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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十七章 Escapism,
504/677

三百六十一時限目 その日、彼は一歩だけ踏み出した[前]


 東梅ノ原駅前ロータリー付近は、花火帰りの客でごった返していた。田舎に人が溢れるとは……これも花火効果ってやつだろう。滅多にお目にかかれない光景が、窓を隔てた向こう側に広がる。駅に向かう人々の行列を見た佐竹君は、その多さにげんなりしながら「すげえ人だな」と感想を零した。


「梅ノ原市花火大会は、納涼を目的とした行事であると同時に、町おこしとしての側面もあります」


 助手席に座ったままの姿勢で、楓ちゃんが(うん)(ちく)を傾ける。


「当初は〝お祭り〟として開催されていたようですが、見物客が放置するゴミが問題となり花火だけが残った……という(てん)(まつ)です」


「んだよ、本来ならたこ焼きとか食えたんじゃねえか」


 うぜーって、文句を垂れた。


「佐竹の気持ち、私もちょっとわかる。ルールを守らない人たちのせいで、きちんとルールを守っている人がとばっちりを受けるのはおかしいわ」


 正すべきは、無法者の在り方のはずでしょう? と、憤りを露にして怒るレンちゃんに、佐竹君が「そうだそうだ」って合いの手を入れた。


 レンちゃんが言っていることは正論だ。


 でも、正論が通らないの場合は多々ある。


 それには『日本人の行儀よさが関係しているのではないか』と、私は思う。


 幼少期から事を荒げるのを『行儀が悪い』と教え込まれた子どもたちは、争いが発生した際に見て見ぬ振りをする。それは、自分に火の粉が降りかかるのを嫌うからだ。


 だれだって火中の栗を拾うなんてしたくない。


 見て見ぬ振りが全て悪い、とは思わないけれど、そのせいで不誠実を働く者たちが、我が物顔で堂々と道の真ん中を(ばっ)()するのは如何なものだろうか。


 でも、そんな彼らをだれが叱れるだろう。


 煙草のポイ捨てを注意すれば、逆上した相手に殺される。道で倒れている人を救助すれば、名誉毀損で訴えられる。『こんにちは』と挨拶をしただけで不審者発生の回覧板が流されるのだから始末が悪い。


 善行を悪行として捉えられるのであれば、見て見ぬ振りを通したほうがいいって考えるのも当然で、首を突っ込んだお前が悪いと言われて、「ああ、それもそうだ」と納得させられてしまう世の中なのだ。


「そういう時代ですから、上手く立ち回るしかありません」


 楓ちゃんの言葉に、しんと静まり返る車内。


 沈黙を破るのは、いつだって彼だ。


「色々と間違ってるよな、ガチで」


 そう、異議を唱える。


「俺はバカだから、なにが間違っているのか、なにが正しいのかはわかねえ。でも、やられたら嫌だなってことはわかる。家の庭にゴミを投げ捨てられたら嫌だろ? 通りすがりにぶん殴られたら? 漫画やゲームを借りパクされたら? ……好きな人を傷つけられたら俺はぜってー嫌だって思うし、抵抗する」


 なんとも佐竹君らしいというか、わかりやすいというべきか。


 最後の部分だけ、特に意味深だった。


 私に向けたわけじゃないよね? そう思うのは自意識過剰だ。


 とんでもない爆弾を投下されて、居心地の悪さを感じた。他に、もっと気の利いた譬えはあったんじゃないの? って不満を漏らせる状況でもない。かっと熱くなった耳をどうにか隠せないものか考えながらもじもじしていると、「動揺し過ぎだから」って、ツンケン声でレンちゃんが耳打ちした。


「そうだね。……ごめん」


「私だって、そうだもの。ユウちゃんが、優志君が困ってたら、助けたいって思うわ。役に立てるかどうかはさて置きだけど……」


 私とレンちゃんがこそこそ話をしていると、反対側に座っている佐竹君が「なんの話をしてるんだよ」って口を尖らせた。


 なにこの板挟み……、「私のために争わないで!」って言いたくなるようなシチュエーションに、あははと乾いた笑いしかできなかった。


「アンタみたいなのがもっと増えれば、単純で、毎日が楽しそうねって話してたのよ」


「おい、どういう意味だよ」


 ──褒めてるのよ。


 ──お、おう。なんかサンキュ。


 ちょろいよ佐竹君! 普段褒められることがないからって、皮肉のひとつくらいわかるようにならないと、この先が不安でしかないよ! でも、皮肉を皮肉と捉えないなら、それはそれで幸せなのかも。だけど、京都には絶対に住まないほうがよさそうとは思う。『ピアノが上達しましたね』と言われて、『マジすか、あざッス!』って返しそうだもの。見ているこっちがハラハラしちゃうし、心臓に悪い。


「佐竹さんは、案外、政治家に向いているかも知れませんね」


 いまのいままで口を開かず、駅前ロータリーに続く道の渋滞に苛々しながら、『左手の人差し指でハンドルを叩くだけのマシーン』になりつつあった大河さんは、徐に口を開いた。私たちの会話を耳にして、なにかしら思うところがあったのだろう。開口一番にそう言うと、全員の注目が運転席に集まった。


「ゆかりさん、冗談キツいッスよ。俺、政治なんてろくすっぽわからないッスから」


 ろくすっぽなんて言葉、いつ覚えたの? 日常会話ではあまり訊かない言葉だけど、これも勉強の成果だとしたら、佐竹君が『語彙の勉強』と称して読んでいる本を、一度確認しておかなければならない。


 戸惑いを隠せない私を置き去りにして、二人の会話は続いた。


「冗談ではないです。それに、わからなければ知ればいい」


「勉強は嫌いなんスよねえ……」


 嫌悪感たっぷりに、佐竹君は顔を顰めた。


「それは、勉強を目的にしているからです。勉強はあくまでも手段であり、目標ではない。学生のうちは勘違いしてしまいがちですが、勉強とは不明瞭になっている出来事の意味を知る手段のひとつなんですよ。テストで満点を取るのを目的としているなら、勉強はただ退屈で、苦痛だと思うまま学生生活を終えます」


 ですが、と小休止を挟んで、大河さんは呼吸を整えた。


「本来の学びは、そうではありません。佐竹さんの立場になって語るとすれば、ゲームの裏ボスを攻略するにはどうすればいいのか、という話です」


「あー、なるほど。……つまり、どういうことッスか?」


 大河さんは、溜め息混じりに「はあ」と呟いて、真正面を見据えたまま細かくブレーキを刻んだ。


 佐竹君に勉強の在り方を理解させるには、もっと噛み砕いて説明しなければならない。大河さんも百歩譲ってそう語ったのかも知れないけれど、佐竹君の勉強嫌いは筋金入りだ。噛み砕くなら、水に溶かせるくらい粒子化しないと。


「つまりね、佐竹君。大河さんが言いたいのは、裏ボスに挑むなら、万全に準備を整えてから挑むでしょ? ってことだよ。その準備が勉強ってこと」 


 わかった? って視線を送る。


「そういうことか! 最強武器は揃えるよな、普通に」


 違う、そうじゃない。


 肝心なのは裏ボスの攻略方法ではなくて……。


 私の説明も、佐竹君にとっては硬過ぎたか。


「その〝最強の武器〟こそ〝勉強の過程で得られる知識だ〟ということですね」


 楓ちゃんが補足を入れると、佐竹君はようやっと理解したらしい。ふむふむと頷いて、にかっと笑った。


「なんだか無性にドラクエかエフエフをやりたくなってきたぞ」


 ああ、そうか。


 佐竹君に『勉強とはなにか』を説くこと自体が間違いだったんだ。


「……やはり、佐竹さんは政治家に向いていますね」


「……私もそう思いました」


 どちらも『悪い意味で』って言葉が、後に続きそうな口調だった。



 

【備考】


 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。


 これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或


【修正報告】

・報告無し。

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