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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
533/677

三百七十四時限目 下着選びは身の丈に合った物を 2/3


 店長さんが私に似合う下着を探している最中、私は甘い匂いが香る店内を適当にぶらついていた。店の奥まった場所にある高級下着売り場で、楓ちゃんが真剣に選んでいる姿が目に留まり、覗きをしているような気分になった。咄嗟に視線を別の方に向けたけれど、向けた先にも女性客がいる。


 この店にいる私以外のお客さんは女性で、彼女たちも私を女性として見ているはずだ。もしここで私の正体がバレでもしたら、警察を呼ばれかねない。行動は慎重に、不自然がないように。──そう心がけているつもりだったが、慣れない店で〈空気〉に徹するのは難しい。自分の一挙手一投足が、殊更に不自然極まりない気がして、私はつい溜息を零してしまった。


「落ち着かなきゃ」


 だれの耳にも届かない声量で呟き、俯きそうだった顔を前に向ける。私は女の子、私は女の子……心の中で呪文のように唱えた。


 それにしても──。


 ランジェリーショップというお店は、想像していたよりも遥かにカラフルでポップな店だ。レイアウトされている下着類然りだが、店内の装飾品にも拘りがあるのだろう。このお店のコンセプトが〈お姫様〉であることは間違いない。然し、店名の〈月夜に見る花の雫〉とは、どういった意味なのか……。


 店内を時計回りにぐるりと半周したところで、「お客様」と肩を叩かれた。


「この二着は如何でしょう!?」


「え、ええと……素敵だと思います」


 店長の右手には、白いレースが付いた紺色のセット。左手には、白桃色でフロントにリボンが付いているセットが握られていた。おそらくだけど、右は〈攻め〉で左は〈守り〉。どちらを選ぶかによって対応を変える作戦だ。


「先ずは右手のセットをご覧ください。こちらは当店の人気ナンバーワンデザインで、特にこのレース部分が女性の魅力を引き立てるんです。バックホックとフロントホックの二種類をご用意しています。売れているのはバックホックタイプですが、私はフロントホック派でして」


 と、饒舌に語る店長さんは、隙あらば自分語りも忘れない。


「次に左手のセットですが、こちらはシンプルながらも可愛いらしい一品です。派手とはいえませんが、目立たないというわけでもなく、譬えるならばショートケーキのスポンジに挟まれているイチゴ、とでも申しましょうか」


 比喩まで持ち出すとは、さすがは店長さん。商品は売れてこそ意味があるので、売る側はあの手この手で攻めてくる。それは当然なのだけれど、この店長さんの場合は本気さが尋常ではなかった。この仕事に誇りを持っているような、そんな瞳で。


「お客様は小柄ですので、素材を生かすのであれば左なのですが。意外性を衝くのであるなら、私は右をおすすめします。もちろん、フロントホックの方を!」


 圧が凄い、と思った。燃えたぎる情熱を抑え込むことができない、みたいな。オタクが自分の趣味を語るときって、だいたいこんな感じだ。私だってすきな本を語れと言われれば、店長さんみたいに熱が入るかもしれない。


 ともあれ、どちらを選ぶべきか──。


「悩んでいるなら、二つともご試着してみますか? サイズを計測して、ぴったりなサイズをご用意しますが……」


「あ」


 しまった、と思った。もしここで「お願いします」なんて言おうものなら、私の性別がバレてしまう……けれど、ここで断るのも不自然な気がしてならない。こういう店にくると事前に把握していたのに、リサーチをせずのうのうと訪れた私が悪いとはいえ、しかしいっかなこれまたどうして──。


「どうされますか? あ、すみません。お伝え忘れていましたが、ご試着はブラのみです」


 ブラのみ!


 ブラだけだったらぎりぎりセーフ。


 ──シリコンカップがバレるじゃん!


「お客様のサイズは、見た感じですとBくらい? でも、成長している可能性もあるので、やはりここはしっかりと計測をして──」


 しっかり計測しても、私の〝素の胸部〟はAAくらいだよ! 私があわあわしていると、店長さんの背後から凛とした声が、私と店長さんのやり取りをすぱっと断ち切った。


「せっかくのお申し出ですが、その必要はございません。彼女は私の友人なので、私が責任をもって計測致します」


「楓お嬢様……こちらにいらしていたのですか!?」


「はい。先にご挨拶をするべきでしたね、名取さん」


「ご一報下されば、こちらから出向きましたのに!」


 店長さんは、お奉行様に「はは〜」と平伏す勢いで頭を下げ続けている。


「楓ちゃんと店長さんは、どういった関係なの?」


「私ではなくお母様の仕事で関係がありまして、その縁で知り合った方です」


「楓ちゃんのお母さんって……」


「お母様は、ビジネスコンサルタントのような仕事をしています。若き日のお父様も、お母様から経営を学んだそうです」


 意外な話だった。一代で成功を掴んだ月ノ宮氏の過去に、血が滲むような努力があるのはわかるけれど……テレビで見る月ノ宮氏は、とても厳格な人だ。自分の意見は曲げず、それを通すだけの理論を構築するのが達者、というのが私から見た月ノ宮氏の印象で、他人の意見を取り入れるようには到底思えない。人に歴史あり、という言葉がある通り、月ノ宮氏にも挫折があったのだろう。


「そういった縁あって、私はこの店で下着を購入しています」


「そうだったんだ」


 店長さんはさっき、「出向いて」と言っていた。そこまでVIP待遇をするってことは、楓ちゃんが一度に買う量が規格外なんじゃ……そういえば、一年前に楓ちゃんが服を買ってくれたことがあったけれど、あのときだって両手に紙袋を持っていたっけ。──などと思い出しながら楓ちゃんの手元を見遣ると、カゴの中には大量の下着が綺麗に並べて入っている。


 そんなに下着が必要なの? って目を楓ちゃんが捉えた。


「下着は何着あっても困りませんよ」


 にっこりと微笑む。


 ──そんなに大量の下着が部屋にあっても困りそうだけど。


 正直過ぎる本音を隠し、「へえ」とだけ言って頷いた。




 

【修正報告】

・2020年11月27日……誤字修正。

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