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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
二章 It'e a lie, 〜 OLD MAN,
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二〇時限目 緊急事態も想定内[前]


「ユウちゃん、どうする?」


「多分、すぐに戻ってくるよ」


 戻ってこなかったら、今日のダブルデート計画がおじゃんになる。


 それは、佐竹君の本意ではないはずだ。


 夜も眠れないほど楽しみにしていた彼が、この状況で臆病風に吹かれた……なんてことはないだろうし、楓ちゃんとの約束もある。これがもし失敗に終われば、私たちは文字通りの終わりだ。


「連れ戻さなくていいの……?」


 私を案じて、優しく声を掛けてくれるレンちゃんの顔をまともに見れず、すっと視線を進行方向へ向ける。


「大丈夫だよ」


 だって、佐竹君がそれを望まない気がした。


 苦悶に満ちた表情が、「ついてくるな」と言っているようにも感じた。


 私は、とんでもないミスを犯しただろうか?


 ……わからない。


 だって、私は彼の彼女じゃないから。


 いまは佐竹君の彼女だけど、本当の彼女じゃない。


 私自身も紛い物な存在で、私が見ているこの彩豊かな世界さえ、泡沫の夢の世界じゃないか……そんな気持ちが私の心にそっと黒を滲ませた。


「私が悪かったのかしら」


 レンちゃんは、暗い声音で呟いた。


 しまった、と振り返る。


「レンちゃんは悪くないよ!」


 悪いのは、私たちの歪んだ関係だって言えたら、沈んだ気分も楽になれる。かといって、暴露するわけにも……ここは、私が場を繋ぐしかない。


 私にできることは、優梨であり続けること。


 ならば──。


「あの様子だと、お金を下ろしに行ったんじゃないかな?」


「このタイミングで?」


「肝心なところで抜けてるから」


 と、彼の短所を指摘すると、レンちゃんはなるほど顔を浮かべる。


「たしかに、佐竹っぽいかも」


「そこが可愛いんだけどねえ……」 


 自分の意とは反する言葉を、よくもまあ、いけしゃあしゃあと並べられるものだ。


 初デートでお金を臭わせる彼氏って、彼女側はどうなの?


『ちょっとコンビニで金を下ろしてくるわ』


 なんて言われたら、予約していたレストランをキャンセルして牛丼屋でもいいよ? と気を遣ってしまう。


 ほら、男の子的にはお腹いっぱい食べられるしさ。


 低価格でがっつり肉が食べれたら結構満足してしまうので、薄い牛肉かあ? 欲しけりゃくれてやる。持ってけ! この世の全てのスタミナをそこに置いてきた! と、バイキングの頂きに達したすたみな太郎がワンピース説まで浮上。 


「佐竹って、可愛いの……?」


 ああ、そこに触れては駄目ですう……。


「う、うん。かわいい、よ」


 お可愛いこと、って見下したいくらいです。


 あのアニメのオープニングが『違う、そうじゃない』さんだと知ったときは、衝撃的だったなあ……関係ないけど。


「最近の女の子の感覚って、よくわからないわ」


「レンちゃんだって最近の女の子だよー」 


 高校三年生が新入生を見て、最近の若い子は可愛いわねえと言ってる感覚に近しいものを感じる。


 アナタも充分お若いですから! 残念!


 独身女性教師の前では絶対に言うな、斬りぃ……。 


「流行りに疎いのよ」


「ネットスラングとか?」


「そうそう。未だに(まんじ)の意味がわからない……」


 ……それ、もう廃れつつあるから。


「わからなくていいと思う……」

 

 そんな会話をしながら、私たちは目的地であるダンデライオンを目指して歩く。


 歩きながら、上手く話題をすり替えることができたと胸を撫で下ろしたけど、佐竹君は未だに戻らず、どこまで行ったんだと腹が立ってきた。勿論、それを顔に出したりはしない。心の中だけで「ばか」と呟いて、私たちは裏路地へと入る。


 裏路地と言っても、ビルとビルの隙間を縫うようにして進むような道ではなく、乗用車が二台すれ違うくらいの道幅がある。散歩番組で通るような風景だ。少し離れた場所には、私が着替えで使っている百貨店があり、その後ろにはコインパーキングの黄色い看板が見えた。


 その手前の雑居ビルの影に隠れるようにして、ダンデライオンがあるのだけれど……さすがにこれ以上、計画に反した行動は取れない。


 およそ一〇〇メートルくらいの地点で、私は立ち止まった。





 * * *





 はぁ……、はぁ……。


 急に身体を動かしたせいか、動悸にも似た鼓動の脈拍をなんとか静めようと、コンビニにあるトイレの便座に座り込でいた。


 だれに対しても興味を示さないアイツに、あんな言い方をされたら動揺すんだろ……。


 アイツは俺を〈友だち〉と言ってたが、それを『建前』だってわからないほどの馬鹿じゃない。


 だからこそ、俺はアイツと本当の意味で友だちになりたかったし、『ユウ』と呼べたときは普通に嬉しかった。


 そう呼ぶと毎回嫌な顔をしてたが、呼ばれなれないあだ名ってのは、呼ばれるうちにしっくりきたりするもんだ。


 俺だってそうだった。


 小学生の頃に『よっちん』ってあだ名を付けられて嫌だったけど、卒業式を終えたあとに、「もう、よっちんって呼ばれないんだ」と思ったら寂しくて涙が浮かんだのを、この歳になってまだ覚えてる。


 アイツもそうだと思ってたから、不満顔を向けられても気に留めず、無駄に呼んでみたりもした結果、ついに『優志って呼んで』と言われたんだが、それはそれで友だちらしいと納得した。


 俺は、アイツと友だちになれたと思ってたんだ。


 だけど……。


「ああクソ!」


 あんな風に言われたら、ガチになっちまう。


 アイツが優梨になると、異常なほど距離感が近くなって戸惑う。


 女みたいな匂いもするし、繋いだ手だって小さくて、マジで一瞬、女なんんじゃないか? と錯覚するほどのみならず、姉貴のせいで余計に意識しちまうし、『手、繋ぐでしょ?』って小首を傾げて上目遣いされたらエグいだろ。


 アイツに告ったのは姉貴に(そそのか)された結果みたいなもんだったけど、いまにして思えば、姉貴は俺の気持ちを理解した上で言ってたんだと気づいた。……俺も、バイセクシャルの可能性があるってことか。


()()()()ってやつか」


 ……なんか、違う気がする。


「血湧き肉()る……?」


 それは興奮を表現することわざだったうような?


「血で()()する……?」


 はだしのゲンかよ。


 いや、洗顔はしねえよ……。


「血は水よりも()()だ!」


 たしか、これであってるはず。


 そんなことはどうでもいいんだっての……。


 頭に響くような鼓動をさっきの全力疾走のせいにしているけど、本当は……。


「嬉しくて泣きそうになったとか、絶対に知られたくねえ……」


 恋莉のことだ、普通に冷やかしてくるに決まってる。


 恋莉も優梨が好きなんだったか……。


 頻繁にメッセージをやり取りしてるらしいし、長いこと離れてるのは得策じゃねえな。


 俺がトイレから出ると、トイレの前でおっさんが待機していた。


「……っス」


 俺はおっさんに軽く会釈して、その場を離れた。


 このまま何も買わないでコンビニから出るのも気が引けるし、場所代くらいならこんなもんでも大丈夫だろう──と、勝手に思い込んで、レジの前にある棚から手頃な値段のミント味のタブレット菓子を手に取ってレジへ進んだ。


「あーしたー、あったせー」


 このコンビニを何度か使っているが、やっぱりあのレジ打ちの兄ちゃんはなんて言ってるかわっかんねえな……まあでも、コンビニなんてどこもこんなもんだろう。


 それはさすがに言い過ぎか。


 このコンビニから〈ポンデライオン〉までの距離は、走れば二分くらいだろう。


 ……って、あの喫茶店の名前ってそんな名前だったか?


 たしか〈シルク・ド・ソレイユ〉みたいなフランス語がどうとか照史さんが言ってた気がするけど、イマイチ思い出せない。


 昨日の今日でこれかよ……ま、いいか。


 なんか普通に、ガチでポンデリングが食べたくなってきた。


「ダブルデートが終わったら、打ち上げ的なノリで優梨を誘ってみるか」


 ふと、違和感を覚えた。


 俺は〈優梨〉と〈優志〉を、全くの別人と捉えているのか?


 俺は、アイツのことが好きだ。


 それはもう受け入れなきゃならない事実だろう。優梨になってる優志も魅力的で、変な言い方だけど人間らしい……いや、取っつきやすいってのが正しいかもしれないな。


 優志はあまり喋ろうとしないが、優梨になっているときは、それこそ別人のように話しかけきたり……よく笑う。


 つまり、俺が本当に好きなのは、優梨になっている優志なのか?


 それはそれで、違和感半端ない。


 俺は結局、どっちの優志が好きなんだろうか?


 その答えは、とりあえずあの店に行ってから確認すればいい。


 俺の本当の気持ちとか、優志の気持ちとか、あの店の名前とか……、な。


 ミント味のタブレット菓子をひと粒、口の中へ投げ込んで噛み締めると、口の中に爽やかなミントの香りが広がった。


「恋はミント味ってか」


 鼻を刺激する強烈なミントに、げふげふと咳が出てしまった。


「格好つかねえなあ……ガチで」


 格好つけるのはいまじゃねえな。


 きた道をまた走り抜けた。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。

 今回の物語はどうだったでしょうか?

 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。

 その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。

 完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・2020年8月7日……誤字報告による修正。

 報告ありがとうございます!

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