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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十七章 Escapism,
482/677

三百五十一時限目 おかっぱの提案[後]


「行きの電車である程度の事情は訊いたけど、琴美を納得させるくらいの技量がお前にあるとは思えないな」


 いつもの調子でぶっきらぼうに言う。


 さっきまでの〈エリスちゃん〉は、一体どこへ行ってしまったの?


 目の前にいるのは、メイド服を着た流星そのものだった。


「はっきり言ってくれるよ。ま、その通りだけどさ」


 言い当てられて、口の中が苦くなった。ばつが悪い。視線を逸らすように、隣のテーブルをちら見みすれば、いかにもな風貌の男性客がコーラフロートを飲んでいた。男の横には、彼の推しメイドが立っている。僕の場所からは、彼女の後ろ姿しか拝めない。だが、彼女の背中が『退屈だ』と物語っていた。


 なんの話をしているのか耳を峙てる。


 どうやら、ロボットアニメの話題らしい。なんちゃらかんちゃらの何話で、ヒロインが主人公に向けて放った台詞がどうこう。そのときに同席していた敵役の幹部の表情がどうたらこうたらで、これまでの伏線がうんぬんかんぬん……なんて、細か過ぎる説明を早口でされても、一ミリ足りとも伝わらない。フェルマーの最終定理とか、相対性理論とか、だれでも興味があると思うなよ? ちゃらちゃっちゃらっちゃー♪ て、右から左へ受け流すぞ。


 というか、一時停止でもしなければ気がつかないような、マニアックな場面の話をされても話についていけないのでは? 


 もっと有名な作品をピックアップすればいいのにとは思うが、そもそも、ロボットアニメが好きな女子は希少種である。出会える確率は、ソシャゲのガチャくらい沼だ。


『UR排出確率二倍! SRは15%UP!』


 とかされても、1%が2%になるだけで、そんなものは誤差でしかないし、使えないSRの排出率まで上げられたら、『普段のガチャのほうがいいのではないか?』とすら思ってしまうくらい沼ってる。


 アニメの話題をするなら、先ずは、右フック程度に、ジブリ、新海作品など、話題を広げ易いアニメを選ぶべきだ、と彼に忠告しても、ああいうタイプの人間は、『自分が楽しければそれでいい』みたいに考えてそうだし、耳を貸さないだろう。


 興味の無い話を得意げにされても、彼女は相槌を打ち続けていた。プロだ、プロがそこにいる。せっかくメイド喫茶にきたのだから、僕もプロに接客して欲しいなあと思いつつ、プロの技に目を奪われていたら、コツンと固い物が頭に当たった。


「あまりジロジロ見るな」


 凶器は、シルバートレイ。


「ごめんなさい」


 素直に謝罪して、流星に向き直る。


「あの人な、どうやらIT企業の重役らしい」


「そうなんだ。人は見た目で判断しちゃいけないね」


 重役って、なんだろう?


 字面とは見た目だけで、随分ふわってした役職名だ。


「因みに二回お触りしてるから次でらアウト。出禁だ」


 スリーアウト制……野球かな?


 それとも、仏の顔も三度までってやつ?


 どっちにしろ、二回までは穏便に取り計らうとは。これも、彼がIT企業の重役で太客だからこそ? 大金を落とせばなんでも許されるなんて理不尽だ。


 コホン、と咳払いをした流星は、店内の状況を確認する。


 今日はそこまで混雑していないが、流星もといエリスちゃんは、この店でナンバーワンの指名度を誇る売れっ子メイド。僕だけに時間を割いているわけにもいかない。みんなのエリスちゃん、なのだ。


「で、オレ……じゃなくて」


 じいっと僕を見て、「はあ」と溜め息を零した。


 それ、すっごく失礼だと思わない?


「私をどう扱うつもりなの? ご主人様」


 エリスちゃんの口から、『私をどう扱うの?』なんて出てくると、勘違いする輩が出てきそうなものだが、そこは、エリスちゃんもご理解しているようで、内緒話をするように、こそこそっと耳元で囁いた。


「えー、それについては、えー、一度自宅に戻ってから再検討をして、えー、のちほどご連絡を」


 誤魔化すように、癖の強いサラリーマンの真似をしてみたら、エリスちゃんの眉がハの字になった。


 慌てて、言い直す。


「月ノ宮さんの意図が掴めていない以上、これと言った方針は掲げられないよ。流せ……、エリスちゃんの役割にしても、どう動いてもらうかだって決まってない」


 と、弁明を入れる。


 エリスちゃんは、左手にシルバートレイを持ったまま腕を組んだ。


「ふーん、ちょっと意外」


「意外って、なにが?」


「もっとドライに片付ける印象だったから」


 言われてみれば、たしかに。


 相手の気持ちなんて御構い無しで、御為倒しをしているに過ぎなかった僕が、いつの間にやら、相手の気持ちを考慮する方法にシフトしている。自分のやり方を変えてまで解決に結び付ける必要とは、なんだ。


「そろそろ戻るけど、追加注文ある?」


「じゃあ、アイスコーヒー下さい。砂糖とミルクは無し、萌えキュンはお願いします」


「つまり、殺されたいということでよろしいでしょうか。ご主人様」


「すみませんうそですころさないでくださいなんでもしますから」


 なんでもするとは言っていない。(キリッ)


 なんだよ、他の客には嬉しそうにやるくせに。


 これは差別ですか? いいえ、区別です。


 差別でも、区別でも、別物として考えるのだから、意味は大差無い気がしてならないけれど、ネット民は微々たる違いを許さない。差別を辞書を引けば、『区別すること』って書いてあるのに。『差別はよくない』としても『区別はいい』って根拠を言え! 本当だからだ!


 バックヤードに戻った流星が、アイスコーヒーを運んできた。「失礼します」ってお辞儀をしてから、物音を立てないようにテーブルへ。一連の動作が板についているのは、カトリーヌさんが徹底的に訓練したからに違いない。度々素が出てしまうのは、ご愛嬌ってやつ。


「萌えキュンして欲しいなら、もっと通い詰めなさい。でも、次来たら殺すけど」


 これは、ツンデレとしていいものだろうか……。くるりと方向転換して、バックヤードに戻っていくエリスちゃんの背中を見ながら、彼女の方向性が心配になった。





 * * *





 コップの中身は半分以上減り、氷が溶けて薄まったコーヒーが残っている。紙素材の丸っこいコースターの隅は、水滴によってへなへなに屁たっていた。


 流星が僕をこの店に連れてきた理由。それは、自分が一人前のメイドとして活躍する姿を見せるためなどではないし、僕だって、子どもの晴れ姿を目にする父親みたいに、「立派になったなあ」と感慨に耽るほど、流星のメイド姿に思い入れはない。


 おそらく、彼なりに気を遣ってくれたのだろう。


 学校帰りに立ち寄る場所は限られている。ダンデライオンか、ファミレスか。そのどれも、梅高生徒や、知り合いとバッティングする確率が高い。でも、この店で知り合いと鉢合わせする……なんてことは、そうないだろう。先ず、佐竹たちは、この店でお茶をするなんて選択はしないはず。生徒会の面々や、柴犬たちも絶対に来ない。


 という理由もあって、「邪魔者がいれば、考えも纏まらない」と、この店に連れてきたとすれば、なかなか優しいところもあるじゃあないか。


 非常に口が悪いけど、看過できないような暴言を吐くけれども、優しさだけは認めてあげないとな。



 

【備考】

 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。


 これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或


【修正報告】

・報告無し。

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