三百六十七時限目 さまにならないサマーキャンプ ②
バスから降りた僕らは、花火会場だった河川敷の砂利道を歩いた。川のせせらぎと草いきれの匂い。どちらにも特別感はないが、先頭を歩く佐竹は「夏の開放感最高だな!」と、一人で騒いでいる。
同じ埼玉県民だとはいえ、佐竹が住んでいる地域は、埼玉県でも栄えていると言っていい。
森林や土よりも、コンクリートの地面とビル群を目にする機会が多い佐竹にとって、梅ノ原付近の自然は珍しい光景なのだろう。が、それは一年生だったらの話であって、二年生にもなれば『田舎は退屈である』と充分に知り得るはずだ。梅高の下には同じ川が流れているし、ここよりも山が近くにある。
「ねえ、流星」
隣を歩く流星に声をかけると、あからさまに嫌そうな目だけを僕に向けた。
「なんだ」
「佐竹のテンションが異常だと思うんだけど」
「義信はいつもあんな感じだろ」
「そうだけど……」
クラス内での佐竹は、盛り上げ役に特化していると言っても過言ではない。ウェーイなノリを多用するのは勿論だが、そのノリが通用しない相手にも気さくに話かけて笑いを誘うコミュニケーション能力には、僕も一目置いているけれど。
「それに、キャンプと言えば夏の代名詞でもある。アイツはこの手のイベントが好きだしな」
「それもそうかな?」
流星の言い分もわかるが、本当にそれだけだろうか……。
暫く歩いていると広場のような場所に到着した。
広場の奥に、年季の入った白い建物がある。どうやらあの建物が受付になっているようで、受付待ちをしている家族連れや、ソロキャンパーが列を作っていた。
キャンプ場の利用は無料だが、駐車場は別途料金が発生するし、無料だからなにをしてもいいわけではない。注意事項などの説明を受けるためにも受付を済まさなければならないのだろう。
薪の販売もあの建物で行なっているようだ。両手に薪の束を持って出てくる利用者の姿もあった。売店もあるのかもしれない……端から見たら集会場のそれにしか見えないが、軽食なども販売しているのだろう。
その建物に近づくと、片手を大きく振りながら佐竹の名前を呼ぶ男子の姿が目に留まった。
「え」
僕は思わずその場で足を止め、見間違いじゃないかと両目を左腕で擦る。見間違いであってくれと願いながら恐る恐る目を開く。やはり見間違いではなかったと気づいて、胸のあたりがずしりと重くなった。
佐竹が必至に隠そうとしていたのは、少し離れた場所にいるつり目の彼の存在だった。
宇治原。
同じクラスにいる佐竹軍団の一人。一時は佐竹に反旗を翻すも、自分の器が小さ過ぎてクーデターは失敗に終わった。その件で、僕は宇治原君と揉めている。その件以降、宇治原君は僕に近づこうとしなかったが、一度だけ、新学期が始まる日の校舎前で、宇治原君は僕に和睦を試みようと接触してきたことがあった。
僕はそれを一蹴した。許す許さないの問題ではない。洒落で済むことであれば、僕だって言い過ぎたと非を認めることもできる。然し、宇治原君が行った暴挙は、佐竹の尊厳を著しく落とし、一時的ではあるけれど、孤立させたのだ。
道すがら、すれ違い様に殴られてへらへら笑えるほど僕は大人ではない。佐竹はそれをよしとするだろう。でも、僕は違うのだ。右の頬を殴られたら相手の左頬を殴り返したい。勿論、それは物理的ではなく、間接的にだ。こちらが手を出さなければ、暴行罪も適用されるだろう。そういう意味での反撃を、僕は企てる。
でも、宇治原君にはそれをしなかった。直接言ってやったほうが効果的だ、と思ったからだ。いま思えば、僕らしくない選択だっただろう。けれど、後悔はない。相容れない相手、犬猿の仲、蛇とマングースとも譬えられる。
佐竹は、僕が宇治原君を目の敵にしていることを知っているはずだ。
それなのに、宇治原君を呼んだ。
僕は、和気藹々と話す二人を尻目に見ながら両腕を組む流星の肩をとんとんと叩いた。
流星は、宇治原君が来ることを知っていたはずだ。
「どういうこと?」
説明を求める僕に対して、「本人に訊け」と流星。もっともな意見ではあるけれど、納得はできない。
「流星は知ってたんだよね?」
「ああ」
悪びれる素振りも見せずに頷いた。
「どうして教えてくれなかったんだ」
僕の質問に、
「メンツについて訊かなかったのはお前だろ」
眉ひとつ動かさず、流星は答えた。
「参加者は、僕と、佐竹と、流星の三人だったよね? なのに、増えるなんて思わないよ」
もしも宇治原君が来ると知っていたら断ったのに、という言葉は呑み込んで、似たような言葉を選んだ。
「オレは義信じゃない。お前が知りたい答えを持っているはずがないだろ」
徹頭徹尾、佐竹に訊けの一点張り。
「仮にオレがお前の知りたい答えを知っているとする。でも、オレの口から話すのは筋が違う。宇治原をメンツに加えたのは義信だ。だったら、義信から話を訊くのが筋ってもんだろ」
「正論を訊きたいわけじゃない」
「感情論で言えば納得するなら言ってやる……知るか馬鹿殺すぞ」
いつもの調子で吐かれた暴言は、なぜかすとんと腑に落ちた。僕はマゾヒストだったのか? けれど、正論を掲げられるよりはマシだった。
「それもそうだね。突っかかるような真似してごめんよ、アマっち」
「ああ。あと、そのあだ名で呼ぶな殺すぞ」
僕は流星に何度も殺害予告されているが、流星はそれを実行に移す気配はない。過剰なツンデレと思えば、なかなか可愛いものだ。それを本人に伝えたら再び「殺すぞ」が訊けるに違いないけれど、胸中に留めた。
流星が言いたかったことは、僕らの問題は僕らで解決しろってことだろう。いや、ただ単純に、揉め事に加わるのが面倒だった可能性も否定できない……どちらにせよ、宇治原君がこの場にいる限り、面倒に流星を巻き込むのは必然ではある。
「苦労をかけるね」
言うと、
「お前が持ってくる面倒にはもう慣れた」
そう言って、流星は鼻で笑った。
【備考】
読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。
これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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