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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二章 It'e a lie, 〜 OLD MAN,
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二十二時限目 月ノ宮楓は燃えている[前]


 ヒト科に属する生物であり、極めて特殊な境遇でなければ、腕が二本以上ある構造は無し。


 腕が二本しか無いのであれば、片方に必要な物を持ち、もう片方の手は、待ち受けるドアを開くための空手でなければいけない。


 二兎を追う者は一兎をも得ずでは損失を被るのみならず、利益が全ての世界において、それは悪手とも言うべき愚行の他なし。


 よって、人間は常に二者択一を迫られる。


〈右手に持つは、欲望〉


 渇望してやまない、この世界で最も尊い存在からの贈り物。


〈左手に持つは、常識〉


 この世界で最も重要視されて、逸脱を許されない鉄の掟。


 取捨選択を迫られた際に〈堅実〉を選べば、それなりの報酬は手に入る。が、想定内の利益しか成らず。然れど、〈(ほう)(じゅう)〉すれば利益どころの騒ぎではない。


『白と黒の瀬戸際を攻めてこそ、勝負事(ビジネス)は面白い』


 と、いうのがお父様の持論で、月ノ宮グループは薬品のみならず、カルチャー部門にも幅広く手を広げている。


 勿論、お父様自身もメディアに顔を出して、討論大会のような番組に出演していた。


 ご多忙な日々で寧日も無く、そろそろメディアへの露出は控えて頂きたいのですが、今日はラジオ番組の収録があると都内へ向かって、帰りは深夜になるのでしょう。


 そうして身を削りながら、月ノ宮製薬を大企業に仕立てあげたお父様を、私は尊敬して止まない。


 いつか、私もお父様の会社を継げる存在になれるように準備を進めている。


 私に足りない物は数多にあれど、人脈を生かしきれていないのが一番の痛手。


 駒を二つ用意しても、その駒は一癖も二癖もあり、想像の斜め上な行動をする上に、隙あらば寝首を切らんと爪を研いでいる。


 歯向かうのならば、容赦なく切り捨てる覚悟ではあるにはあるのですが……これが、そうもいかない。


『欲しい物は、どんな手段を(もち)いてでも手に入れる』 


 これが、月ノ宮家の鉄則。


 愛する人を手に入れるならば、悪魔と呼ばれても構わない。


 だからこそ〈彼〉を取り込む計画を立てた。

 

 私が最短距離で〈彼女〉に近づくなら、彼の協力は必須条件。まあ、〈オマケ〉のような駒もついてきましたが、その駒は〈彼〉にお熱のようで御し易く、上手く立ち回ればその二人がくっ付いて、私は〈彼女〉を手中に納められる……はずだった。


 どうにも、歯車が噛み合ってくれない。


 手頃な駒だと思っていた〈二つ〉のうちの〈一つ〉が、想像以上に灰汁が強い性格で……弱音を吐きたくはないですが、本当に〈彼〉を手駒に置いていいものか? と、夜な夜な頭を抱えて眠りにつくのが最近の日課になりつつあった。


 欲望を捨て去れば、噛み合わない歯車も大輪を回して、順調に運ぶのかも知れない。されど、欲望を捨ててしまえば、私は死んでも死に切れないほど後悔する。


 但し……。


 欲望を選んでしまうと、世界の理から外れた異端者となる。


 諦めるという選択は、毛頭無い。


 容易く降伏しては、月ノ宮の名が廃る。


『ただの水道の水で利益を出すにはどうする』


 以前、お父様から、このような問題を突きつけられた。


 普通に考えれば、水道水なんてだれでも入手可能で、無料──厳密に言えば、それらには税金が使用されていて無料とは呼べない──で入手可能な代物に、現金を投じる者はいない。


 だが、その水を『特別なモノ』と消費者に思い込ませることができれば、仕入れ〇円にも満たない商品がヒットする可能性はある。


 健康にいい。


 運気が上がる。


 美容効果がある。


 ダイエットに最適。


 野良猫避けになる。


 ここでしか手に入らない……、など。


 それなりの地位にいる者たちに拡散してもらえば、無知な方々は喜んで購入するでしょう。


 水道の水を飲んでも無害ですし、商品説明欄に『効果には個人差があります』と小さく記載しておけば問題無しですが……、詐欺紛いな行為であり、信用がガタ落ちするので、こんな愚かな行為に手を染めるはずもない。


 とどのつまり、『価値』をつけられれば、取捨選択で切り捨てた選択肢も『捨てた価値があった』と結論付けられる。 


 なんていうのは『言い訳』ですね……。


 因みに、先程の問いをお父様に投げ掛けたら──


『私が、それを必要とする者に、安価で提供するだけだ。たったそれだけで、想定した以上の利益を生む。付加価値は、社会的信用に依存するものだ』


 と、権力で全てを制す『月ノ宮家当主』らしいお答えで感服したにしろ、それが正解ともはた言い難しで、私がお父様のように(ふる)()うには、なにもかも足りなさ過ぎた。


『目標は高く、怠けること(なか)れ』 


 お母様が連日のように仰る言葉を胸に秘め、私は戦場へと赴く──。





 





 天野さんが口を付けたままの、銀色の匙を見やる。


 匙の底に薄ら残ったドライカレーを、そのまま口に運びたい衝動に駆られる手を、理性で制した。


 ああ、なんて官能的でしょうか……。


 この感情を比喩するならば、裸の女神たちを描いた絵画を見て、思わず目を覆いたくなるような気恥ずかしさ。


 美と醜が紙一重のように、エロスもまた然りで、元来、エロスは女神の名前ですから、この匙は『女神エロスが口付けをした匙』と言っても過言ではないでしょう。


 天野さんが口をつけたこの匙を継続して使い続けることは、天野さんと幾度となく間接キスをしていることと同義であり、つまりは、ええと、その……最高です!


 この状態で保存できればよいのですが、如何せん、状況が状況だけに、バッグに仕込んでいた袋──空気を抜いて閉じ込められるタイプ──に入れて、持ち帰ることもできない。


『手を滑らせる真似をして匙を床に落とし、換えの匙と交換した際にバッグの中へ』


 という方法もあるのですが、その場合、お兄様になんとご説明すればよいのやら……。


 お兄様は大学を卒業後、()()()()()をきっかけに、お父様と反りが合わなくなり、月ノ宮から離れた。


 そして、現在は喫茶店のマスターをしている。


 幼少期からなんでも器用にこなすお兄様なので、閑古鳥が鳴きそうなこの店も、いつか大盛況になるでしょう。


 ですが……。


 絵の才能だけは相変わらず開花していないらしく、目の前の壁に誇らしげに飾られたこの絵だけは、早急に外したほうがいい……と、私は常日頃考えては、この絵を見ているうちに『これもお兄様の歩んできた道なんだ』と、思うようになった。


 昼食を堪能した私たち一行は、食後の珈琲を楽しみながら、先程の料理の感想を思い思い言い合っている。然すれど、佐竹さんの感想だけは理解し難い内容で、『彼は一体、何語をお話ししているのでしょう?』と小首を傾げたくなってしまう。


『ガチで』


『マジで』


『ヤバい』


『普通に美味い』


 最初の三つは、まあまあニュアンスで伝わるのですが、『普通に美味い』とはこれ如何に?


 普通、という言葉の意味は『一般に通ずること』『どこにでも見受けられるものであること』なのですが、近年では『普通』を賛辞として使用するケースも多く、それこそが日本人の慎ましさとあらば『普通に美味しい』という表現も、なかなか皮肉めいた響きをしている。


 但し、この場においては不適切なので、是が非でも『普通』は取り除いて頂きたい。


『お兄様のお料理が()()だ』


 なんて冗談は、存在だけに留めて下さい……と、喉元まで出掛かったけれど、私は淑女であることを選んだ。


「ほんっと、(ろく)でもない感想ね」


 天野さんが、私の気持ちを代弁してくれた。


 これはもう、告白と受け取っても差し支えはなさそうですね! 入籍はいつしましょうか? やはり大安吉日にするべきですよね? ああ、いい夫婦の日なんて語呂のよい日もあるので、それまでは熱愛カップルでいるのも悪くはありません……なんて、(はや)る心を自重させた。


「言葉のレパートリーないの?」


「うるせえな。別にいいだろ……」


 ほう……、私の天野さんの言葉を無下にするとはいい度胸ですね。


 と、歯を食いしばっていたら、優梨さんが私をちらりと見て「ごめんなさい」とばかりに頭を下げた。……まあ、いいでしょう。この場は優梨さんの顔を立てて不問にします。


 でも、佐竹さんが少し羨ましくも思う。


 あんな風に言葉責めされたら、私はどうなってしまうのでしょう? ……と考えるだけで、意識を持っていかれそうになってしまった。


「それで……、次はどうするの?」


 天野さんは横髪を耳に掛けながら、私に視線を向けた。その仕草がとても()()めいていて、そんなに見つめられたら心臓が止まってしまう! と、手元にあったコーヒーカップで壁を作り、ちらちら窺う。


 ──どうしたの?


 ──あ、いえ。すみません……。


 あまりの美しさに直視できないなんて、言えるはずがないではありませんか! はあと胸の内で溜め息を零し、予め購入しておいた〈サンシャイニング水族館〉のチケット四枚を、バッグの中から取り出して、テーブルの真ん中に滑らせるように置いた。


「こういった物を用意しました」


 おお! と大袈裟なリアクションを取った佐竹さんが身を乗り出して、テーブルに置いたチケットの一枚を手に取りぺらぺらと扇ぐ。


()()()ってこれのことか!」


「え? あ……そ、そうです」


 これも、佐竹さんなりのフォローなのでしょう。見当違いも甚だしい限りですが、仮にも助け舟を出してくれた彼の優しさに泥を塗るのを躊躇い、咄嗟に肯定してしまった。


『サンシャイニング水族館でダブルデート』


 この計画が掲げられた時点で、優志さんと連絡を取り合い、日取りが決定した時点でチケットの用意はしていた。当日券を購入してもよいのですが、そうすると無駄な時間を食ってしまい、当初の目的が果たせなくなる可能性もある。


『準備を怠ること(なか)れ』


 これは、お母様の口癖。


 如何なる場合においても、最善の準備をして挑めば、墓穴を掘るような真似はしない。

 

「水族館なんて久しぶりよ」


 ──ユウちゃんは?


 ──子どもの頃に家族といったくらい。


「それはいいとして、いくらだ?」


 佐竹さんが腰のポケットから黒い財布を取り出して、パカっと開く。それを合図にしたかの如く、天野さんと優梨さんも財布を取り出した。


 はっと優梨さんの財布に目を向けた。


 よかった……。


 ちゃんと、女性用の財布を用意していたんですね。


 優梨さんがバッグから取り出した財布は淡い(すみれ)色の二つ折り。片手でも容易く持てるハーフサイズであるにも拘らず、優梨さんが手に持つと大きい印象を受けるのは、彼女の手が殿方らしくない小さな手だからでしょう。小銭入れ部分が()()口になっていて、金色の金具がよいアクセントになっていた。


 そのセンスは、殿方のどこからくるのですか……?


 正直、私の好みと被っていて悔しい。


 殿方というのは、ボロボロの皮財布と相場が決まっているのに……そう、頃合いの物を佐竹さんが持っているではありませんか。中学の入学祝いに買って貰って以来、ずっと使い続けているような使用感を漂わせている。


 天野さんの財布は、情熱的な薔薇色の長財布で、メーカーロゴプレートが財布の上中央にある。


 あのメーカーは、最近、女子高生の間で話題沸騰中のメーカーだった気がしますね……。


 元はアパレルショップで原宿に本店があり、新作が発表されると長蛇の列ができる、とニュースでも取り上げられていたりもする。


 私が持っているのは、白に着色されたワニ皮の長財布ですが、ここで取り出すと嫌味になってしまいそうなので控えた。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。

 今回の物語はどうだったでしょうか?

 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。

 その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。

 完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或



【修正報告】

・2019年2月21日……読みやすく修正。

・2019年2月23日……誤字報告による若干の文章修正。

 ご報告ありがとうございます!

・2019年12月5日……加筆修正、改稿。

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