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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十七章 Escapism,
501/677

三百五十九時限目 花火大会は幕を閉じる[前]


 最後の玉が打ち上がった。


 締めに相応しい大輪の花は、()(ばゆ)い閃光の後、力強い音が空気を揺らす。夜空に散りゆく無数の輝きが立体的な形を成して、流れ星のように黒へ溶けていった。


 残ったのは(えん)(しょう)の匂いと、寂しい気持ちに似た感情。『終わった』ではなくて、『終わってしまった』。寂しいと言い切るには足りなくて、満足とも呼べない不思議な感覚だ。吊るされた(ちょう)(ちん)に明かりが(とも)り、設置された柱に取り付けられているスピーカーがハウリングする。『これにて、梅ノ原市花火大会は終了となります』のアナウンスが訊こえて、夜空を眺めていた観客たちは、はたと我に返り、実行委員会と花火職人たちに向けて盛大な拍手を贈った。


 楽しい時間は、いつも、あっという間に終わる。でも、心が現実に回帰する感覚は嫌いじゃない。虚しさと切なさを、ちょうど半々に分けたような、いい(あん)(ばい)だ。


「色々あったけど。……凄かったな、花火」


 本当に、色々あった。そんな言葉で括ってしまえば『なんともないこと』みたいに感じてしまうが、実際は濃密な数日だった。はっとさせられる瞬間もあったし、自分の未熟さが露呈して憂鬱に押し潰されそうにもなったりもした。一概に『いい経験をした』とは言えない。ただ、なにかを成し得た達成感はある。……そうか、形容し難いあの感情の名前は、達成感だったんだ。


「みんなで見れてよかったわ」


 一件落着したかのように、レンちゃんが言う。


「そうだなあ」


 頷いた佐竹君に、


「アンタがもっとしっかりしてれば、こんな事態には発展してなかったんだからね?」


 と、お灸を据えた。


「悪かったって。ガチで」


「終わったことだから、もういいけど」


 二人の歯に衣着せぬやり取りを見ているのは楽しい。私と流星の会話も、傍から見ればこんな感じなんだろうか? そうだ、来年は流星も連れてこよう。どうせ断られるだろうけど。彼はちょっと天邪鬼な性格でもあるから、すかした態度で『興味ない』と言いつつも、内心では尻尾を振っていたりして。想像したら、ちょっと可愛いかった。


「恋莉さんと並んで見る花火は、これまで見てきた花火が色褪せてしまうほど美しかったです」


 (おお)()()過ぎるわよ、と苦笑いするレンちゃんに、「そんなことはありませんよ!」って言い切れる楓ちゃんの素直さは見習うべきかも知れない。なんて、思いながら傍観していた。


 ふと、後頭部に軽めの衝撃を感じて振り返る。佐竹君の右手は手刀の形をして、ちょうど『オッス、オラ悟空!』の場所で止まっていた。「いつも俺の横腹を突くお返しだ」みたいな顔が腹立たしい。ふくれっ面で睨んでも、したり顔は変わらない。


「油断()()ってやつだな」


 油断しているのはどっちなんだか。


 腕を組んでほくそ笑む佐竹君は、自分の間違いに気がついていない様子だった。冗談を言っているようには見えないし、本気で言ってたらそれこそ大問題だ。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥。このまま間違えて覚えていたら、いつの日か絶対に失敗する。


 そう思って「油断()()だよ」と指摘したら、


「大敵の上位互換だ。大よりも天のほうが強そうだろ?」


 意味不明な自己解釈を披露された。


 理屈はわからないでもないけど、日本語は正しく使ってこそ()(ぜい)があるというもの。誤っても語尾に「ガチで」なんて付けるべきじゃない。佐竹君を全否しているようで申し訳ないとは思う。でも、これ、現実なのよね。


「あ、そう言えば!」


 突如、レンちゃんが大声をあげた。


「花火を見て思ったんだけど、花火の形!」


「紫陽花、菊、百合。私たちの浴衣の花ですね」


 ああ、たしかに。


 レンちゃんに指摘されて気がつくとは、私の洞察力もまだまだだ。


「佐竹さんの浴衣には絵柄が無いので、残念ですが……」


「ちょっと待て。なんで〝失格です〟みたいな空気出してるんだよ」


「佐竹、いいやつだったわ……」


「勝手に殺すな!?」


 リズミカルにツッコミを入れる。


 佐竹君は他人と他人を繋ぐ潤滑油のような性格だから、面接の際は胸を張って「潤滑油です!」って言っていいと思う。多分、どの潤滑油よりも滑るだろう。


 その場に留まっていた観客の足が、徐々に帰り始めた。


「私たちも帰りましょうか。大河さんに申し訳ないですし」


「つか、ゆかりさんも見にくればよかったのにな」


「そうね。駐車場からそこまで離れてないんだし」


 私には、なんとなくわかった。


 大河さんが来なかった理由は、私たちに気を遣ったんだ。勿論、花火自体に興味がなかったり、大勢が集まる場所が苦手って理由も考えられる。でも、大河さんの性格を鑑みれば、部外者の自分が〈夏の思い出〉に割り込むべきではないと考えるはず。そっちのほうが大河さんらしい思考だと思う。


 だって、私が大河さんと同じ立場だったら、そうする。


 馴染み無い場所で、馴染めない人たちとともに行動するのは、ただただ苦痛なだけ。気乗りしない集合写真に冷めた顔で写るのも嫌だ。後々その写真を見て「コイツ、少しは楽しそうな顔しろよ」って言われるのも我慢できない。ならば、最初から『行かない』って選択をしたほうが賢いだろう。


 冷静に考えれば、大河さんが『駐車場で待つ』って選択した意味もわかるはず。だけど、美しい花火を見て心が満たされている状態で、そこまで気が回らないのも頷ける。


 だれだって感動を分かち合えれば最高だし、共有したいはずだ。強引に「これ、感動するから」って自分の好きな映画、本、音楽、漫画を相手に貸す理由もまた同じ。自分が「いい」と思った作品が、相手も「いい」とするとは限らない。


 ──捻くれ者ですね。


 私に向けられた言葉は、『不器用な自分』にも向けられていたのではないか? 思えば思うほど、そんな気がしてならなかった。



 

【備考】


 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。


 これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或


【修正報告】

・報告無し。

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