三百八〇時限目 薔薇の花園への招待 1/2
案内された席で遅めの昼食──この店に来たらオムライスは外せない──を食べながら、がらりと雰囲気が変わった店内を見渡す。メイドさん目的の男性客と、男装執事目当ての女性客がいる。僕のように黙々と食事をしている客は、あまり見当たらない。どの客もメイドさんや男装執事たちと楽しそうに雑談していたり、ちょっとしたゲームをしていたりする。
メイドさんとじゃんけんするだけで200円も取られるというのに、彼らはじゃんけん出費を惜しまない。案外、じゃんけん一回200円という値段は親切なのだろうか。メイド喫茶事情に明るくない僕には、理解できない世界観だ。
どちらのブースも賑わいを見せているが、その光景は少し異様に見えた。散らかった子ども部屋、という印象が色濃く映る。元々、落ち着くような店ではないけれど……異性同士の欲望が垣間見えるこの空間は、はっきり言って異常だ。
殺害予告付きのオムライスを食べ終えて一息入れていた頃、エリスが突慳貪な態度で飲み物の注文を取りにきた。コップが空になっているのを見てすぐにオーダーを取りにくる辺り、従業員の教育が行き届いている。が、エリスの態度は如何なものだろう。もう少しくらい楽しそうに接客してくれれば、僕だって気持ちよくなれるのに……まあ流星だし、しょうがない。
「水以外で、お飲み物のご注文はございますか」
水以外、という言葉を強調したエリスは、僕から金を搾り取る気満々だ。商魂逞しい、というべきだろう。入店前に「金を落としていけ」と言っていたし、ノルマでもあるのか。
「じゃあ、お茶をください」
ぴくと、エリスの眉が動いた。
「お茶とだけ申されましても。烏龍茶、紅茶各種、ご用意が御座いますが、どちらでしょうか」
烏龍茶よりも紅茶のほうが値段が高いんだったな、と値段を覚えている自分にちょっと嫌気がさす。まるでメイド喫茶がすきみたいじゃないか。
「ウーロ」
「ストレートティーですね」
烏龍茶をくださいと言い終わる前に、食い気味にエリスが答える。
「いや、僕はウーロ」
「ストレートティーでよろしいですよね」
いいよな? と目で訴えられた。
根負けして、「じゃあ、それで」と注文すると、エリスは「少々お待ちください」と厨房へ行き、暫くして注文したストレートティーを運んできた。サービスなのか、コップの縁に輪切りにしたレモンが添えられているそれは、『レモンティー』じゃないだろうか。だが、好意を無駄にはできない。「どうも」と言って一口飲んだ。
「他にご注文はございますか」
他に、か。
「スマイルをください」
エリスたんのきゃわたんスマイルが見たいなり! というのは冗談で、普段から仏頂面な流星の意外な一面を見たいというのが正直なところ。一つや二つ、仕事として見せて貰おうではないか──そう思ったのだが。
「申し訳ございません。ご主人様にのみ、スマイルの提供はお控えさせて頂いております」
なん……だと……。
マックだって「スマイルください」と言われれば、困却の果ての苦笑いくらいしてくれるというのに……これは差別だ。ご主人様差別だ。どのご主人様にも平等の権利があるはずじゃないか、と僕は思った。
「あの、エリスさん」
「はい」
「僕、一応この店では〝ご主人様〟という立場なんだよね?」
然しこのメイドは、僕の意に反して頭を振った。
「こんな忙しい日にお帰りになったご主人様が悪いのです」
そして、だから早く出ていけ、といわんとする目を僕に向ける。
自分が惨め過ぎて、なんだか悲しくなってきた。
「……というか、なんでウチなんだ。飲食店は他にもあるだろ」
周囲に訊こえないように注意してボソッと不満を漏らしたその声音は、メイド喫茶〈らぶらどぉる〉のエリスではなく、僕の友人・雨地流星そのものだった。
「あまり気軽に立ち寄ってくれるな。迷惑だ」
面と向かって『迷惑だ』と言われると、申し訳なくなってくる。流星は自分のメイド姿を、僕や知人に見られたくないのだろう。それはやはり男として生きたいと望むからなわけで、揶揄うみたいに来店すれば、僕に突慳貪な態度を取りたくもなる。
「ごめん。悪気があったわけじゃないんだよ。──ただ」
「ただ、なんだ」
呆れ顔をする流星は、じいと僕の目を見つめる。
「夏休みがもうすぐ終わるって思ったら、なにかしなくちゃいけないような気がして」
別に〈らぶらどぉる〉じゃなくてもよかったのだ。「なにかしなくちゃいけない」という漠然とした焦りと、月ノ宮さんの一件が重なり、思考がぐちゃぐちゃになったまま足を動かしていたらこの店の前に着いていた。
多分、遠くへいきたかったんだと思う。自分の行動範囲を超えた場所にあるこの店が、距離的に丁度よかっただけだ。流星に会いたいとか、そういう気持ちは一切なくて……店の前でエリスに会わなければ、外観を見るだけに留めたかもしれない。
「センチメンタルってやつか」
「どうだろう。それもよくわからない」
「ふうん」
興味なさそうに返事をした流星だったが、なにかを思いついたように目を見開いた。そして、「なあ、優志」と改まって僕を呼ぶ。
「うん?」
返事をすると、流星は不敵な笑みを湛えながら答えた。
「あっちのブースにいってみないか」
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by 瀬野 或