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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
549/677

三百八十五時限目 ケーキはどこの腹に収まるのか 3/3


「もう、かわいいんだから」


 愛犬を愛でるような優しい手つきで僕の左頭部を撫でる天野さんに、どうリアクションすればいいのだろうかと俯きながら考えていた。アニメでありがちな『(くすぐ)ったい』という感覚はない。それよりも『恥ずかしさ』が勝った。──どうしよう、振り払うのもなんだし。


 しばらくの間されるがままの状態でいた僕であったが、さすがにこれ以上は男としての立つ瀬がない。そう思い、垂れ下がる前髪の隙間から天野さんの様子を窺いつつ、「あの」と声をかけた。はと我に返ったように目を点にした天野さんは、僕を撫でていた手をすっと戻し、元の位置に座り直した。


「ごめんなさい。──つい、その」


「あ、うん……気にしないで」


 悪い気はしなかったし、天野さんの掌から伝わる熱がちょっと心地いいとすら思ってしまった。それだけに、どう反応してよいものかと困ってしまった。まさか、同級生に母性を感じてしまうとは。愛情に飢えていることもないはずなのに……。


 くすくすと笑う声が気になって周囲を見渡すと、僕たちの横の席に座る大学生風の女性二人組が、微笑ましい光景だと言わんばかりにこちらを見ていた。僕たちをカップルかなにかと勘違いしてるのだろう。いや、この状況からして仲がいい兄妹、と思われているかもしれない。僕は弟か。天野さんには奏翔君という正規の弟がいる……奏翔君に申し訳ない気持ちになった。


 それからも僕らはケーキを注文し続け、かむしゃらに食べた。いくらサイズが小さいといっても、量を食べればそれなりに腹も膨れる。甘くなった口の中をドリンクバーのアイスティーで流す。そしてまた食べる。流す。繰り返す──。


「女性の私が言うのもなんだけど、どこにその量が入るの?」


 目を丸くしながら天野さんが言う。


「甘味に関してのみ、僕の胃袋は無限大だよ」


 四つ目のティラミス、最後の一欠片を口の中へ。


「でも、そろそろごちそうさまかな」


「私も限界。当分はケーキを見たくない感じ」


 ふと時計を見遣る。制限時間はまだ三〇分を残していた。半分の空きがあった席は全て女性で埋まり、本格的に居心地が悪くなってきた。


 この店は住宅街の中にあるので、近所に住む奥様方の井戸端会議場としても機能しているようだ。二人用のテーブルをくっ付けて四人用のテーブル席を作り、自分の旦那が如何に使えないかを話している。旦那元気で外がいい、とはこういうことを言うのだろう。とりあえず世の旦那さん頑張れ、と思った。


「私もあんな風になるのかしら」


 天野さんは自分の将来を、あの奥様方に重ねたようだ。言葉の端に棘がある言い方で、眉を顰める。


「あんな風って?」


「自分の旦那さんが如何に使えないかで競い合う、みたいな」


 まじまじとそう言われると、なんとも不毛な話だ。家庭の事情は様々あるだろうけれど、すきで結婚したのでは? と思う。それとも本当に、旦那さんがどうしようない体たらくな男なのか。後者でれば愚痴りたくもなるだろう。でも、ちょっと哀しくも思った。──旦那さん、頑張れ。


「すきでもない人と結婚させられるって、どう思う?」


 これまたタイムリー過ぎる質問が、天野さんの口から飛び出した。奥様方の陰口を盗み訊いて、望まない結婚を余儀なくされた女性の気持ちを答えろ、か。国語のテストでそんな問題が出題されたら社会問題にまで発展しそうではある。穴埋め問題であればなんのこともないが、ここは感想だけに留めておくべきだろう。


「それはまあ……不幸なんじゃないかな」


「じゃあ、旦那さんになる人がとても優しくて頼り甲斐がある人だったらどうかしら?」


「それを僕に訊かれても……」


 とはいえ、答える。


「交際期間をすっ飛ばして結婚させられたって状況の話だよね?」


「うん」


 天野さんは首肯した。


「安定した収入があるなら一年くらい様子を見て、それで決めるかな。優しくて頼り甲斐がある人だったとしても、愛情に発展するかはわからないし。実は裏でギャンブルしていたり、贔屓にしているキャバクラ店があるかもわからないでしょ? だからこそ一年間、その人を見る時間が必要になるんじゃないか、と僕は思う」


 交際期間があれば、そもそも一年間も観察する必要がないわけで。


 だからこそ僕は、『不幸だ』と思った。だけど相手に揺るがない熱意があれば、事情は変わってくる。自分のことを真剣に、一途に愛してくれる人であれば、一年間も保護観察期間を設ける必要もない……もし仮に、月ノ宮さんの婚約者なる人物が、日本に帰国した月ノ宮さんの後を追って遠路遥々日本にやってきたとしたら、僕は考え方を改めてしまうかもしれない。


 婚約者の味方になるわけではない。双方にとっていい結果となるように働きかけるって意味だけど、そう上手くいかないのも人間の難しいところだ。


「やっぱり」


「うん?」


「優志君って思考パターンが女性寄りだよね」


 天野さんは手元にあった水を一口飲んだ。


「男子だったらもっと強引にでも繋ぎとめようとするじゃない? それこそ〝必ず振り向かせてやる〟的な」


 昨今の男子にそんな気概はなさそうだが……どちらかといえば、「嫌われてしまったなら仕方がない」と、すんなり諦めてしまう弱気な面が目立つ気がする。勿論、そうじゃない男子がいることもたしかではあるが。


 天野さんが言うように、「俺についてこい」系の熱血漢もいるだろう。し然し、新種の動物を探すくらい発見は困難だ、というのは言わずもがなである。


「天野さんは()()()()()()がタイプなの?」


 ううん、と頭を振る。


「そういう人と一緒にいると疲れそう」


「それもそうだね」


 僕は頷いた。



 

【修正報告】

・報告無し。


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 by 瀬野 或

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