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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十八章 Happiness consists of misfortune,
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三百六十八時限目 宇治原と流星[後]


 オレに言い負かされて臍を曲げた宇治原は、蒸し風呂のようなテントに篭っている。換気窓があるテントだとしても、風が吹かない夏の午後では過酷な環境になっているはずだ。このまま放置すれば、熱中症にもなりかねない。そう思ったオレは、宇治原をテントから引き摺り出すべく口実を、テント横の木陰で考えていた。


 本音を言えば、宇治原がどうなろうが知ったことではない。が、宇治原に用があると言っていた優志の計画を邪魔した尻拭いは、自分でするべきだろう、と思う。


「宇治原、入るぞ」


 入口を開くと、宇治原はイヤホンで音楽を聴いていた。インナーイヤー型は、音を大にするとシャカシャカ音漏れが激しく、簡単に外れてしまうから好きではない。


 なにを聴いているのかと聞き耳を立ててみれば、人気アイドルグループの新曲だった。見た目通り、ミーハーなヤツだ。


 アイドルソングを聴いていること自体は悪くないが、この見た目でアイドル好きとは……オレが傍にいることを気配で感じたのだろう宇治原は、咄嗟に音楽を止めてイヤホンを外した。顔が赤くなっているのは、テントの中の温度が高いだけではないと、宇治原の焦った顔を見て思った。


「……なんだよ。まだ言い足りないのかよ」


 あそこまでボロクソに言われても、まだ好戦的な態度を取れるものだろうか?


 いや、これは虚勢だ。


 プライドが高い宇治原は、自分が負けたことを認めようとしない。


 佐竹の件でクラス全員に謝罪したとはいえ、優志に対しては未だに無視を貫いている。優志も優志で変に頑固だからな。お互いに譲れないものがあるのはわかるが、どちらかが折れなければ、卒業までずっとこのままだろう。


「ちょっとばかり言い過ぎたと思ってな。詫びとは言わないが、売店で飲み物でも奢ってやるからいくぞ」


「ったく、わあったよ」


 宇治原のような男を釣るには、言葉よりも物だ。それに、この蒸し暑いテントの中では喉も渇く。クーラーボックスにもドリンクは入っているけれど、売店の冷えたドリンクのほうが好ましいに決まっている。売店にあるドリンクは、通常価格よりも割高になっているだろうが、二〇〇円程度で釣れるとあらば安いものだ。





 特に会話もなく本部まで到着し、ガラス戸を開いた。エアコンの効いた室内は、汗ばんだ肌を気持ちよく冷やしてくれる。ちょっと肌寒いくらいが丁度いい、とクラスの男たちは言っているが、あれはやせ我慢かなにかなのか? 電車の中ですら寒いと感じるが、朝、梅ノ原駅まで一緒に搭乗していた義信は、ひとっ風呂浴びた親父のような顔で「生き返るわあ……ガチで」と零していたのを思い出した。


 こういう細かい違いが、いちいちオレを苛立たせる。


 宇治原はオレを置いて、受付の隣にある売店へと向かい、冷ケースの前へ。炭酸とスポーツドリンクを両手に持ち、どちらにしようかとラベルを睨んでいた。


 そんな宇治原を他所に、オレは優志が頭を抱えている本を探す。たしか、タイトルは〈月光の森〉とか言っていたな……と本が置いてあるコーナーへと赴き、件の本をすぐに見つけて手に取った。


「これか」


 著者名は〈(そう)(げん)(ぜん)(じょう)〉。


「ふうん」


 膳を譲る、ねえ。


 この作者はよほど傲慢なのか、それとも偽善者か。どちらにしてもオレとは馬が合わなそうな堅物だな。


 本を置いて、宇治原の元へ向かう。


 背後から軽く肩を叩いくと、宇治原は「うわ」と声を上げて体を跳ねさせた。


「なんだ。アマっちかよ」


「だれだと思ったんだ」


「別に」


 宇治原はどうやらスポーツドリンクではなく、炭酸飲料を選んだらしい。


「コーラにするのか」


 訊ねる。


「やっぱ夏はサイダーっしょ」


 どこまでもミーハー道を進む、宇治原。


 オレはボトルタイプのアイスコーヒーを選んだ。


 思うに、夏といえばアイスコーヒーだろ。





 宇治原からサイダーを奪い、その足で〈月光の森〉がある本コーナーに向かう。ここに来た目的は、宇治原にサイダーを奢るためだけじゃない。宇治原から本の情報──正しくは、宇治原の親父さんの情報──を引き出すためだ。


 本の前に立ち止まる。


 キャンプ場の売店に置くにはどうも相応しくないその本を見て、宇治原は眉をぴくっとさせ、意味深な言葉を呟いた。


「……どうしてこの本がここにあるんだ」





 * * *





 佐竹との話が一段落してから大分経った頃、どこかに行っていた流星と宇治原君が戻ってきた。


「お前らどこまでいってたんだよ。ガチで」


「売店までな。アマっちにサイダーを奢ってもらったぜ」


「は? 俺のは?」


 自慢気に語る宇治原君と、奢ってもらったことを羨む佐竹。


 険悪ムードかと思っていた流星と宇治原君だが、流星の巧みな話術によって仲直りした様子だ。普段こそ無口な流星だけど、ここぞというときは饒舌だもんなあ……というか、多分〈らぶらどぉる〉で鍛えられたに違いない。


 お客さんとのコミュニケーションが、流星を成長させているのだと思うと、僕もバイトすれば多少はマシになるだろうか? まあ、あのお店(らぶらどぉる)でバイトするのだけはご免だけどね!


 やまとなでしこよろしくな場所で彼らの談笑を訊いていると、流星が不敵な笑みをこぼしながら僕の横に並んだ。


「お前が知りたいことじゃないかもわからないが」


「え?」


「宗玄膳譲の情報を訊き出した」


 流星、有能過ぎるのでは?


 有能過ぎてちょっと怖いまである。


 あれほど険悪なムードだったのにも拘らず、どうやって情報を引き出したのかその手腕も然ることながら、海老で鯛ならぬ、海老で鯨を釣り上げるくらいの芸当を披露してみせたとでも言うの?


「凄いね……それで、その情報は?」


()()ってわけにはいかない」


 流星は売店で購入してきたアイスコーヒーのボトルを開き、ごくりと飲んだ。


「四〇〇円で売ってやろう」


 その値段は、おそらく宇治原君に奢ったサイダーの値段と流星が買ったアイスコーヒーを足した値段だ。


()(こぎ)な商売をするじゃないか」


 ポケットから財布を取り出し、小銭を確認する。が、小銭入れの中には、五〇〇円一枚、一〇〇円三枚、五十円一枚、五円が二枚に一円玉が三枚と、丁度四〇〇円にならない……渋々五〇〇円玉を流星に渡した。


 ──領収書ください。


 ──宛名は。


 ──佐竹義信で。


「優志も大概じゃないか」


 鼻で笑う、流星。


「そもそも、こうなったのは佐竹の責任でもあるからね」


 僕が佐竹の名前を出すと、


「俺をディスるのはそこまでだぞ!?」


 振り向いて、大声をあげた。



 

【備考】


 投稿が遅くなってしまいまして、誠に申し訳御座いません。モチベーションが保てなかったので、別の物語を書いてなんとか取り戻しました。が、やはり活力となるのは読者様の声援です! もしよろしければ一声頂けたらと思います。m(= =)m


 これからも当作品の応援をよろしくお願いします!


 by 瀬野 或


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・報告無し。

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