三百六十七時限目 さまにならないサマーキャンプ ③
佐竹は僕に背を向けて、宇治原君と談笑している。時折、二人の大きな笑い声が高らかに響き、近くにいるキャンプ場利用者の視線を集めたりしていた。
『どうして佐竹は、宇治原君をこの場に呼んだのか?』
宇治原君を目の前にしてこの質問をぶつけるのは、あまり得策とは言えない。だが、どこかに呼び出すのも不自然な気がする。なるべく、穏便に済ませたいと考えれば考えるほど、佐竹と二人きりになって話をするシチュエーションが見えなくなった。
「まるで借りてきた猫だな」
僕の右隣にふらっと歩み寄り、流星が皮肉を吐く。
「変なところで遠慮するから余計にややこしくなる。こういうときはどんと構えて、どちらが上かを宇治原に見せつけてやえればいい」
「簡単に言ってくれるよ」
それができないから困っているというのに。
「女々しいヤツだな」
「辛い性分だと自分でも思っってる」
本当に、女々しくてつらいよおおおお……ぴえん。
「それで、お前はどっちと話がしたいんだ。宇治原に『どうしてキャンプにきたのか』って訊きたいのか。それとも、佐竹に『どうして宇治原を呼んだのか』と問い詰めたいのか」
多分、どちらも同じことだろう。ただ、宇治原君と二人きりになってその質問をぶつけたら、口喧嘩になるのは目に見えている。なるべく穏便にこの場を済ませたいと考えている僕としては、佐竹に事情を訊いたほうが角が立たないだろう。
「佐竹と話がしたい」
言うと、流星はくすりと笑った。
「まるで憧れの先輩を目の前にしてる下級生の女子みたいだな」
「本当にね。こうなるとわかっていればあっちの姿できたのに」
なんの気なしに答えたつもりだったけど、流星は僕の返答を訊いて意外そうに目を丸くした。そこまで驚くような返答をしたつもりはないけど、流星には思うところがあったようだ。
「ふうん……そうか……」
含蓄ありげに、口角を上げる。
「わかった。宇治原はオレが引きつけてやる……でも五分で決着を付けろ。オレだって宇治原と特別仲がいいわけじゃないからな。それ以上は間が持たない」
「あ、うん……ありがと」
教室での二人を思い出してみると、宇治原君は流星を『アマっち』と呼んでネタにしている姿が浮かぶ。が、宇治原君に対して決まり文句の『そのあだ名で呼ぶな殺すぞ』を返している場面が想像できない。代わりに『黙れ死ね』は言っているけれど……どっちも冗談とは呼べない罵詈雑言ではあるので是非を問うのは難しいとはいえ、流星はその違いを好感度で変えているのかもしれない。そもそも、冗談が通じない相手には殺害予告しないしな。
そんなことを考えている間にも、流星は宇治原君をどこかへ連れ出した。歩きながら、流星が僕をちらりと見る。「場は整えてやったからな」と言いたげな目に、僕は感謝の意を込めて目礼した。
「佐竹、ちょっといい?」
流星が作ってくれたチャンスは五分だ。値段がいいカップ麺が出来上がるまでの時間で、佐竹からどこまで訊き出せるかはわからないが、折角の好機を無駄にはしたくない。
佐竹は「おう」と、体ごと振り向く。そして、僕の顔を見るなり質が悪そうにへにゃっと微笑んだ。
「あー、ええっと」
顳顬辺りを左手の人差指でかりかり掻きながら、
「これには入間川よりも深い理由があってだなあ……ガチで」
「入間川にそこまで深いイメージないけど」
近くに流れる小川を見て譬えたようだが、僕が知り得る限りだと、入間川は男性の平均身長の肩くらいまでの深さしかない。場所によっては深いのかもしれないが、近くを流れる川の深さは子どもが遊んでも危険はなさそうなくらい浅かった。
「優志が言いたいのは『どうして宇治原を呼んだのか』だろ?」
黙って首肯する。
「たしかにアイツとは色々あったけど、根は悪いヤツじゃないんだ。ただ少しだけ自己主張が激しいだけというか……俺は、アイツと優志が仲直りできればいいなって。そのきっかけになれば、とアイツを呼んだんだ」
佐竹は妙にお節介なところもあるから、どうせそんな魂胆だろうとは思っていたけど……ここまで頭の中がキッズステーションだとは思わなかった。
「それで、宇治原君はなんて?」
「特になにも言ってなかったな。普通に、ガチで」
文字通りの取って付けたような語尾の意味はどうでもいいとして、宇治原君が僕と一緒に行動しようとするとは考え難い。なにか裏がある。そんな気がしてならなかった。
「佐竹は宇治原君を信じられるの? ……あんなことがあったのに」
昨年に起きた宇治原クーデター事件を、被害者である本人が忘れるはずないし、宇治原君が行った数々の悪行は、到底許されないような卑劣さを極めていた。
あれは、どこからどう見たって〈いじめ〉だった。
僕が一番許せないのは、これまで佐竹が必死に守ってきたものを崩壊させようとする宇治原君の汚さだ。宇治原君だって、佐竹にどれだけ守られてきたのかわからないほど間抜けではないはずだ。然し、宇治原君は自分が一番になろうとして、不誠実を働いた。本来ならば感謝しなければならない相手にナイフを突きつけたようなものだ。
これがもしもマフィアとか、そういう半グレ集団の内部で起きていたらどうなっていたか。無論、ただでは済まないだろう。命があったら儲けもので、五体満足な姿で生きられるとは思えない。
集団のリーダーに背くということは、そういうことなのだ。
「俺だって許せないところはある……でも、もう終わったことだ」
佐竹は感傷に浸るかのように、遠くの空を仰ぐ。
役者気取りか、と佐竹の腹部を右手の指で突いてやった。
「ふぉあっす!?」
とてもじゃないが、他の人には訊かせられない気持ち悪い悲鳴だった。
佐竹の中では決着がついたことだとしても、僕の中では現在進行形なのだ。二年生に上がった新学期の初日、宇治原君は僕に宣戦布告している。和解を申し出た宇治原君の誘いを断った僕も悪いけれど、あれだけ露骨に宣告されたら、僕だって身構えないわけにはいかない。
「……わかったよ。ここで文句を言ったとことで、キャンプは始まってしまったんだから」
「じゃあ!」
と、表情を明るくする佐竹。
「その代わり」
僕は、佐竹が言いたかったであろう言葉を遮った。
「……なにかあったら責任取ってよね」
「責任ってお前、それって!?」
「なにをバカな勘違いしてるのさ……」
これでもかってくらい冷たい視線を佐竹にぶつける。
「ぬか喜びさせるんじゃねえよ!?」
「この状況でぬか喜びするヤツがいるか! 罰として、夕飯のカレー、佐竹はルー無しだからね」
「ごはんライス……だと……」
「違う。ライスごはんだよ。白米をおかずにご飯食べてなさい」
ぷいっとそっぽを向く。
佐竹は情けない声で、
「ゆうしいー、マジでえ……」
と、意味不明な言葉を口走っていた。
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by 瀬野 或
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