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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十七章 Escapism,
479/677

三百五十時限目 ブラックホールの吸引力[後]


 帰宅途中の夜道、月ノ宮さんの言葉を思い出して空を見上げた。


 この空の遥か遠くに、ありとあらゆる物を呑み込むブラックホールがあるらしい。肉眼で確認できないそれは、ゲームやアニメの中にある魔法や技の名前という印象だ。重力操作系異能力者が使いがちなネーミングで、言葉の響きが厨二心を刺激する。


 ブラックホールを〈入口〉とするなら、進んだ先には〈出口〉があって、その出口を〈ホワイトホール〉と呼ぶのが定石だ。


 ブラックに対してホワイトって、ちょっと安直過ぎない?


 必ずしも対になるのが定石とは限らない。だって、バレンタインデーの対義語はホワイトデーだろ? 対義語を意識するならば、チョコレートデーにクッキーデーとすればいい。キャンディデーでもいいけど。しっくり来そうなのは、『レッドバレンタイン』と『ブルーバレンタイン』じゃないだろうか? そうすると、『赤が女性だけを指すのは差別だ!』ってお声が高まりそうなので、僕の意見は絶対に採用されないと言い切れる。言論の自由は、どこにあるのやら……。





 目の端に映った常夜灯に、虫が群がっていた。羽をはためかせている一匹の蛾のサイズがやけに大きい。田舎の虫は都会と比べて大きくなるのは自然の摂理としても、あの蛾を見て『優雅に舞う』と謳える人とは反りが合いそうにない。


 子どもの頃、この蛾を見つけて『モスラ』と名付けたけど、その正体はオオミズアオだか、オナガミズアオというようだ。海外だと月の女神になぞらえて『ムーンモス』と呼ぶとか呼ばないとか。親指くらいある胴体に、もっさりとした触覚が二本、薄緑色の大きな羽を広げて舞う姿を『美しい』と思うか、『悍ましい』と思うのかは人それぞれだろう。然し、僕は蛾に対して嫌悪感があるので後者だ。背筋が粟立つのを感じて、そそくさとその場を離れた。


 夜になっても蒸し暑さは変わらず、歩いているだけでも汗が滲む。電車に乗る前に購入したペットボトルの緑茶は生温くなり、体を冷ますには不十分だが、半分ほど残っていた緑茶を一気飲みして鞄の中に突っ込んだ。





 タオルを首に巻いたまま部屋に戻った僕は、ベッドの上に置きっ放しにしていた携帯端末を手に取った。親指の腹で画面を撫ると、真っ黒の画面にメッセージが数件重なっている。通知バナーの一番手前、丁度五分前に受信したのは月ノ宮さんからのメッセージだった。暗証番号を入力してホーム画面を呼び起こし、緑色のメッセージアプリを開いた。トーク画面に未読のサインが並ぶ。中学時代には起こり得なかった現象だが、何度も経験していれば日常風景に溶けるもので、ただただひたすらに返信するのが面倒に思う。特に、一番下の未読サインの主は殊更に億劫だ。


 この中で気楽に返信できる相手を先に選ぶ。


 ──連絡寄越せ。


 ──なに?


 流星は仕事中なのか、返信しても既読になりそうに無い。多分、休憩中にでも送ったんだろう。用事があるなら要件を書けばいいのに、これでは二度手間だ。流星は放置して、もう一人のトークが画面を開いた。


 ──佐竹、大丈夫かしら。


 ダンデライオンでは腹を立てていたけど、心配なんだろう。だからこそ、天野さんはお昼に佐竹を誘ったのだ。天野さんは心根の優しい女の子なのに、プライドが高くて強気な態度を取ってしまうのは損だなってしみじみ思う。


 ──どうだろう。とりあえず様子見しかないね。


 天野さんの返信を待ちつつ、今度は月ノ宮さんのトーク画面を開いた。





 ──ホワイトホールは存在すると思いますか?


「そんなの、知恵袋で質問してくれよ……」


 文面を読んで、思わず声が出た。


 ブラックホールは『存在する』とされているが、ホワイトホールについては観測不可能なため、『存在しない』というのが一般的だ。


 ブラックホールは全てを呑み込む天体であり、呑み込まれたら最後、体は二つに分裂して、片方は燃えて塵となり、もう一方は無傷のまま呑み込まれていくという仮説をネット記事で読んだことがある。そして、ブラックホールの負荷に耐えられる観測装置は未だに発明されていない。


 観測できない物を『存在する』と証明するのは不可能だ。これは、幽霊の存在が未知なままになっているのと似ている。


 幽霊が見える人は霊感があるとされているが、霊感だって観測できないし、霊能力者が『幽霊は、います!』としても、霊感が無い人にとっては噂話や都市伝説の怪異としか認識されない。それらは、酷くファンタジーめいた証言だ。科学者は、ファンタジーを容認しない。だからこそ、ありとあらゆる超常現象を『プラズマ』で片付ける。


 プラズマ、便利過ぎるだろ。


 と、言えなくもないが。詰まるところ『見えないから存在しない』が答えだ。


 そう答えを出して送信すると、すぐさま『既読』が付いた。


 え、待って? 怖いんだけど……。


 ──答えを出せないものに答えを出す必要は無い、というお考えでよろしいでしょうか。


 ──それは、問題にもよるでしょ。


 続けて、


 ──今回の問題は、ホワイトホールの有無なのだから。


 と、送信した。


 数分の間があり、月ノ宮さんからメッセージが届いた。


 ──そうですね。でも、優志さんはホワイトホールを否定しながら、ホワイトホールの存在を肯定するような考え方をします。そして、存在しないならば作ってしまえばいい、とする人です。


 ──僕は神様じゃないよ。


 ──ええ。優志さんは神様ではありません。どちらかと言えば詐欺師の類です。


 どうして僕は、月ノ宮さんにディスられているんだろう……?


 だけど、強ち間違いと言えないから否定できない。


 ──今回は、どんなトリックを使って私たちを騙すおつもりですか?


 ──喧嘩売ってる?


 ──いいえ、楽しみなんです。


「楽しみ?」


 ──優志さんの小賢しいペテンに期待している方がいます。それだけはお忘れないよう。では、おやすみなさい。





「なんなんだ」


 (なん)(なん)だ、本当に。


 言いたいことだけ言って、『おやすみなさい』と切った月ノ宮さんのしたり顔が目に浮かぶ。期待するのは勝手だけど、期待を押し付けられるのは御免だ。


「ホワイトホール」


 それは、どういう天体なのだろうか。ブラックホールが光さえ呑み込む黒い穴なら、ホワイトホールはそれを排出する白い穴だろう。入口と出口、インプットとアウトプット、コンセントの内側と外側、からの、こういう話でお馴染み、みんな大好きシュレディンガーの猫。特に意味はない。


「否定と肯定」


 ブラックホールは、全てを呑み込むという意味で『肯定』。


 ホワイトホールは、全て吐き出すという意味で『否定』。


 イメージと大分違って、ちぐはぐだなあと苦笑い。ブラックホールを僕と例えた月ノ宮さんは、ある意味、的を射ているのかも知れない。というか、物凄くスケールがでかい皮肉だ。月ノ宮さんにとって、僕は未知の存在なんだろう。それこそ、幽霊とか、都市伝説の怪異と似た分類で、宇宙人と喩えられている可能性だってあり得る……だれが連行される宇宙人の写真の真ん中にいるアレだって?


「矛盾、か」


 ブラックホールとホワイトホールに共通した『矛盾』。これは、答えを出さなくてもいいやつだが、心に留めておくべき珍問ではある。佐竹の件と密接な関係ではないとしても、間接的に関わりが生じるかも知れない考え方だ。


「月ノ宮さんのヒントって、難解過ぎるんだよ」


 いつもこんなんで、困難だ。


 だが然し、僕が『後回し』にした人物のメッセージの差出人こそ、困難を極めそうではある。絶対に、開きたくない。開いても、碌なことにはならないだろう。


 パンドラの箱を開けるような気持ちで、トーク画面を開いた。



 

 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。


 これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或


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