表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
539/677

三百七十九時限目 彼女は殺意を持って挨拶とする


「あの男は、自分の利益になることしか考えていない。それに、楓の友人というだけの立場である優志君の言葉なんて、耳も貸さないよ。あの男は、そういう性格なんだ」


 恨みがかった低い声音は、感情を吐露するようだった。それだけ照史さんは、〈あの男〉を憎んでいるのだろう。その恨みはどす黒い塊となって、僕の腹底に沈んでいく。『深淵を覗くとき深淵もまた自分を覗いている』という言葉があるが、まさしくその通りだと思った。


「それでも優志君は、あの男に立ち向かおうと思う?」


 粘つくような恨みの念に足を踏み入れるには、それ相応の覚悟が必要である。相手と一緒に自分も闇に沈んでいく覚悟がないのであれば、目を閉じて耳を塞ぎ、知らない振りをして過ごすべきだ。生半可な覚悟では足をすくわれる……と、照史さんは僕に忠告しているのだろう。


「──でも、友だちが困っているんです」


「傷つくのが怖くないのかい?」


 そんなの、怖いに決まっている。自分の言葉が相手に届かないのは怖いし、拒絶されるのだって怖い。


 ──だけど。


「なにもせず、黙って傍観しているだけでは、僕を〈好敵手〉と呼んでくれた彼女に合わせる顔がないです」


 かつては〈知り合い〉程度だ、と認識していた人たちでも、いまは違う。面倒臭くて、窮屈で、対立することだってあるけれど、僕らは同じ時間を共有して、成長していく〈友だち〉になったのだ。そう思っているのは僕だけかもしれない。勘違いだと笑われるかもしれない。でも、それでも──。


「僕は、こんな形で終わりにしたくない」


 感情に流されていることは、僕も理解していた。過去の自分が()()の僕を見たら、『僕はそんなに主人公らしい性格だったか』と嘲笑するに違いない。


 ああそうさ、僕は違う。〈努力・友情・勝利〉を掲げる漫画の主人公って柄じゃないし、ゲームでいえばモブキャラの一人でしかないことを、僕は充分に自覚している。──そうだとしても。


 佐竹からは、〈ぶっちゃけること〉を、教わった。


 天野さんには、〈大胆不敵〉を、教わった。


 そして──。


 月ノ宮さんに、〈他人を愛する意味〉を、教わった。


 いつまでも自分の殻に閉じこもっていては、なにも得ることはできない、と彼らに教わったから、僕は柄にもなく、『自分に正直に生きてみよう』と思ったのだ。それでもまだ、恐怖を拭うことはできない。魔王城を前にした勇者一行の気持ちは、きっと、いまの僕と似たような感情なのだろう。


 でも、立ち止まったままでは世界を救うことなど不可能だ。自分以外のだれかが代わりになってくれるわけじゃない。ヒーローが遅れてやってくることもない。奇跡なんて起きないのだ。──だから、足掻くしかないわけで。


「楓は」


「はい?」


「楓は、友だちに恵まれているようだ」


 僕は黙って、続きの言葉を待った。


「ボクができるアドバイスは、ひとつだけだよ。それも、アドバイスとは言えない愚直なものだけど。──それでも訊くかい?」


 言葉にはせず、ただ首肯を返事した。


「ボクが言えた義理はないんだけどね」


 そう枕詞を置いて、


「優志君があの男と関わる必要はない。勝算があるとしたら、それは楓だけだよ。だからもう一度、楓と向き合ってほしい」


「楓さんと向き合って、どうすれば……」


「優志君ができる方法で、楓を負かせてくれればいいんだ」


「それはどういう──」


 と、言いかけたところで、カランコロンとドアベルが来客を告げた。照史さんはそれまで見せていた憂のある表情から一変して、喫茶店のマスター然とした顔を作り、「いらっしゃいませ」と客人を迎え入れた。


「ごめんね、優志君。話相手になれるのは、ここまでだ」


「いえ、ありがとうございました」


 謝意を告げると、照史さんはにっこりと微笑んだ。いつも見慣れた、爽やかな笑顔で──。





 ダンデライオンを出ると、かんかん照りな太陽が僕の肌を射す。空にはうろこ雲が浮かび、一機のヘリコプターが飛んでいた。駅前から少し離れた場所にある閑散とした裏路地に、夏の終わりを感じた。もうすぐ秋刀魚が美味しい季節になる。


 僕はふと、夏休みを満喫できたのか不安になった。それらしいイベントはいくつかあったけれど、それで、夏休みを満喫した、という気分はない。多分、僕は休みの過ごし方が下手くそなのだろう。佐竹のほうが余程、休みを上手く利用している気がする。


「天野さんは、どうだったんだろう」


 僕よりも交友関係がある天野さんは、関根さんたちと夏休みをエンジョイしたに違いない。月ノ宮さんだって、無駄に時間を浪費したりはしないはずだ。


 なんだかなあ、という気分で東梅ノ原駅周辺を歩いていると、以前に何度か入ったファーストフード店が並ぶ道に出た。昼時で、人通りも増えているが、それでも都会と比べれば閑散としている。


 目的もなくぶらついて、気がつけば新・梅ノ原駅前まで着ていた。





 * * *





「はあ」


 僕は、とある店の前で大きな溜息を吐いた。どうしてこの店を訪ねたのか、理由もわからないままっここにいる。焦燥感が、このままではいけない、と足を向けたのかもしれない。が、だとしてもこの店はないだろう。


 目の前には、僕を睨むメイドさんが一人。その表情からは、客をもてなす意思などなかった。「いますぐどっかいけ」と言いたげな目に、僕は「やあ」と気さくに片手を挙げて挨拶した。


「やあ、じゃねえよ。帰れ」


 まさか店員に、『帰れ』と言われる日がくるとは思っていなかった。


「それじゃあ、()()()()とするよ」


 僕は不敵な笑みを湛え、()()の横を通り抜けようとする。


 が、然し──。


「どういうつもりだ」


 右手を横に広げて、通せんぼ。


「どういうつもりって、家に帰るんだよ? そういう設定でしょ、この店って」


「お前は本当に小賢しいやつだ」


 勝った、と思った。


「ったく。入るなら入るでいちいち店の前で突っ立ってるんじゃねえよ。出迎え待ちか。特別待遇されると思っての行動か」


「いや、なんだろうね。この店を前にすると、自ずと足が止まるんだよ」


 店の雰囲気が、そうさせる。ここより一歩でも踏み込めば、メイドさんたちが僕を出迎えてくれるのだが、そういった異質な空間には、ある種の壁のようなものがあって。それで、僕もその一員になるのが嫌……ではなくて、躊躇うというかなんというか。理由の言明は避けたい。


 ──金は。


 ──そこそこに。


「ならよし。オレに貢いで死ね」


 いや、死ねって……。


 なんともまあ、物騒な歓迎の挨拶だ。



 

【修正報告】

・報告無し。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ