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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
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三百八十二時限目 アップオアダウン 1/2


 空になった皿を見つめる。輪郭を描いていたソースとクリームが混ざり合った色が汚れのようにこびりついた皿は、どこか模様めいて見えた。こういう模様を見て占いができればもっと人生を上手く立ち回れそうなものだけど、私にそのような特殊技能はない。せいぜいロールシャッハテストみたいになんの意味も持たない染みを、『蝶々』と呼ぶだけだ。それだって、私じゃなくてもできる。


 浮かない気分で食べたシフォンケーキの味を思い出そうとしてみた。多分、美味しかったと思う。口の中にいれた途端に紅茶の香りがしたような気もする。メイド喫茶であるにも拘らず、随分と本格的な味だった。都心のメイド喫茶では、こうはいかないはずだ。であるからこそ、メイド喫茶〈らぶらどぉる〉は近隣の店からも重宝されている。食事が美味しいから、という理由で。メイド側にいる客層は、ただ単に昼食を取りにきたような客も多い。


 私の隣にいた二人組の女性客は、自分たちが贔屓にしている執事に挨拶をして帰っていった。「またくるね」と気軽な言葉をかけていた。あの二人組はかなりの常連さんであると予想する。毎日くることもないだろうけれど、暇さえあれば来店しているような気安い感じだった。私でいうところの〈ダンデライオン〉に近い関係。行きつけの店がメイド喫茶だと、いろいろと不便そうではある。なにが不便かの言明は避けたい。


 他の客の応対をしていたレインさんと目が合った。私が食べ終えたのをチエックすると会話を終わらせて、ぺこりとお辞儀をしてから私の席に歩いてきた。その間、方々にいるお客さんから呼び止めようとする声があがっていたけれど、その声に会釈で返すだけに留めていた。


「お嬢様。シフォンケーキのお味は如何でしたか?」


「とても美味しかったです」


「それはよかったです」


 と。


 朗らかに笑うその顔は、どこか女性らしい柔らかさがあった。


「あの、ひとつ気になっていることがあるんですけど」


 私はレインさんのネームプレートを見ながら、


「どうして〝レイン〟と名乗っているんですか?」


「ああ。──それは」


 胸元にあるネームプレートを右手の親指の腹で擦るように撫でて、


「わたくしがこの店に面接しにきたとき雨が降っていたのです」


 だからレインにしました、と照れ臭そうに言う。


「安直過ぎるけれど割と気に入っています。雨は嫌いじゃないので」


 私も雨は嫌いではない。雨が屋根を叩く音も、その音を聴きながら読書をするのもすきだ。学校から帰宅する途中に降る雨は最悪だけれど、雨が降ったらわくわくすることもないけれど。──ああ、そういえば。


 幼稚園に通っていた頃、どうしても幼稚園に行きたくなかった私は、雨で濡れ、道路脇に溜まった落ち葉が見たくないという理由で母さんに抗議したのを思い出した。その日は雨上がりの快晴だったのをいまでも覚えている。どうしてそんな戯言を言って休みを勝ち得ようとしたのかまでは覚えていない。そのときの私は、幼稚園を休んででもやりたいことがあったのだろう。どうせゲームがしたいから、とかそんな下らない理由だと思う。当然、私の言い分が通るはずもなく、母さんに怒られた。


「そうだ」


「はい?」


「お嬢様、ゲームはしませんか?」


「ゲーム、ですか」


 この店のゲームは、テレビゲームではない。もっと簡単で単純なものを指す。喩えば、私の前の席に座っていた客は、ワニのおもちゃの歯を押して噛まれたらおしまい、というワニのおもちゃを使ったゲームで熱狂していた。メニューを見る。『ワニワニデンジャラス ¥500』……なかなかぼろい商売をするじゃあないか。


「トランプを使った簡単なゲームです。山札から一枚引き表向きに出し、次に引くカードがその数字より上と予想したら〝アップ〟、下だとおもったら〝ダウン〟。同じであれば〝セイム〟なのですが、この場合はドローとして次にいきます。──どうでしょう?」


 アップダウン、という気軽に遊べるルールのゲームだ。酒の場でよく行われる印象がある。負けたらショットグラスのテキーラを一気飲み、みたいな。


「わたくしが負けたらこのゲームで発生する支払いはなし、ということで」


「私が負けたら?」


「またこちらにくる、でどうでしょう」


 アップダウンは、『ワンプレイ三〇〇円』とメニューにあった。その程度であれば支払うのも吝かではないけれど──。


「そのルールに則ると、私が勝ったら二度とこない、ということになりますよ?」


「ええ、構いませんよ。このルールで負けたことは、一度もないので」


 レインさんは自信満々だった。アップダウンで問われるのは、運以外にない。イカサマでもしない限り百戦錬磨とはいかないわけだが、こうも挑戦的な目を向けられると、その鼻頭を折ってやりたくなるもので。


「わかりました。レインさんの挑戦、受けて立ちます!」





 * * *





「アップ、オア、ダウン?」


 テーブルに出されたカードに瞳を凝らす。クローバーの4。カードの山札は私がシャッフルしたし、イカサマはできないはずだ。レインさんが山札を引くときも注視していたけれど、イカサマをしてクローバーの4を出す理由が見当たらない。強いていうならば〈4〉という微妙な数字だが、適当に山札を切ってクローバーの4が出ても不思議じゃないとは思う。


「どうしました? イカサマなんてしてませんよ」


 私の眉を読んだかのように、レインさんは苦笑いでいう。たしかにイカサマをする余地はなかった。ここで負けても三〇〇円を支払うだけだし、べつに……。


「迷っているようなので、ヒントを差し上げます。次のカードは〝ハートのエース〟だと思いますよ」


「どうしてわかるんですか?」


「四つ葉のクローバーの次がハートの1だったらロマンチックだなあと──そう思ったまでです」


 メイド喫茶〈らぶらどぉる〉での〈アップダウン〉のルールは、メニューに記載されている。最も高い数字がキング、一番弱いのがエースの〈1〉だ。レインさんの予想通りに答えると〈ダウン〉になる。だけどもいっかなこれまたどうして、レインさんは〈ハートのエース〉と口にしたのだろうか。ロマンチックだから、という理由では少々根拠が弱い。


 改めて山札を見遣る。トランプはプラスチック製で、目立った傷跡はない。白い下地に赤のペイズリー柄が描かれたシンプルな物だ。コンビニでもよく目にする。


 小細工がないとわかれば、後は直感を信じるしかないだろう。


「アップ」


 と、意を決して答えた。



 

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