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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十七章 Escapism,
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三百五十八時限目 それぞれの想いを花火に向けて[後]


 花火大会臨時駐車場はこちら、と太字で記入してある白いプラカードを持つ男性の指示に従い、砂利の駐車場に車を停めた大河さんは、疲労混じりの息を吐き出した。「到着しました」の声は淡々として、冷めた印象を覚える。休み無しで運転していたから気を配れるほどの余裕はない、そんな心境が声に現れていた。


 到着するちょっと前に目を覚ましていた楓ちゃんは、シートベルトを外して体を捻るように背後の私たちを見た。それぞれの状況を確認すると、視線を私に固定する。大河さんに言い渡していた依頼の確認をするような視線だった。私は「どうしたの?」みたいに首を傾げて、『レンちゃんの寝顔撮影なんて知らない』という体をする。私の様子を見て、依頼が遂行されていないと確信したらしい。ガクッと肩を落としたけれど、次の瞬間にはいつも通りの顔に戻っていた。


「もう着いたのか……ふわあ」


 佐竹君は大きな欠伸をして、車のドアを開けた。湿度の高いムワッとした空気が入り込み、車内の快適温度が崩れる。気温が下がった気配を感じないが、日差しが無いだけマシ。ぴょんと飛ぶように降りた佐竹君に続いて、私、レンちゃんの順番で外に出た。


「絶好の花火日和ね」


 晴れていてよかった、とレンちゃんが言う。


「ふと思ったんだけど、どうして花火()()なんだ? 花火って順位を決めるもんじゃねえだろ。普通に」


「大会、という言葉には、佐竹さんが言うように、順位を競うという意味がありますが、他にも、集会や行事という意味が含まれているのですよ」


 楓ちゃんの補足を訊いた佐竹君は大きな伸びをしながら、「なるほどなあ」と納得。


「花火の美しさを競う大会もあります。秋田で開催される〝全国花火競技大会〟。茨城で開催される〝土浦全国花火競技大会〟。新潟で開催される〝長岡まつり大花火大会〟がそれに該当します。これらの大会を総じて〝日本三大花火大会〟と呼ぶそうです」


「楓、詳しいわね」


 レンちゃんに褒められた楓ちゃんは、えっへんと胸を張った。胸を張った……んだよね? 大丈夫、琴美さんは『大きさは関係無い』って言ってたから諦めないで! いま思うと、この言葉って『勝者の台詞』だよなあ。


 それにしても、懐かしい場所だ。


 以前、佐竹君と一緒にきた神社の駐車場が『臨時駐車場』になってるとは思ってなかった。この神社で、シンジとタクヤ、そして、チョコ作りでお世話になった(むら)()()()()さんと初めて出会ったんだ。シンジとタクヤとは、その後、行く先々に出没して迷惑を被った。現在は、琴美さんがどうにかしてくれたらしく、私たちの前に姿を現さない。


 懐かしい気持ちになっていると佐竹君が隣にきて、


「覚えてるか、ここ」


 二人に訊こえないような、小さい声で呟いた。


「覚えてるよ、ちゃんと」


 私が言うと「そうか」って、ちょっと嬉しそうに微笑んだ。


「私はここにいますので、なにかありましたら連絡して下さい」


 大河さんはそれだけを言うと、駐車場の隅にある喫煙所へと向かっていった。よっぽど煙草が吸いたかったのを我慢してたのか、足取りも早い。ジーンズのポケットから取り出した煙草の箱はぺしゃんこになっていて、原型を留めていなかった。


「では、私たちもいきましょうか」


 楓ちゃんの声に頷いて、私たちは喫煙所とは反対側へと足を進めた。




 臨時駐車場から歩いて一〇分くらいの距離にある川辺りが、花火会場になっている。私が『いつか寄ってみたい』と思っていたベジタリアンカフェの隣だ。カフェテラスでは、ビールやワインを飲みながら談笑している外国人の姿が目立った。騒ぐというよりも、雰囲気を楽しんでいる様子だ。花火を見ながら飲むお酒は格別、と言っていた父さん言葉を思い出して、彼らもプライスレスな時間を楽しんでいるに違いない。


 川の上に掛けられたコンクリートの橋──橋と呼ぶのが正しいかはさて置き──を渡り、河原に続く階段を下りる。下駄、厄介だなあ。「足元が暗いから気をつけろよ」と、佐竹君が携帯端末のライトで照らしながら、私たちを誘導してくれた。


 階段を下りた先に、雑草が広がる場所があった。そこには、家族連れやカップル、学生など、大勢の人で溢れている。立ち見している人もいれば、キャンプで使うような椅子を持ってきた人もいて、結構フリーダムな空間が出来上がっていた。


 花火の打ち上げ場所は、ここよりももっと遠く。弾けた花火の残骸が観客に当たらないよう、風の向きなどを計算した場所で打ち上げがされる。


 私たちが会場に到着して数分もしないうちに、私人の壁に囲まれてしまった。左から、楓ちゃん、レンちゃん、私、佐竹君の順番で横一列に並んでいて正解だったかも知れない。もし、二人一組、前後で並んでいたら、人の波に揉まれて離れ離れになっていただろう。


 人の熱と夏の暑さが混じった空間は、じっとしているだけでも汗が吹き出してくる。はたはたと右手で扇いでいると、佐竹君は帯から扇子をさっと取り出して「使うか?」と貸してくれた。


「ありがと」


 扇いだ風もまた生温い。けど、風があるのと無いのとでは、雲泥の差があった。


「これじゃあ、焼きそばとか買いに行けねえな。ガチで」


 ──え? 屋台なんて出てないよ?


 ──は? マジか。


「もしかして、本気で屋台が出店していると思ってたの?」


「ば、ばっか。冗談に決まってんだろ? 花火大会は祭りじゃねえんだし……」


 あ、そうか、祭りじゃねえんだよな。発言してから気がつくなんて、お粗末なマッチポンプだ。


 私が笑うと、


「勘違いしただけだろ!?」


 必死に弁解していた。


「浴衣姿の人は、あまり見ないわね」


 祭りなら兎も角、花火大会に浴衣を着ていこうと思う人は、そう多くないのかも知れない。私たちの周囲にいる人たちは、普段着よりもラフな格好をしていた。


「こういうイベントは、雰囲気を楽しむものです。なら、それらしい服装をしたほうがいいではありませんか? 私は、恋莉さんの浴衣姿を拝見できて嬉しいので、問題ありません!」


 ──大きな声で言わないでよ、恥ずかしいじゃない。


 ──つい、興奮してしまって……、すみません。


 楓ちゃんの興奮は、レンちゃんの浴衣姿だけではない。男装したレンちゃんの姿も重ねているんだと、表情から察した。イベントが開始する直前まで、「一枚だけでもいいので撮らせて下さい!」と懇願していた姿は、欲望が露になり過ぎていてちょっと引いたけど、そもそもあのイベント自体が欲望の化身と言っていいまである。渋々了承して撮らせてあげてたレンちゃんも満更でもない風だった。


 ……とはいえ、事の真相はもっと闇が深い。


 楓ちゃんは、写真を撮影したわけではなく、写真を撮影すると見せかけて動画撮影をしていた。しかも、その事実がバレないように、撮影した動画の一部をスクリーンショットして、「こんな風に撮れました」とレンちゃんに確認させる手際が鮮やか過ぎて、そこでまたドン引き。だけども、楓ちゃんがとても嬉しそうにしているものだから、咎めることもできなかった。


「あとどんくらいで始まるんだ?」


 佐竹君が楓ちゃんに訊ねる。


「もう開始していい時間ですが、ちょっと押しているみたいですね」


 瞬間、周囲に飾ってあった提灯の明かりが消えた。ざわめきが止み、私たちは空を見上げる。雲はなく、満天とは言えないけれど、白いような、黄色のような光を放つ星が夜空を彩っている。期待と緊張のようなものが体の内側を支配していくのを感じながら、打ち上がる瞬間を逃すまいと、瞬きするのも忘れて集中していた。


 ドン──。


 金色と、白銀と、青と赤が弾けた。

 夏の夜空に花が咲く。

 川の水面に反射した光は、空へ回帰してゆくようだ。


 風に流れて、火薬の匂い。

 矢継ぎ早に打ち上がる閃光は、

 紫陽花、菊、百合の花を描いた。


 玉屋、だれかが叫ぶと、

 鍵屋、だかが応えて、

 枝垂れ柳。

 歓声と感嘆が洩れた。


 瞬きする間もない煌めきに、

 私はなにを思うだろう。


 彼らはなにを、想っただろう──。 



 

【備考】


 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。


 これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或


【修正報告】

・報告無し。

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