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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十九章 He looked envious at the sky,
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三百七十三時限目 とある策士の暗黒微笑 1/2


 夏休みといえば、自室に籠って本を読むのが恒例だった。それに不満に感じたことは、一度もない。寧ろ、夏休みとはそうあるべきだ、とすら思っている。BBQやデイキャンプ、海水浴などのレジャーに心を踊らせて、「青春万歳!」と言いながら肌を焼くのは性分ではないし、友人の家を訪ねて泊まり、夜な夜な好きな人を言い合うというベタなイベントだって、そういうことがすきな人たちでやっていればいい……だいたい、だれがだれをすきだと知って、どうするのだろうか。他人の恋愛に口出しできるほど、自分は恋愛を極めているわけじゃああるまいし。


 くだらない、とまでは言うつもりはないけれど、他にやるべきことはなかったのか、と僕は、それを趣味としている学生連中に問い質してみたかった。まあどうせ、だれがだれをすきというのを把握して悦に浸りたいだけなのだろう。


 そんな捻くれ拗らせ高校二年生・鶴賀優志の夏休みは、残すところ一週間になっていた。


 宗玄膳譲の最新作、〈月光の森〉を読み終えた僕は、ふうと一息ついて本を閉じた。〈コーヒーカップと午後のカケラ〉から、着実に文章力が向上している。状況描写と心理描写が上手く掛け合い、読み手の涙を誘う。ここまでくると、もう無名作家の域を超えているのではないか、と岡目八目しつつ、手元にあるアイスコーヒーを手に取って一口飲んだ。


 時計を見る。午前中に読み終えたのはいいが、本日の予定がなくなってしまった。まだ読み終えていないハロルド本も何冊かあるとはいえ、急ぐ必要もない。それに、読みたいときに読むのが僕の読書スタイルだ。年間三〇〇冊読む、という目標を掲げているわけでもないのだし。


 ゲーム、とも思ったが、あまり乗り気ではなかった僕は、ベッドにごろんと横になった。目を閉じて、睡魔が訪れるのをひたすらに待つ。自分の体が重たくなってきたのを感じて、眠りにつくのもそろそろだなと思い始めた頃だった。


 




 前触れもなく、枕元に置いていた携帯端末がメロディを奏で始めた。通知音ではなく、着信音。あと少しで、夢の中へさあいこう! というタイミングだったのに。寝転んだまま電源コードを手繰り寄せ、画面の表示を確認する。


「月ノ宮さん……?」


 たしか、日本に帰国するのは夏休みが終わるギリギリになる、と言っていたはずだが、まさか寂しくなって友人に片っ端から電話しているのか? とも考えたけれど。この時間は、アメリカだと二十三時半頃だろう。携帯端末で話すのに、常識的な時間とは言い難い。就寝する前のひとときを語らいたいなんて、あの月ノ宮楓が思うだろうか。それに、その相手が僕というのもおかしな話で。──月ノ宮さんの想い人は、天野さんなのだし。


「はい、もしもし」


 応答するや開口一番に、『あまり相手を待たせるものではありませんよ』と、月ノ宮さんらしいことを言う。口調は穏やかで、特に気にしている様子はなかった。


『お久しぶりです、優志さん』


「ああうん。──そっちはどう?」


 そっちというのは、月ノ宮さんが滞在しているアメリカのどこかを指したわけだが、返ってきたのは耳馴染みのある喫茶店の名前だった。


『いま、ダンデライオンで食後の一杯を楽しんでいたところです』


「予定とは随分早い帰国だね」


『こちらもいろいろとありまして』


 そんなことよりも、と月ノ宮さんは直ぐに話題を変えた。


『優志さんは、星はお好きでしょうか?』


「星? まあ、ぼちぼちかな。星座についての知識はあまり深くないけど、季節の星座の位置くらいはって感じ」


 小学校で教わるからね、と僕は付け足した。


『そうですか……では、見識を広げるという意味で、二十九日にプラネタリウムにいきませんか?』


 プラネタリウムか、と思う。月ノ宮さんが言っているプラネタリウムは、多分、サンシャイニング水族館と並列してある、あのプラネタリウムに違いない。


「それは別に構わないけど……天野さんと佐竹は呼ぶんだよね?」


 まさか、僕と二人きりで、なんて言い出すとは思えないし、仮にそうだったら拒否したいところだ。月ノ宮さんと二人きりなんて、心臓が何度停止するかわかったもんじゃない。月ノ宮さんが嫌いというわけじゃないけれど。喩えば、これまでの流れを鑑みるに、無理難題を押し付けられそうで。


『勿論。──ですが、佐竹さんはこれないそうです』


「ああ……その理由はなんとなく想像できるよ」


 夏休みの課題が、まだ残っているのだろう。去年もそうだったし、全く成長していない佐竹であった。


「じゃあ、僕、月ノ宮さん、天野さんの三人で?」


『そうなります。両手に花でよかったではないですか』


 両手に花、ねえ……花は花でも、片方は黒い薔薇で、もう片方は情熱の紅い薔薇である。甲斐性のない僕では、持て余すこと間違いなし。


「どうして二十九日に? 僕は明日でも構わないけど」


『それはいいことを訊きました』


 しまった、と僕は思った。が、とき既に遅し──。


『では明日、(わたくし)のショッピングに付き合っていただけますか? ちょうど荷物を持っていただく殿方を探していたので。ささやかではありますが、報酬も用意しましょう。悪い話ではないと思いますよ?』


 うまい話には、大抵、裏があるものだ。そして、月ノ宮楓という少女の腹のなかは、光も吸収するほどの暗黒。携帯端末越しに、月ノ宮さんの暗黒微笑が眼に浮かぶようだ。


『明日でもいい、と言質はは取っていますので。──どうせ、優志さんのことですから、読書する以外に予定はないのでしょう?』


「甘いよ、月ノ宮さん。本当に、チョコレートよりも甘いね」


『はて……では、他に用事でも』


 僕は矢継ぎ早に答えた。


「僕の部屋にあるのは、本棚だけじゃない。漫画は然ることながら、パソコンもあるし、ゲーム機だってある。読書が僕の専売特許だなんて思わないでほしいね」


『なるほど。では、明日のこの時間にそちらへ……ではなくて、現地集合でよろしいでしょうか』


 月ノ宮さんだけに、華麗なスルーだった。




 

【備考】


 最新章が始まりました。

 最後まで楽しんで頂けたら幸いです。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或


【修正報告】

・2020年11月22日……誤字報告による修正。

・2020年11月27日……同上。

 報告ありがとうございます!

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