』を保持している者は、努力せずに経験値(=食事)を得ることができるようなもの。


 そんなチート能力も、全能とはいかないようだ。


 この世には〈個体差〉が存在する。


 喩えば、一匹の蟻が超人的パワーを使えるとする。その蟻は昆虫界において最強だが、超人的パワーが使える人間が相手の場合はどうなるだろうか? というお話で、同等の力を所持していたとて自分よりも巨大な相手が同等の力を持っていれば、勝てる見込みはほぼ皆無である。


 とどのつまり、湖は海に勝てないし、地球は太陽に勝てない。富士山は日本一標高がある山だけれど、エベレストには勝てないのだ。


 天野さんが〈アラガツ山〉だとすれば、月ノ宮さんは〈静山〉だ。無論、『なにが』とは言明しない。


 静山は、中華人民共和国、山東省寿光市にある標高が約六〇センチメートルしかない山で、『世界一小さい山』という説が山岳愛好家のなかで囁かれているらしい。


 だが然し、月ノ宮楓に限っては、それすらも武器になり得てしまう。


 頭脳明晰、容姿端麗、完璧超人だと思われる月ノ宮楓の欠点が目に見える場所にあるからこそ、白紙に垂らした一点の黒いシミが目立つかの如く、草原に生えた一輪の花のように輝くのだ。


 おそらく、月ノ宮楓というブランドのまな板の上に乗せられた鯉は、死の境地であることを忘れ、安心感すら抱きながら捌かれていくに違いない。


 欠点すら魅力に変えてしまう月ノ宮さんに、欠点などないのでは?


 そんな月ノ宮さんが僕に見せた弱い部分こそ、本当の意味で尊いものだったのではないだろうか……いまになって、そんなことを思う。


「言っておきますが、私の意中の相手は恋莉さんだけですので」


 堂々とした態度である。


 この状況下で、大したものだ。


「皆まで言わなくたってわかってるよ」


「これはその、悪意あっての行動ですから」


 勘違いしないでよね、まで続いたら完璧だったのに。


 いやいや、そうじゃなくて。


「この悪意はいつまで続くのでしょうか……そろそろお離れにおなりあそばせませんか、お嬢様」


 こんな場面を月ノ宮ファンクラブに見られでもしたら、教室の机の上に空の花瓶が置かれていてもおかしくない。


『水をさすな』


 という理由と、


『お前に花は似合わない』


 なんて意図に加えて、


『空っぽな人生だ』


 とかいう余計なお世話の三つの牌を揃え、僕を泣かせにくること必至だ。


 ……そうなる前に。


「あの、楓お嬢様?」


 絡んだ腕を引き離そうとした僕にしおらしい声で、


「──もうちょっとだけ、このままでいさせてください」


 そんな風にされたら、引き剥がそうにも剥がせないじゃないか。今日はとことん僕に弱い部分を見せる月ノ宮さんだが、なにか裏があるのではないか? と勘繰ってしまう。いや、裏はあった。この状況を周囲の人々に見せることで、僕の羞恥心を煽っている。──それはまあ、そうなのだけれど。


 僕は動揺していた。別に、この行動によって月ノ宮さんに恋心を抱くとか、そんなラブコメ過ぎる展開ではなくて、月ノ宮さんも月ノ宮さんで、僕のことをすきになったなんてこともないだろう。


 行動が素直過ぎる、と僕は思った。いつも自分一人で解決しようとする月ノ宮さんとは明らかに違う。他人に頼ることを〈頼る〉と認めず、〈ビジネスパートナー〉と言い張っていたあの頃の月ノ宮さんとは全くの別人だ。僕の腕をぎゅっと強く抱きしめて、俯きながら歩くその姿に、かつての月ノ宮楓の影はない。ここにいるのは、普通の女子高生・月ノ宮楓だ。


「月ノ宮さんって」


「はい」


「月ノ宮さんって、実はすっごく甘え下手だったりしない?」


「どうでしょうか……」


 兄の前では相応に出来た妹である。が、僕らの前ではクールな自分を演じるかのようにしている。見栄なのか、意地なのか、その両方なのかもしれないけれど、常時肩に力を入れていては、いつか疲労が爆発してしまうだろう。


 それがこの状況だとでも? いやいや、と頭を振った。


 自分が抱えている悩みを他人に打ち明けるには、それ相応のリスクが伴う。リスク管理を徹底するのならば、他人に悩みを打ち明けるなんてことは絶対にしないだろう。仮にそうしたとして、他人に弱みを握られることにもなりかねないリスクを考慮すれば、閉口するのが最善とすら思う。


 でも、月ノ宮さんは僕に打ち明けた。僕は愚直にもそれを、『嬉しい』なんて思ってしまった。だれかに信頼されるのは、悪い気分ではない。ただ、その期待に応えられるのか? という不安があるだけだ。


 期待される側は、掛けられる期待分のプレッシャーが伴う。


 九回裏、ツーアウト満塁という状況で、バッター四番。彼がヒットを打てばチームが勝利し、打てなければ負ける。祈るような気持ちで見守る仲間たちの期待に応えられるのは……自分しかいない。そこまで張り詰めた緊張感を持てとは言わないが、いつだって期待に応える側は断崖絶壁に立っているような気分になるのだ。──でも。


 多分、この考えかたは負け犬の思考だろう。



 

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