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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
551/677

三百八十六時限目 天野恋莉からは逃げられない 2/4


 バスの車窓の枠に肘を置き、真っ暗になった風景を気怠い感じで眺める。車内の明かりで反射して、反対側の席に座る天野さんの姿が見えた。


 天野さんは携帯端末を弄っている。どうやら、メッセージのやり取りをしている様子。口元は薄っすら微笑んでいて、楽しいやり取りをしているように思える。僕がメッセージのやり取りをするときは基本的に無表情なので、よほど相手の返しが面白いのだろう。関根さん……辺りだろうか。天野さんと関根さんは、よく教室でも話しているし。


 このバスの行き先は僕が住む町だ。あと数分もすれば、家の近くにあるバス停に到着する。女子一人だけを自宅に招き入れるのは、今日が初めてかもしれない。小学校低学年のときに何度かあった気がしたけれど、断片的な記憶でしか残っていなかった。勿論、その子のことがすきだった、とかそういった感情はなく、ただテレビゲームで遊んでいただけ。どうしてその子を自宅に招くことになったかの経緯は、全く記憶にございません、と政治家の言い訳のように締めてみる。


 なんてラブコメだよ、と僕は思った。僕のことをすきだと思ってくれている女子が僕の家にくるなんて、想像上のラブコメでしかない。然し、この展開に持っていったのは僕自身なのだ。それがいまでも信じられないでいる……血迷った、としか思えなかった。


 ──落ち着け、僕。


 と、自分に言い訊かせて、浅く深呼吸をした。


 常夜灯が道を照らしている。ガードレールの奥にある緑地帯は、昼間とは一変して薄気味悪い。──そういえば。


 深夜になると『白いワンピースを着た女性の幽霊が出る』という、根も葉もない噂があるのを思い出した。緑地帯の奥は名前も知らない山になっている。山といってもハイキングで登れてしまう程度の気軽な山だが、夜中に山を登る人間なんてそういたものではない。だから、白いワンピースを着た女性がヒッチハイクしているのを見て、「幽霊だ」と勘違いしたわけでもないだろう。──それはそれで怖いけど。


 バスを降りた。


 すぐ脇にある遊歩道で天野さんが下車するのを待つ。仕事帰りの中年男性と大学生風の男子が降りて、最後に天野さんが降りてきた。乗客を降ろしたバスは、終点に向かって走り出す。天野さんは手に持っていた携帯端末をバッグにしまい、周囲を見渡している。「なにもないでしょ?」と、自嘲気味な笑みを浮かべながら話しかけた。


「想像していたよりもずっと山道だったけど、静かでいい町ね」


 電車とバスの移動時間を合わせると、片道約一時間の道のりだ。凝った背中を伸ばし、ふわあと欠伸をした天野さんは、目をごしごしと擦った。


 電車で移動している途中、「優志君が住んでる町ってどんなとこ?」と訊かれて、僕は「なにもないド田舎だよ」と答えた。「ニュータウンとは名ばかりの、オールドタウンだ」とも。天野さんは僕の言葉から想像を膨らませて、山奥にある辺境をイメージしたに違いない。が、その想像を超えていたようだ。──田舎という単語を(けん)(そん)と捉えたのだろうか。


「優志君の家は、ここから近いの?」


「歩きで約五分くらい」


 僕は頷いて答える。


「そう、なのね」


 どうにも歯切れが悪い受け答えだ。


「どうかしたの?」


「えっと、優志君の家に予備の歯ブラシとかあるかなって……」


「探せばあると思うけど?」


 歯ブラシの用途を考えた。歯ブラシは歯を磨く道具だが、掃除をするときにも重宝される。特に、窓のサッシや細かな汚れ部分に持ってこいだ。新品だと毛先が硬すぎるので、古くなった物がベストである。が、天野さんは僕の家に掃除をしにきたわけではない。歯を磨くために歯ブラシを所望している、ということになる。歯を磨くのは食後か就寝前。


 つまり──。


「もしかして、僕の家に泊まるの?」


 天野さんは首肯した。


「そのつもりで誘ったんでしょ? お母さんには伝えてあるし、大丈夫よ」


 ボクガダイジョバナイデス──。


「それとも優志君は、自宅で数時間過ごしたあと、真夜中に女性を外に放り出すのかしら?」


「それは……」


 天野さんが僕の家に宿泊することが決定した瞬間である──。





 * * *





 僕の部屋に入るなり、天野さんは「女子の匂いがする」と言った。


「そうでもないと思うけど……」


 本物の女子にそう言われたのだから、間違いはないのだろう。でも、一度は否定しておかなければ誤解を招く結果になりかねない。普段から女子を部屋に招き入れるようなやつだ、と思われるのは心外だった。


「これは……ユウちゃんの匂い」


 その言葉に安堵し、ほと胸を撫で下ろす。女装を趣味としていて正解だった──いや、そもそも女装を趣味としていなければあらぬ疑いを自分にかけることもないわけで、とんだマッチポンプである。


「とりあえず座ってよ」


 ベッドを指して促す。僕が普段寝ているベッドに同級生の女子が座るというシチュエーションは、なかなか破壊力抜群な光景だ。天野さんはベッドに深く座り、視線を本棚に向けた。


「読書家の本棚って感じね」


 僕は頭を振った。


「いやいや、読書家だったら壁一面に本棚があるよ。僕なんて足元にも及ばない」


 太宰治や芥川龍之介、宮沢賢治に夏目漱石。それらの文豪作品がずらりと並んだ本棚の写真をSNSにアップして、『人生に影響を与えた本』と題する。それを他人が見たところで、「だからなんだ?」という反応しか返ってこないわけだが、意識高いマウント系読書家の方々は、この手法で自分の熱を語りがち──いやわかってるから、本当に。みなまで言うなって感じ。だれからも反応がなくて、一時間後にはツイ消ししているまでが流れである。──以上、過去の僕の自己紹介でした。



 

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