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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十七章 Escapism,
503/677

三百六十時限目 大人の余裕


 楓ちゃんたちよりも遅れて到着した。


 私は、遅れた理由の一部始終を口頭で説明するのが恥ずかしくて、『転びそうになった際に助けてもらった』とだけ伝えた。(ねぎら)われていいはずの佐竹君は、私の説明に一切口出しせず、腕を組んで口を噤んだままだった。


 私が説明を終えると佐竹君は待ってましたと言わんばかりに、


「つか、喉渇かねえ?」


 わざとらしく、声を大にした。


 根掘り葉掘り訊かれるのは嫌だ、とか思ったのかも。


 あのときは涼しい顔していたくせに、『大胆なことをした』って今更きまりが悪くなった? まあ、時間が経過すれば冷静にもなる。思い返せば悶え苦しむ記憶なんて、封印してしまうに限るのだ。


「自販機はどこだ?」


 言いながら、周囲を()()(こう)()


「自販機はあちらです」


 大河さんが指を向けた方角に、全員の視線が移った。


「そうだ」


 と声を上げた佐竹君は、帯から垂らしている巾着袋から財布を取り出して、私たちに背を向ける。私の視界から、佐竹君が後ろ向きでなにをしているのか見えたけど、敢えてなにもツッコまずに見守った。


「……よし」


 私だけに訊こえるくらいの小さな声。


「今日のお礼ってわけじゃねえけど、なにか飲むか? (おご)るぞ」


 佐竹君が奢るなんて、珍しい。


 含むところがあるんじゃないかって、腹の裏を探りそうになった。


「ありがと。……じゃ、お茶で」


 ──なに茶だよ。


 ──冷たいお茶ならなんでもいい。


「それが一番困るんだぞ?」


 佐竹君は困りながら、「まあいいか」と呟いた。


「楓は?」


「私はアイスティーを」


「レモンとストレートがあるな……、どれだ?」


 眉を顰め、遠くにある自販機を凝視する。


「ストレートがあればそちらを。もし無ければ、甘くないものをお願いします」


「そう言ってくれると助かるんだけどなあ。ガチで」


 文句言うなよって、レンちゃんをチラリ見た。


「言わないわよ。麦茶でも、緑茶でも、マテ茶でもいいわ」


「太陽の……ってやつか。最近見なくね? 普通に」


 レンちゃんは『お茶ならなんでもいい』と言った。


 喉の渇きを潤せればいいって考えたんだろう。


 楓ちゃんは『なにが飲みたいのか』を、明確に伝えていた。


 飲みたいドリンクを注文しただけなのに、二人の個性が見受けられるのは面白い。


「優梨は?」


「私はサイダーがいいな」


 ラムネが飲みたいけど、さすがに自販機の品揃えにはなさそうだ。


「はいよ。……ゆかりさんはどうしますか?」


 奢る人数に自分が含まれているとは思っていなかったようで、きょとんとした目をした。


「私ですか?」


「車を出してくれたお礼ッス」


 車を出して欲しいとお願いしたのは楓ちゃんだから、佐竹君にお礼をされる筋合いはない、みたいに思ってそうな顔をしている。他者から向けられる好意にどんな反応をすればいいのかわからないのかも。クールに見えるのは、単純に不器用な性格だからかな。


 まれに、自分の短所を免罪符のように使う人がいる。


『自分は〜な性格だから』


 って、鼻にかけて話す人とは関わりたくないけれど、大河さんはそれともまた違う。


「……では、お言葉に甘えて。ブラックコーヒーをお願いします」


「お茶、紅茶、サイダーにコーヒーっと」


 確認がてらに復唱している佐竹君に、「佐竹はなににするの?」ってレンちゃんが訊ねた。


「俺? 俺は……そうだな、エナジー系があればそれにする」


 見事に好みがばらばらだ。でも、佐竹君のチョイスは「らしいな」って思った。ライフガードとか好きそうだもん。


「じゃ、買ってくる」


 くるっと踵を返し、カランコロンと下駄を鳴らしながら自販機へと向かっていった。





 会話の中心にいる人物が離脱すると、急に気まずくなっってしまう現象に名前を付けるなら、『付け合わせの集合体』と命名したい。ハンバーグがないハンバーグプレートとか、ネタが乗っていないお寿司とか、焼肉定食焼肉抜きとか、そんなイメージ。メインになる料理を失ったコース料理ほど、寂しいものはない。


 付け合わせでもお新香くらいになれたらいいか。


 そう思って、


「大河さんは花火に興味がないんですか?」


 口を衝いて出た言葉は、()(ため)(ごか)しにもどがあるような質問。佐竹君が戻るまでの場繋ぎ役を買って出てみたけど、私のトークスキルは並よりも劣るのを忘れていた。答えは既に導き出しているし、そもそも否定的な質問で会話が盛り上がるはずもない。


 やってしまった。


 心底そう思っていると、大河さんは私に一瞥を投げた。


「特に思い入れはないです」


 それに、と続ける。


「花火はここからでも見れますので」


 臨時駐車場から見える景色に、空を遮るようなビル群は無い。田舎だから、高層ビルなんて建造物はないのだ。もし、視界を遮るような大きな建造物があるとしたら田園風景に溶け込んだ電波塔くらいなものだ。


「でも、駐車場と会場では臨場感に差がないですか?」


 しどろもどろしている私を見て不憫に思ったレンちゃんが、私の救難信号を察知して助け船を出してくれた。


 大河さんは、ふと物思いに耽るような表情をして空を見上げる。視線の先は花火が打ち上がっていた場所。もう、なにもなかったみたいに星が(またた)く。


 ──特に思い入れはないです。


 だったらどうして、そんな寂しそうな表情をしているんだろう。語るに語れない、並々ならぬ事情があるんじゃないか? そう思わせるような瞳だった。


 さらりと吹いた夜風が、湿気と、煙硝の残り香を運ぶ。火薬の匂いがしたのは、気のせいだったかも知れない。酷く断片的だったから、鼻の奥に残っていた匂いと勘違いしただけかも。


 空から視線を戻して、ゆっくり口を開いた。


「自販機の前で飲む缶コーヒーと、少し離れた場所で飲む缶コーヒーの味に違いはありません。山の(ふもと)(いただき)くらい差があれば別ですが」


 酸素濃度の違いが味覚に影響を与えるらしい。昔に見たドラマで、科学捜査班の女性がそんなことを言っていた気がする。映像作品はフィクションだからその真意は定かではないけど、山頂で食べるお弁当は美味しそうだし、珈琲の味にも影響を与えそうだ。スキー場で食べるカレーうどんが美味しいのも、それに由来してそう。


 両手に飲み物を抱えて自販機から帰ってきた佐竹君は、「え、なにこの空気」って顔をしながらそれぞれに飲み物を配った。 


「ゆかりさんの好きなメーカーじゃないかもッスけど、どうぞ!」


 受け取って、「ありがとうございます」と会釈をした。


 手に持つ缶コーヒーをじいっと見つめている大河さんの口角が、ちょっとだけ上がっている気がした。


「……とは言いましたが、()()で飲む缶コーヒーは別です」


 カシャッとプルタブを開けて、一口。


 車のボンネットにそっと缶を置き、佐竹君に歩み寄った。


「佐竹さん」


「はい?」


 大河さんはジーンズのポケットに手を突っ込み、なにかを取り出して佐竹君の手の中へ。両手で包むように、それを握らせる。手の中にある感触から、受け渡された物を察した佐竹君は、「いやいや、俺の奢りッスよ!?」って返却しようとする。


「子どもが大人にコーヒーを奢るなんて、一〇年早いです」


 大河さんのクールさが相俟って、大人の余裕みたいなものを感じた。


 ああ、なんか、かっこいい台詞だな──。そう思ってしまうくらい、決まっていた。



 

【備考】


 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。


 これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或


【修正報告】

・報告無し。

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