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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十七章 Escapism,
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三百五十一時限目 おかっぱの提案[中]


 月ノ宮さんと流星のやりとりは、淡白といっていいほど薄いものだった。喩えるなら、中学の英語の教科書。『これはペンですか?』『いいえ。それはトムです』のように、ペラッペラな応答が続いている。そんな中、ほっとする場面もあった。多分、気まぐれで送りつけたのだろうとされる『猫の写真』に対して、流星は『可愛い』と返信していた。動物に対しての愛情は、持ち合わせているようだ。そして、月ノ宮さんも案外、女子高生らしいことをしている。


「あまりじろじろ見るな」


 そう言って、携帯端末を自身の制服のポケットに突っ込む。読まれたくないなら、口頭で説明すればいいものを。流星はちょっとだけ格好つけマンだから、『携帯端末を突きつける動作』に、彼なりの美学を感じたのだろう。


「どう思う」


 抑揚の無い問いかけは、感情の一切を見受けられない。流星が目指す〈男〉という性は、『昭和の漢』に近しいものを感じる。不良漫画を読んで拗らせてしまった友人を見ているようで、気の毒というか、この感情は名状し難い。


「どう、と言われてもなあ……」


 月ノ宮さんが流星に送信したのは、


 ──今回は、流星さんの出番です。


 という、簡素過ぎる一文だった。


 腹黒クロスケ月ノ宮さんのことだから、これまで鳴りをひそめていた流星に脚光を浴びせるためってわけじゃないだろう。流星だからこそ、活躍できる〈なにか〉を感じ取って、メッセージを送ったはずだ。でも、これだけの一文から、月ノ宮さんの意図を察するには、情報が無さ過ぎて不可能に近い。「これだけ?」って僕の問いに、「ああ」という口をして、「これだけだ」と付け加えた。


「月ノ宮さんに直接訊いたら?」


 真意をたしかめるならば、それが一番手っ取り早い。


 然し、流星は首を振って否定した。


「アイツに頭を下げるのは、なんとなく、釈然としない」


 要するに、『男の意地』ってやつだ。


 硬派な男を気取るのに、彼のバイト先はメイド喫茶なのだから、威厳もなにもありゃしない。好き好んで選んだわけじゃないとしているけれど、『満更でもないんじゃないか?』と、僕は思っていたりする。


 まあ、そんなことを思っても、ご本人の前では(おくび)も出せないが。


「じゃあ、なんのことかさっぱりわからないまま、月ノ宮さんの依頼を引き受けたってわけ?」


 ──そんなところだ。


 ──呆れたなあ。


 僕も流され易い性格だが、流星も大概だ。


「とりあえず、放課後に洗いざらい吐いてもらうぞ」


 佐竹が教室に入ってきたのを見て、逃げるように教室から出ていった。





「で、どうしてここなの?」


「電車賃は出したんだから文句言うな。ご主人様」


 純喫茶風の店内には、アレンジされたメイド服に身を包んだ女の子たちが指名されたお客さん相手に、魅惑的な営業スマイルで『萌え萌えきゅん♡』していた。


 メイド喫茶〈らぶらどぉる〉。


 流星のバイト先であり、僕や天野さんたちとも縁がある店。最近、男装執事を取り入れたようで、店内には燕尾服を着たイケメン女子も闊歩している。この光景を一言で言い表すのであれば、混沌。メイド、男装執事、ノーマル執事と全部揃えて、店主のローレンスさんは、一体なにを企てているのか。


 僕が通された席は、従業員が出入りするドア付近にある二人掛けのテーブル席。対面にはだれも座らず、黒革の学生鞄が置いてある。テーブルには、『エリスちゃん特製☆地獄のトマトジュース』が置かれていた。明らかに、トマト以外のスパイシーな香りがする。これ、本当に飲めるんだよなあ? 僕が注文したのはメロンソーダなんですけど、まだ来ないんですかね? って、僕の隣で愛想笑いを浮かべているエリスちゃんこと流星を見た。


「早く飲め」


 言葉遣いに見合わない満遍の笑みを湛えているエリスちゃんは、本日も不機嫌が絶好調らしい。〈らぶらどぉる〉に通うエルス担たちは、この対応が痺れるのだろうか。というか、これ、人間が飲める物……? 恐る恐るストローに唇を付けて、意を決して吸い込んだ瞬間、後悔と地獄を垣間見た。


「なに、これ……」


「リコピンたっぷりなトマトジュースです。ご主人様」


「リコピン以外もたっぷり入ってるでしょ……」


 なんなら、悪意とか搾りたてなのでは……?


「愛情には刺激も必要なので、デスソースを刺激に見立てました。ご主人様」


 このメイド、僕を殺しにかかっている!? 笑顔は可愛いのに、やることがえげつないぜ、エリスちゃん!


「は、はやくメロンソーダが欲しいのですが……。それか水を……」


 辛さを打ち消すには、乳製品がいいとされているけれど、そんなことを考えている余裕はなかった。


「それならそうと早く言え。てっきり、愛に飢えているのかと思った」


「愛とは真逆の場所にある店でしょ……」


 メイド喫茶はエンターテインメントである。仮想空間と言ってもいい。そこに愛を持ち込むのは、御法度甚だしいわけで、ガチ恋はタブーというのが暗黙の了解だ。メイドという職業は、その可愛らしい見た目から、アイドルのような熱を持つ、特殊な業務だと思う。だからこそ、ハマる人はどっぷりハマるし、イベント時には開店前に行列ができたりするものだ。特に、メイド喫茶〈らぶらどぉる〉は、この辺一帯の憩いの場でもあるため、癒しを求めて訪れる客も少なくない。部下と上司に板挟みにされた独身サラリーマンが、『おかえりなさいませ、ご主人様♡』なんてされてみろ、一発で惚れるまである。


 エリスちゃんがメロンソーダを取りに行っている間、店内に、もう一人の知り合いメイドの姿を探していた。


 (みな)()(ふみ)()。中学時代の知り合いである(しば)()(けん)と、その彼女である(すの)(はら)(りん)()が通う高校の三年生。今年は受験だから、既に辞めてしまったのだろうか、その姿はなかった。


 水瀬先輩のメイド服姿が見れないのは、ちょっと残念。流星はツンケンメイドだし、ローレンスさんは超がつくほど変人だ。水瀬先輩……いや、マリーさんは、この店で唯一の癒し担当だったんだけどな。


 改めて店内を見ると、装飾品やテーブルの配置に違和感を覚えた。


 この店に来たのは数ヶ月ぶりだからこそ、細かい変化に気がついたのかも知れないが、一番の変化は、男装執事目当ての客を区別するようにして作られた一角だ。僕が知っている限りでは、男性客のほうが圧倒的に多かったはずが、男装執事実装によって、以前よりも女性客が増加していた。


 現在の〈らぶらどぉる〉は、フロアをそれぞれの用途に合わせて区切り、差別化をしていた。フロアの四分の三をメイドたちが独占して、残りを〈男装執事〉が担当しているようだ。ウエイター役を担う男性執事の扱いが雑では? と訝しみながら様子を窺っていたが、そんなこともないようだ。その場合は、待機しているメイドがキチンとカバーして動いている。カトリーヌさんの教育が行き届いている証拠だ。流星は文句を垂れるけど、傍から見れば、ちゃんと〈チーム〉として機能しているいい職場だ。


「ほら、メロンソーダだ」


 テーブルに置かれたのは、ソフトクリームが上に乗っかっている『メロンクリームソーダ』だった。


「辛い物には乳製品がいい。……一応、サービスだから」


 ふいっとそっぽを向く。ツンケンなエリスちゃんが恥じらう姿に、お客はドキュンと胸を撃ち抜かれるのか。しかも、エリスちゃんの場合、中身は流星だ。女性らしいそぶりをするのが、本気で恥ずかしいんだろう。本気だからこそ、伝わるモノがある。流星がメイドに転向して、即座に一位を獲得した所以は、そこにあると僕は見た。


「じゃあ、サービスついでに萌えキュンもお願いし……」


「殺すぞ」


 ……やっぱり、流星にメイドが勤まっているのか、甚だ疑問である。



 

 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。


 これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或


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