二〇時限目 緊急事態も想定内[後]
時間稼ぎで立ち止まってはみたけれど、佐竹君は一向に戻ってくる気配がない。
本来の計画だと、三人でダンデライオンへ赴いた後、偶然居合わせた楓ちゃんが『あら偶然ですね』『いやいや、奇遇ですな』という具合に、ノリで私たちと合流するのが初段階だ。
しかしいっかなこれまたどうして、この状況だと、がばがばな計画が殊更に機能しなくなる。
「佐竹、戻ってこないわね」
眉を読むようにして、レンちゃんが言った。
「仕方ないから、先に行ってよっか?」
明るい笑顔でそう答えたものの、それとは裏腹に焦りを覚えていた。
こういう場合、どうしたらいいか……そのとき、楓ちゃんが言っていた言葉を思い出した。
『なにかあったら連絡を』
そうだ、こういう場合こそ緊急事態だし、楓ちゃんの指示を仰ごう。
「ちょっと待ってね? 彼に連絡するから」
その場から離れた場所で、バッグから携帯端末を取り出す。佐竹君に『ばか』とだけ送信して、楓ちゃんのトークルームを開いた。
ざっくりと現状報告。
楓ちゃんは緊急事態に備えていたみたいで、返信は直ぐに帰ってきた。
『想定の範囲内です。そのままこちらに向かって下さい』
「想定してたの!?」
大きな声が出そうになって、はっと口を両手で塞いだ。おかげで、私の声はレンちゃんの耳には届かなかったようで一安心。
頼りにならない佐竹君と違って、楓ちゃんは頼りになるなあ……と、関心してる場合じゃない。
楓ちゃんに『了解』と返信して、足早にレンちゃんの元へ駆け寄った。
「お待たせ、行こっか」
「大丈夫?」
「うん。佐竹君なんてもう知りませーん」
彼氏なのに、とレンちゃんはおかしそうに笑った。
私が平常心を保たないと、これから楓ちゃんがどういう行動を取るかわからない。
なにが起きても驚いたらダメだ。
……そう思っていたのに。
ダンデライオンに到着して、店内に入った私は、いつもの席に楓ちゃんがいないことに動揺しそうになった。
「すごく雰囲気のいいお店ね」
「そ、そうだよね。私もこのお店好きなんだあ……あはは」
ちょっと楓ちゃん!?
さっきは『想定内です』みたいなこと言ってたけど、私はさっきから『想定外』の連続なんだけど!?
この状況はどう判断するべきなの?
グーグル先生に訊ねれば、答えくれるかな?
脳内で『オッケーグーグル』と何度も検索をかけてみたけど、顔文字の『オワタ』しか出てこなくてオワタ。
「いらっしゃい、優梨ちゃん。今日は彼氏君と一緒じゃないのかな?」
「え?」
軽くパニックに陥っていた私に救いの手を差し伸べたのは、グーグル先生ではなく、楓ちゃんのお兄様であらせられる照史さんだった。
照史さんは私に『ボクに任せて』と言わんばかりにウインクをして、私は照史さんにその場を丸投げ……ではなく、託すことにした。
「ところで、そちらの方は?」
「あ、はい。友だちの天野恋莉さんです」
「初めまして、天野です。素敵なお店ですね」
「ありがとう。ボクは月ノ宮照史。この店のオーナー、兼、マスターです。立ち話もあれだから、お席へどうぞ」
私たちをいつもの席へ案内すると、いつもならカウンター内へ戻るのに、今日はその場に留まっている。店内に客がいないので、急ぐこともないけど、それはそれでで不安になるなあ……。
本当にこの店の経営は大丈夫なの……?
「あの」
レンちゃんが伺うように、照史さんに訊ねた。
月ノ宮、という名前に既視感があったんだと思う。
当然だ。
この名前は日本全国に知れ渡るほど有名だし、特に私たちには馴染みのある名前だから。
「うん、なにかな?」
「クラスに同じ名前の〝月ノ宮楓さん〟って子がいるんですけど、月ノ宮さんのお兄さんだったりしますか?」
「その通り、ボクは楓の兄だよ」
その口調はまるで、『やあ! ボクの名前はネズミーマウスだよ。ハハッ!』っと笑う、世界規模で有名なあのキャラクターを連想させる。
「楓は学校が終わるとこの店に来て、鉢合わせた優梨ちゃんと佐竹君にお世話になってたんだよ」
「そうでしたか……だから」
レンちゃんは『だから』の次にくる言葉を、自分の中だけに留めたようで、直ぐに視線を照史さんに戻した。
「いつもならそろそろ来るはずなんだけど……もしかして、天野さんは楓と友だちかな?」
「深い仲ではないんですけど、偶に話すくらいで。私は蚊帳の外って感じです」
「そうだったんだね」
はい、と一言返事をして、レンちゃんは言葉を続ける。
「最近の月ノ宮さんは、佐竹君、そして……鶴賀君って男の子と一緒にいます」
自分の名前を呼ばれて、心臓が口から飛びだしそうになった。
「鶴賀優志君かな? 彼もよくここに読書しに来てるよ」
「このお店繋がりだったんですね」
そうだね、と微笑んだ。
私はもう、はらはらしてしょうがない。
「最近はハロルド・アンダーソンなんて渋い作者の本を読んでて」
──知ってるかな?
──初めて訊きました。
「この前、楓と仲よくしてくれているお礼に本をいくつか譲ったんだ。多分、今日は家で本の虫になってるだろうな……少し意地悪な本を渡したからね」
さすが喫茶店のマスター、話の辻褄を合わせるのが上手い。
サラッと真実を混ぜて、優志がここに来ないことのアリバイを成立させてしまった。
こういうことが上手くないと、喫茶店のマスターなんて務まらないんだろうな。
あの短時間で、楓ちゃんはここまでの流れを作ったんだろうか?
予め照史さんに事情を説明して、更に、自分の兄を使って私たちとの接点まで繋いだ?
これが私の考え過ぎではなかったら、やっぱり楓ちゃんは頭がいい……ではなくて、ずる賢い。
身内の言葉より、第三者の言葉の方が信憑性があるって知ってるんだ。
警察のアリバイ聴取で、殺人犯の身内のアリバイ証言は省かれるという理由と同じで、楓ちゃんはそのトリックを利用した──ってことになる。
まあ、細かいことを言えば照史さんは身内なんだけど、初対面のひとにそこまで言われたら『そうなんだ』と受け止めてしまうよね、やっぱり。
楓ちゃんって怖いなあ……。
敵に回したくないひと、ナンバーワンかもしれない。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。
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「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
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メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・現在報告無し