二十一時限目 天野恋莉は踏み出せない[中]
「レンちゃん、冷めちゃうよ?」
「あ、うん。いただきます……!?」
え? と、私は舌に残った味覚を疑った。
美味しい……。
重過ぎない苦味の中に薄っすらと顔を覗かせる甘みと、嫌味のない奥ゆかしさを感じる酸味が成立してる。
毎日のように珈琲を嗜む人は、美味しい珈琲を飲むと『酸味が深い』って例えるけど、言い得て妙だ。珈琲を飲んでこんな感想が自分の中から出てくると思わず、舌を巻いてしまった。
「どうだろう? 気に入ってくれたかな?」
「とても美味しいです」
「それはよかった。ゆっくりしていってね」
誇らしげに踵を返して、照史さんはキッチンへ戻っていった。
こんなに美味しい珈琲を提供してくれる店なのに、どうしてお客さんが私たちだけなの?
立地条件が悪いのは否めないし、カフェチェーン店が表通りにあるから、わざわざ裏路地まで足を運ぶのが手間だというのはわかる。
そりゃまあ、私だってこの店の存在を知らなければ、百貨店の裏手なんて目もくれない。そればかりか、甘ったるいコーヒーを『美味しい』なんて評価しながら通ぶって、各カフェチェーン店の味を品評していた。
井の中の蛙大海を知らず、だったわけね。
これからはダンデライオンに通いつつ、出かけた先にある喫茶店にも入ってみよう。取り敢えず、コメダ辺りから始めてみようかしら?
それはそうと……。
「佐竹、さすがに遅くないかしいら?」
佐竹不在のまま寛いでいて、なんなら来なくても問題ないけれども、今日は佐竹の了承を得て、デートのお邪魔をさせてもらっている身だ。彼を差し置いて、私だけ楽しんでいるのもきまりが悪い。
「……あ、来たみたいだよ」
噂をすれば影がさすわけか……もう少し、佐竹の話題を遅らせていたら、二人きりの時間が楽しめたのに。
ユウちゃんの視線を目で追うと、肩で息をしながら、照史さんに「ちーっす」って馴れ馴れしく挨拶をする佐竹の姿を捉えた。
てか、馴れ馴れしいにもほどがあるんじゃない?
部室で先輩に挨拶するのとは、わけが違うのに……。
「遅くなって悪いな」
「私は一向に構わないけど?」
佐竹を前にすると、どうして、悪態をついてしまう。
「相変わらず、当たりが強えなあ」
へらへら笑っているけど、胸の内ではどう思ってるのかしら? 可愛くないヤツって思われてそうね。まあ、そうなんだけど。
「途中で楓に会って色々と話をしてたら、こんな時間になっちまった」
そういえば、照史さんが『楓がもうすぐ来る』と言ってたわね。
「折角だし、楓も呼んだんだけど……いいか?」
「いいよ? レンちゃん次第だけど」
「ユウちゃんがそう言うなら」
私は元より、この場にいるべき人間じゃない。だから、二人が『よし』と言うなら決定に従うのみではある。
だけど……実は、月ノ宮さんのことが少し苦手なのよね。
愛想もいいし、日本人形が西洋式の制服を頑張って着ているようで可愛いらしいけど、なにかと彼女と目が合うのが気になっている。
睨まれているのではなく、まるで監視でもされてる気分。それでいて、目が合うとニッコリと微笑むのだが、その笑顔が私の心を覗くようで不気味にも感じていた。
「……それで、楓ちゃんはどこにいるの?」
「ああ。〝先に買い物してから来る〟とか言ってたぞ」
「買い物って?」
ユウちゃんが小首を傾げながら佐竹に訊ねると、佐竹は微妙な表情をしながら「わっかんねえ」とだけ返した。
「お待ちどうさま」
入店時にアイスコーヒーを注文していたらしい。
ホットコーヒーと違って、アイスコーヒーの提供時間は早く、佐竹が着席してからほんの数分で出てきた。
「あッス!」
ストローを使わずに、コップのまんまグイッと呷ると、半分以上のアイスコーヒーが一瞬にして無くなった。
全力疾走して喉が渇いていたとはいえ、アイスコーヒーを水代わりにするのはどうなのかしら? 折角の美味しいコーヒーが台無しじゃない……?
もっと味わって飲みなさいよと注意したいのは山々だけど、男子って、がさつなところがあるし、そういうものなのかしら……。
「うお……ミントとアイスコーヒーって普通に合わねぇな」
「ミント?」
なんでミントが出てくるの? と、ユウちゃんが訊ねると、佐竹はポケットからタブレット菓子を取り出した。
「コンビニでこれを買ったんだよ」
得意げな表情でシャカシャカと容器を振る。
「そのためだけにコンビニまで?」
「うるせえな。男子には色々とあるんだよ。ガチで」
──佐竹君は、口臭が気になったんだよね?
──それ、フォローのつもりか……?
ユウちゃんと二、三言葉を交わしたあと、佐竹は妙にかしこまった感じで「しっかしなあ」とぼやいた。
「チョコミントはイケるのに、コーヒーミントは合わねえな」
「それはそうよ。二つとも香りが強いんだから」
「コーヒー風味のコーラとか、炭酸コーヒーとか一時期あったよね」
あったあった! 佐竹が大袈裟に手を叩く。
「あれ、美味しくなかったあ……」
味を思い出して、ユウちゃんは「んげえ」と舌を出す。
ユウちゃんって、案外冒険するのね。
私はそういう物に興味ないから、決まったものしか飲まない。
コンビニやスーパーで買うのは、フレーバー付きの水かお茶。炭酸も極たまに飲んだりするけど、そういうときはサイダーを主に選ぶ。お祝いごとで雰囲気を出すなら、グレープサイダーかなあ……。
三人で『これまで飲んだジュースで一番美味しくなかった物』談義を始めて、結果、『ドクペは、ドクペに選ばれた者しか飲めない』という結論に至った。
ドクペに選ばれるって、なに?
「……それで、月ノ宮さんはいつ頃来るの?」
「詳しく訊かなかったけど」
──そこはしっかり訊きなさいよ。
──そうだよな、すまん。
「え?」
「あ? なんだよ」
「……なんでもないわ」
まさか、佐竹が素直に謝罪するとは思わず驚いてしまった。
なんだか、調子が狂う。
「そう時間は掛かんねえだろ。普通に」
「早く楓ちゃんに会いたいなー♪」
私は、一抹の気まずさを覚えた。
これまでユウちゃんと二人で和気藹々としていたけど、そこに第三者が加わると、なにを話していいかわからなくなる。
結局、これといった話題もなく、佐竹とユウちゃんの会話を耳にしながら偶に頷く程度で、月ノ宮さんの到着を待った。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
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「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・2020年1月29日……誤字報告による修正。
報告ありがとうございます!