二十一時限目 天野恋莉は踏み出せない[前]
アンティークな装飾の数々に瞳を奪われた。
ダンデライオンの店内BGMは、しっとりした音色が耳心地いいジャズ。
特に、ピアノの旋律が美しい。
音楽の知識は学校で習う程度で、弾ける楽器もほぼ無いけど、喫茶店で流れる音楽は好みの曲が多い。とはいうものの、曲名がわからない場合が常で、耳に残った音を頼りに調べたこともあるにはあるが、然りとて、お目当の曲を見つけたことは一度もなかった。
不思議なお店──この店の第一印象はこれだった。
私たちの他にお客さんがいない店内には、珈琲と焼いたパンの馨しく広がり、センスのいいアンティーク雑貨が所々に飾られている。
際立って目を引いたのは、店内入口に置いてある大きなのっぽの古時計を連想さっせる振り子時計だ。もう、何年もこの場で時を刻んできたのだろう。
時計本体には、物をぶつけたような傷がいくつもある。それも、いまさっき付いたような傷ではなく、何十年と経ているようにも見受けられた。
こういうのを『味がある』とか、『味わい深い』と表現するのかしら? なんて、アンティーク雑貨の知識も無い私が言っても説得力は皆無だわと、人知れず苦笑いを浮かべた。
然し、〈月ノ宮〉という名前を訊いて、『なるほど』と納得してしまうくらいには、飾ってある装飾品の数々は、高音の代物なんだろう……ただ、一点を除いては。
私が座っている席は、入口から一番遠く離れた壁際の四人掛け席。重厚な一枚板を使用した木目調の長テーブルで、暗褐色に仕上げてある。椅子にも同じような材質使っていることから、かなり拘って選んだのだろう。椅子はちょっと硬いけど、学校の勉強卓の椅子より背凭れが背中を包むような構造になってるので座りいい。
この席に座ると、壁に掛けられた絵画がぱっと目に飛び込んでくる。丁度、ユウちゃんの頭部が、金色の額縁の底辺と重なる位置に掛けられているので、否が応でも目にしてしまう。
なんとも、筆舌に尽くし難い絵ね……。
例えるならば、素人が頑張って描いたという印象。これが中学生の作品だったら銅賞を与えられてもおかしくはない。
もっとも、中学生でここまで描けるのか、という将来に期待する意味合いでだけど。
この絵は、学生が描いたにしては妙に上手く、筆の扱いに慣れた社会人が描いたにしては酷い……いいえ、もしかすると有名な画家先生が描いた作品で、かなり貴重の代物って可能性も充分ある。
でも、素人がプロの真似をして描いた感が否めないわね……。
どうしてこんな絵を、堂々と目立つ場所に飾られているのかしら? そんなこと、この店に初めて来た私には皆目見当もつかない。
これが照史さんの趣味だというのなら、絵を選ぶセンスだけは合わなそう……と、静かに心の中で呟いた。
それにしても。
鶴賀君なら兎も角、佐竹がこんな小洒落た店を知っているのは驚きだ。……まあ、ユウちゃんが行きつけの店だとするならしっくりくる。
佐竹は、ファミレスや牛丼屋とか、そういった『気軽に入れる店』によく行くイメージで、こういう格式の高そうな店に「ちーすっ」と入ってくるのを想像するだけで、笑ってしまいそうだ。
「はい、どうぞ」
こつりと小さな音を立てて、香ばしい匂いが立ち昇る珈琲が私の手前に置かれた。
「え? 私、まだ注文は……」
「これはお近づきになったサービス……って、もしかして珈琲苦手だったかい?」
「いいえ、大好きです」
とは言ったけど、実はそこまで珈琲を常飲してるわけでもないので、こういった専門店の珈琲は苦そうなイメージがある。飲めるかな……と訝りながら、好意で出されたブレンドコーヒーを凝視していると、照史さんが銀のトレーに乗せているもう一つのブレンドコーヒーを、ユウちゃんに差し出した。
「はい、優梨ちゃんもどうぞ」
ありがとうございます、と微笑みながら受け取って「これもサービスですか?」と、冗談めかして言う。
「勿論……って言いたいけど」
「違うんですか……」
そんな悲しい顔をされたら、断るわけにもいかないと、照史さんは「特別だよ?」って苦笑いをした。
「二人とも、二杯目からはお金貰うからね?」
「照史さん、ありがと♪」
ユウちゃんは小悪魔だなあ……なんて、他人行儀に一部始終を見ていた私に、ユウちゃんが「やったね♪」と軽やかな声で訊ねるものだから、私もついつい、その気になってしまった。
照史さんとユウちゃんは、常連客とマスターという関係が出来上がっているみたいだ。
羨ましいな、と思った。
こんな小洒落た店で常連客になれるのは、ユウちゃんのコミュニケーション力の高さが功を奏しているわけで、私だったら、いくら通っても常連客だと胸を張れないだろう。
大人相手だと、どうも緊張しちゃうのよね……。
それは、大人に限った話ではない。
初めて会う人と話すのは、いつだって緊張するし、身構えてしまう。でも、ユウちゃんとの初対面では、手に汗握るほどの緊張感は感じなかった。そればかりか、もっと話をしていたいと、所思を披瀝しそうで参った。
ユウちゃんは、相手の懐に入るのが達者だ。
軽妙な語り口で、玄人跣の芸を見ている感覚に近しいものがある。天性の才能、と言えば大袈裟だとしても、絶妙なタイミングで隙を見せるような仕草は〈小悪魔〉と呼ぶに相応わしい。
こんなに可愛らしい小悪魔なら、騙されても文句は言えない……って、どんだけ好きなのよ。
ユウちゃんは受け取ったカップをゆっくりと口元へ運んで香りを楽しんだのちに、少量口に含んで、ワインソムリエみたいに味を確認する。
頑是無い子どもみたいに無邪気な笑顔を見せるのみならず、大人な一面を併せ持つ彼女に、憧憬にも似たジェラシーを感じてしまう。
ユウちゃんのようになれたら、恋も、高校生活も楽しいんだろうな。
【ダンデライオン料理メニュー参考】
cafe日月堂(宣伝許可済)
http://www.cafenichigetsudo.com
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【修正報告】
・2019年2月21日……読みやすく修正。
・2019年12月3日……加筆修正、改稿。
・2019年12月4日……誤字報告による修正。
報告ありがとうございます!