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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
544/677

三百八十二時限目 アップオアダウン 2/2


 レインさんは静かに頷いた。まるで私が「アップ」と答えるのを予期していたかのようだった。天邪鬼な性格だな、と思われたかもしれないけれど、そういうつもりはまったくなかった。仮に山札の一番上が〈ハートのエース〉で確定していた、としても、私の答えは揺るがなかっただろう。


 ハートのエースが出てくるのは、五十一分の一の確率。「イカサマはしていない」という言葉を信じるとすれば、そういうことになる。勿論、鵜呑みにするほど愚かではないが、白の丸テーブルを挟んで正面に立つレインさんに怪しい動きは見られなかった。


 レインさんの右手が山札の一番上に触れた。人差し指の爪は綺麗に磨かれている。指が長い。いいところのお嬢様らしいので、自宅にピアノがあったりするのかもいれない。ピアニストの指は長い、と訊いたことがある。ふと自分の指を見る。私の指の長さは身長に比例しているようだ。ギターに挑戦してもFコードで詰む。だから音楽を奏でる側に回ることはないだろう、と思った。


「ダイヤの7……お見事です」


 クローバーの4の上にダイヤの7が置かれた。正解は〈アップ〉で、私の勝ち。でも、勝ち誇れる気分にはなれなかった。得意顔だったレインさん鼻頭をへし折ってやろうという気迫は、店内の喧騒に隠れてしまったらしい。周囲が騒がしいと妙に冷静になる。


 どこででも、私はそうだった。遊園地やテーマパークに連れていってもらったときだって、パレードに歓声をあげる人々を一歩引いて見ているようなつまらない子どもで、傍で熱狂する人がいると返って冷めてしまうらしい。──天邪鬼な性格だった。


「この勝負、お嬢様の勝ちですね。おめでとうございます」


「おめでたいんですか? 私がここに二度と立ち入らないって確定したのに……」


「そうですね。お嬢様のお姿を見られなくなってしまうのは寂しくもありますが、負けたのはわたくしなので詮無いことです。──ただ」


 山札からもう一枚引き、その一枚を伏せ、テーブルの上を滑らせるようにして私の前に置いた。


「どうぞお捲りくださいませ。そちらのカードは、わたくしからの感謝のカードでございます」


「感謝のカード?」


 勝敗は決したはずなのに、と不思議に思いながらそのカードを捲ってみる。カードは〈ハートのエース〉で、表面にマジックペンで文字が書かれていた。『貴女が幸せとともにあらんことを Rain』。


「どうして」


 トランプの山札を切ったのは私だ。イカサマをする余地はなかったはずだ。それなのに、どうして山札からこのカードがでてきたのだろうか。予め仕込んでおかなければ、こんな芸当ができるはずない。


「種明かしをご所望ですか?」


「はい。──だって」


 もし山札に細工をしていたならば、わざわざ負ける必要はないのだ。最初からこの〈感謝カード〉を山札の二番目に仕込んでおけばいい。そして、相手の性格に合わせた話術で回答を誘導すれば、レインさんの勝利はほぼ確定である。実際、私もレインさんの話術で揺さぶられたわけだし。


「では、種明かしは次の機会でどうでしょうか?」


「え?」


「種明かしをしてほしい、というお嬢様のお願いは承りましたので、わたくしの条件も呑んでいただきたいのです」


 ──このルールで負けたことは、一度もないので。


 レインさんの言葉を思い出した。


 なるほど、これは勝てない。


 試合に勝って勝負に負ける、といったところか。


「じゃあ、その……気が向いたら」


「ありがとうございます、お嬢様」


 そう言って一礼すると、満足そうな笑顔を私に向けた。頑是無い笑顔に、どれだけのお嬢様方が撃墜されただろう。斯く言う私もどきっとさせられてしまった。無論それは、恋愛のどうたらではない。中性的な顔立ちのレインさんの笑顔が、どこか自分と重なって見えたからだ。とはいえ、私とレインさんが似ているわけではないのだけれど、でも──。





 なんだかんだ満喫していた自分が小っ恥ずかしかった。着替えを終えて会計を済まし、エリスに別れを告げた帰り道。通行の多い駅前のロータリーを歩きながら生硬い笑みを必死に隠す。帰り際に「いい思いができたようで」と、悪意に満ちたエリスの言葉が離れない。僕が望んだのは『いい思い』じゃなくて『いい思い出』だ! 似ているけど意味が全然違うじゃないか、と不満を漏らしたい気分だった。


「気分転換にはなったけどさ……」


 口の中で呟いた。


 駅の改札を抜けて下り電車に乗り込むと、浅い眠気が訪れた。冷やされた車内とシートの熱が僕を眠りに(いざな)おうとする。途中で乗り換えがあるけれど、そこまでの距離は遠い。斜陽を背中に受けながら瞳を閉じた。



 

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