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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十七章 Escapism,
483/677

三百五十二時限目 可能性は残されている[前]


 翌日の放課後。


 校庭の隅にあるベンチに、佐竹を呼び出した。


 ダンデライオンやファミレスなど、お決まりの場所では邪魔が入ると思ってこの場所を選んだけれど……、まだ来ない。腕時計は、約束の時間を一〇分過ぎている。


「まあ、そんなもんだろう」


 と、口から零れた。


 佐竹が時間を守る印象は、そこまでない。けれども、約束を破るような男ではないことは、僕の記憶に刻まれている。況してや、状況が状況だ。


 ──話したいことがあるから、一〇分後に校庭のベンチで。


 と、ホームルーム終わりに伝えた僕の意図を、察せないはずがない。


 そこまで空気が読めないヤツだったら、個性的な曲者が揃うクラスのリーダーなんて務まるはずがあるものか。


 佐竹を呼び出したはいいが、まだ、自分の中で答えが出ていない見切り発車状態だった。どう伝えればいいのか、なにが最善なのか、あやふやのままでいまに至る。ただ、ひとつだけたしかなことは、他のだれかではなく、僕がどうしたいのかが大切だ、ということ。ゆえに、折衷案や、妥協案を提示するつもりはない。


 それらを一言一句間違えず言葉にするのは、とても難しい。


 要求、要望、自分の主張を相手に伝える行為が悪とされる世の中で、悪を執行するには勇気が必要。だからといって、要請や、依頼になってもいけない。


 ニュアンスがちょっとでも違えば、言葉の意味も間違って伝わってしまう……おいおい、どこのだれだ? 日本語を世界共通語にしようって思っていたのは。これほど繊細な言語が、主義も主張も異なる海の向こうにいる人々に理解できるとは思えない。日本人だって、母国語が酷く曖昧なのだから。


 策を弄せず、言葉を飾らずに相手と向き合うのは、初めての試みかも知れない。


 僕は、いつだって、相手がどういう主張を持つ人間で、どういう性格なのかを把握してから行動に移すような、姑息なやり方を選んできた。


 相手の弱点を探っているという言い方は、あまり好ましくはないけれど、実際問題、やっているのは同じだろう。佐竹の欠点は、理解している。だけど、今回に限っては、質疑の回答を用意してこなかった。言わば、台本無しの一発勝負。失敗したらその都度修正して、望んだ結果に結び付けるのは至難の業だ。


 然し、やれないことはない。


 だって、佐竹義信は、一年以上も付き合ってきた友人なのだから。





 程なくして、佐竹が階段から下りてきた。


 迂回するようにしてベンチへ訪れた佐竹は、気まずそうな笑顔そのままで、「よう」という口をする。僕は、頷きだけで返答した。佐竹みたいに愛想笑いができるほど、余裕はなかった。


「すげえ雑草だな。普通に、蚊も多いし。いつもこんなところで飯食ってんのか? もう、意地を張ってないで教室で食ったらいいだろ。マジで……つか、今日暑くね? アイスがマッハで溶けそうな気温だよな」


 いつもよりも二割増しで饒舌な佐竹は、僕の右隣にスッと腰を下ろした。


 カナカナカナ、(ひぐ)(らし)が鳴いている。


「あんまり長居はできないぞ。姉貴たちと打ち合わせがあるからな」


 と言いながら、両手をベンチに当てて、曲がった背骨をぐいっと伸ばした。一仕事終えたような姿は、まるでおっさんみたいだ、と思う。


「大丈夫、ニバスには間に合うはず。……多分」

  

「イチバスで帰る約束だったんだけどよ。遅れるって連絡をしてたから待ち合わせ時間に間に合わなかったんだ。わりいな」


「いや、いいよ。そっちの準備は順調?」


「ああ」


 数秒の間を開けて、


「滞りなくってやつ? 姉貴のサークルメンバーたちは、血相変えて作業やら準備やらやってるけど、姉貴は、自分の作業が終わったもんだから、後は野となれ山となれって感じで涼しい顔してるわ」


「へえー……」


 まさかのまさか、佐竹の口から『後は野となれ山となれ』や、『涼しい顔』なんて言葉が出てくるとは。語彙力を向上させるための勉強は、続けているらしい。ほんのちょびっとだけ見直した。


「売れそう?」


 訊ねると、「さあ?」みたいなポーズを取る。


「姉貴はこの界隈じゃ有名人らしいから、在庫は捌けると思うぞ。ガチで」


 ──読みたいか?


 みたいな視線を受けて、堪らず「うげえ」と舌を出した。


 佐竹は、僕と照史さんが新作のモデルになっていることを、知っているのだろうか。


 知らないはず、ないよな。販売する側が作品の内容を知らなければ、セールストークもままならない。サンプルは用意するだろうけれども、いざ質問されたときに受け答えできなようでは、コトミックス大先生が激怒すること待った無し。


 佐竹を打ち合わせに参加させる理由も、これにあるのではないか? それとも、琴美さんの嫌がらせか……あり得ない話ではない。


「話って、花火大会のことだろ」


 佐竹からその話題に触れるなんて思いもしなかっただけに、面食らってしまった。


 僕が佐竹の思考原理を理解しているように、佐竹も僕を理解しているから、この話題を出されるのか待っていたのかも知れない。後手に回ってしまったのは、失敗だ。


 佐竹の問いに対して、僕は「うん」と首肯した。


「だろうな」


 呆れるような声音で、佐竹が言う。


「俺を説得するためにここへ呼んだんだろ? だれに頼まれた?」


「だれにも頼まれてないよ」


 いままでの僕だったら、だれかに頼まれて動くのが定石だけど、今回は、自分の意思で動いている。天野さんたちの気持ちは汲んでいるけれども、それとこれとは別の話だ。


「珍しいこともあるんだなあ。ガチで」


「茶化さないでよ」


「ああ、わるい」


 ニバスが来るまで、あまり時間はない。


 話を振るのに躊躇して、議題に取り掛かるのが遅過ぎた。


 ここからは、テンポを上げなきゃいけないだろう。


 居住まいを正して、佐竹と向き合った。


「単刀直入に言うよ。僕は、佐竹と花火が見たい」


 言葉に出して、「あ」と思った。


 気持ちだけが先行した結果、語弊がある言い回しをしてしまった。


「は? ……え、俺と?」


 訂正したら、佐竹は平静を取り戻してしまうだろう。


 攻め込むなら、いまが好機だ。


 相手が狼狽えて、隙を作った瞬間に攻め込むのが勝利の秘訣とも言える。


「どうにかならない?」


 どうにかするのが僕の役割だけど、佐竹の意思を確認しておきたい気持ちもあった。


「そう言われてもなあ……」


 もにょもにょ、ごにょごにょっと口動かして、大きく深呼吸。


「定時まで持ち場を離れる訳にもいかねえし、我儘が通るような雰囲気でもねえんだよ。真面目に。ガチで」


 日給が発生する以上、佐竹の言い分は正しい。


 だとしても、だ。


「そこまで義理立てする必要って、あるのかな」


 ──愚弟が欲しければ、全力で奪いにきなさい?


 琴美さんが送りつけてきたメッセージには、そう書かれていた。僕はこれを、『佐竹琴美の挑戦状』みたいにな理不尽クソゲーだと思っていた。だが、改めて思い返してみれば、特別難しいことを要求されているわけじゃない。それに、佐竹を奪われるのを想定して、あの一文を送ったようにすら思えてきた。


「もしかすると」


「いい案でも閃いたか?」


 琴美さんの要求の全貌は、わからない。


 ……けど、理解はできた気がする。


「佐竹が花火大会にいける可能性は、まだ残っているかも知れない」



 

【備考】

 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。


 これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或


【修正報告】

・報告無し。

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