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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十七章 Escapism,
484/677

三百五十二時限目 可能性は残されている[中]


「可能性、か。ドヤ顔で言った割には、随分と曖昧な表現だな」


 佐竹が言う。


「うるさいな。何事も試さなきゃわからないだろ? 人類の歩みは、常に試行錯誤の繰り返しなんだ」


 最初から確定された未来なんてものは、存在しない。つまり、バタフライエフェックトが……と、佐竹に説明しても理解できないだろうから省略。


「案ずるより生むが安いってやつか?」


「違う。色々と間違え過ぎていて、どこをどう訂正すればいいのかもわからないレベル」


「お前にもわからないことがあるんだな。マジで」


 殴っていいかな? 駄目か。 


 可能性がある、と豪語したけれど、佐竹が言うように、僕が見つけた可能性は、極めて漠然としていた。『これ』と断定はできないような、曖昧な感覚。そうだとしても、尻尾を掴んだような気分に近い。頼りない希望だけど、いまは、その消えてしまいそうな希望に縋るしかなさそうだ。


「佐竹。今日は、サークル全体の打ち合わせなの?」


「いや、姉貴と、紗子さんと、他数人。それぞれの担当責任者が揃う会議みたいなやつだと思うぞ。詳しくは知らんけど」


 そんな重要な会議に、佐竹が必要とは思えない。はっきり言って、場違いもいいところだ。佐竹がその会議に出席したって、それこそ員に備わるのみのはず。つまり、琴美さんが、僕を妨害するために、佐竹を連れ回していると思っていい。


「佐竹、今日は会議に行かなくていいよ」


「は? 駄目だろ。普通に考えて」


「じゃあ訊くけど、佐竹が会議に出席して、どんな効果があるの? これまで何度も話し合いに参加してるらしいじゃん。意見を求められたりした? 自ら挙手して発言した? 借りてきた猫みたいに、静かに座ってるだけじゃない?」


「そ、それは」


 どうやら、僕が言ったことは図星のようだ。


「佐竹は、当日のスケジュールを把握さえしていれば、どうとでもなる仕事じゃない? 言い方が悪いのは謝るけど、僕にはそうとしか思えないんだ。それなのに、わざわざ会議にまで出席させる意図って、なんだと思う?」


 佐竹の言を待たずに畳み掛ける。


「うーん……」


 暫く沈黙した後、


「責任感を持って仕事に当たらせるためか?」


「そうだね」


 だから、琴美さんがやっていること全てが間違いだとは思わない。


 全てが間違いだとは思わないけれども、叩けば埃が出る。


「責任感を持って仕事に当たるのは、素晴らしいことだと思うよ。但し、責任と強制を混合してはいけない。佐竹は、〝日給が出るから〟と思って、その分は真面目に働こうとしているのかも知れないけどさ? 雇用側がそれを強制させるのは、正当な権利ではないと思うんだよ」


「でも、賃金を支払うのなら、それが普通じゃねえの? 給料を支払われているのに、ぐうたらと時間を無駄に使うのは、給料泥棒だって言われても仕方がねえんじゃね?」


「そう。……それこそが、今回のポイントなんだ」


 自分で言っていて、気がつかないものなのか。いや、わかっていても気づかないんだろう。常識的に考えるなら、佐竹の言い分は正しい。給料を支払っているのだから、馬車馬の如く働けというのが世論だ。だから、無理難題を突きつけられても「はい、喜んで」って与えられた仕事に励む。その姿は、称賛されるべきであって、批難されるべきではないのだが、無理難題をつきつける側がお咎めなしというのは、どうにもいっかなこれまたどうして、と思わざるを得ない。まるで、奴隷を扱き使っているみたいじゃないか。人権を無視した労働は、労働とは呼べない。


 琴美さんが佐竹に対して行っていることは、それに近しい。目の前に『日給』という餌を吊るして、『欲しかったら私に従いなさい』とは、まるで女王様ようだ。


 おそらく、サークル内部でも疑問に思っている人はいるはずだが、女王様の逆鱗に触れたくないから口出しをしないのだろう。僕だって、火中の栗は拾いたくない。


 とどの詰まり、佐竹はワニガメの王様に攫われたお姫様ってわけだ。


 助け出すのが嫌になるなあ。


 このままどこか遠くへ連れてってくれないかって、日曜日の使者にお願いしたいくらいだよ、まったく。


「ポイントって、なんだ? 俺にもわかるように説明してくれ」


「超噛み砕いて説明すると、譬えば、佐竹が自販機でつめた〜いお茶を買ったとする」


 ──いまの気分は、コーラだな。


 ──そこは別に重要じゃないんだけど。


「えー、コーラを買ったとする。でも、出てきたのがぬる〜いコーラだったら、佐竹は満足できる?」


「ぬるいコーラなんて、飲めたもんじゃねえよ……」


 不快だとでも言いたげな顔で、眉を顰めた。


「だけど、佐竹は喉がカラカラで、もう一度買うにも小銭がなく、自販機は釣り切れのランプが点灯していて、紙幣を受け付けないとしたらどう?」


 そんな状況に陥るのは、至って希である。年に一度、あるかないかのバッドラック。夏の時期、田舎の自販機ではよくある光景。最近こそ、つり銭切れの自販機は滅多に見なくなったけど、僕が小学生の頃は、近所の自販機で釣り切れ状態なんて珍しくなかった。


「そりゃあ、仕方ねえって、ぬるいコーラを飲むなあ。普通に」


「でも、それが意図的に作られた状況だったら、それでも〝仕方ねえ〟って思える?」


「いいや」


 佐竹は頭を振るう。


「琴美さんがやっていることは、それと似たようなもんなんだよ」


「なるほど。つまり、要約すると……なんだ?」


「もういい。説明しても理解できないなら、時間の無駄」


 そりゃあねえだろーって不満を漏らす佐竹を放置して、鞄から携帯端末を取り出した。


「だれに連絡するんだ?」


「そんなの、決まってるだろ?」


 得意げに鼻を鳴らす。


「佐竹の雇用主に、だよ」





 * * *





 三回目のコール音の途中で、『もしもーし』と、緊張感の破片もない間延びした声がスピーカーから届いた。琴美さんは、僕が電話を掛けてくると見越していたのだろう。そうじゃなければ、こんなに早く反応するとは思えない。


「お久しぶりです」


『久しぶりー。優梨ちゃん、元気にしてたー?』


「おかげさまで……あと、優志です」


 口調こそ明るくて(ひょう)(きん)だけど、間延びした声の残留思念のようなものが、とても冷たい。ライオンに威圧されているような気がして、ゾワリと背筋が粟立つのを感じた。琴美さんからすれば、僕は挑戦者であり、お姫様を救おうとする配管工のおじさんであり、揶揄い甲斐のある()()でもあるから、歓迎されていないのは直ぐに理解した。


『優梨ちゃんが私に電話を掛けてきたってことは、愚弟を奪う決心がついたってことでオーケー?』


「そう受け取ってもらって構いません」


『ふうん、そう』


 それで? と続ける。


『具体的に、どうやって義信を攫うつもり?』


「具体的な方法は、まだ……。でも、今日は僕のターンです」


『はい?』


 この人に限っては、明確な意思表示をしなければ、ことごとく論破されてゲームオーバーだ。それを回避するには、一方通行のまま会話を進めるように心掛ける必要がある。少しでも隙を見せれば、絶対に噛み付いてくるような人だ。鋭利な牙を肌に突き刺して、トドメの一撃を浴びせようとしてくるに決まってる。そうなってしまったら、僕になす術はない。抵抗虚しく、食われるままだろう。


 流星が『お前じゃ琴美に対抗できない』と言った理由は、これだ。


 かつて、カラオケ店でオラついた大学生二人に襲われたとき、手も足もでなかった僕に対して、格上相手だと尻込みする無能って烙印を押されるのは甚だ遺憾ではあるけれど、その通りだったのだから言い逃れはできないし、しようとも思わない。


 とはいえ、僕にだってこれまでの実績が無いわけじゃないはずだ。高津さんに『一本取られた』と言わせたのは嬉しかったし、幽霊騒動で沸いた旅館の結末に辿り着いたのも僕だ。生徒会の一件は、関根さんの功績が大きいけれど、僕が動かなければ泥沼で、解決に至らなかったはずである。


 思い返してみれば、格上相手に奮闘しているじゃないか。


 今回だって、例外じゃない──。



 

【備考】

 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。


 これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或


【修正報告】

・2020年4月5日……誤字報告による誤字修正。

 報告ありがとうございます!

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