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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十七章 Escapism,
475/677

三百四十八時限目 手段と目的[中]


 どうにかしたい。


 でも、どうにもできない。


 琴美さんの言い分が破茶滅茶で、支離滅裂で、道理もへったくれありゃしない戯言だったら首尾を揃えて抗議するけど、伝え訊いた内容が常識の範疇過ぎて、「たしかに」と納得してしまった。


 琴美さんの言う通り、『仕事』とするなら中途半端ではいけない。『給金』が出るなら尚更だ。佐竹だって琴美さんから提示された条件を呑んで、「あいわかった」と引き受けたのだ。今更『やっぱりできません』が通らないことは、佐竹自身が痛いほどわかっているだろう。


「琴美さんの手伝いをするようになったのは、いつからなの?」


 ふと気になり、隣に座っている佐竹に訊ねた。


 佐竹は左の顎下辺りを左手の人差し指でポリポリ掻きながら、「そうだなあ、いつからだっけか」と記憶を遡り始めた。髭の剃り残しが気になったみたいに、同じ場所を指先で撫でている。ぽかんと開いた口が間抜けに見えた。


「ああ。多分、中三の夏だ」


 そう答えてからテーブルに頬杖をつくと、近くにあった水が入っているコップをぐぐいっと呷る。小石程度に小さくなった氷を噛み締める音が、やけに響いた。


 中三の夏って、高校受験の準備で忙しい時期じゃないか。


 僕が梅高受験に向けて猛勉強している最中、佐竹は同人誌即売会の準備を手伝っていたなんて。……なんだろう。形容し難いもやもやが、腹の底で不条理を叫んでいる。


「よく、梅高に受かったもんだね」


 佐竹は頬杖をついたまま首だけを僕に傾けて、「それな」と自嘲気味な笑みをした。 


「奇跡としか言えねえよ。ガチで」


 なんだよ、その『ワンチャン狙った』みたいな言い方は。


 中学でしっかり勉強していれば、梅高の試験に苦労することはない。けれど、佐竹の中学時代は勤勉だった、とは思えないし、真面目に授業を受けている佐竹なんて、一片たりとも想像できない。佐竹と勉強の関係性は、水と油みたいに相反する。ぐるぐる掻き混ぜたって、千切れた油が水の表面に浮かぶだけだ。佐竹の授業態度なんて、ラーメンスープに浮かぶ油を、懇切丁寧に箸で集めてくっつける遊びをしているくらい散漫している。ある意味、これは集中と言えなくもないが、集中しているのは授業ではなく別のなにか。ノートの隅っこに落書きしてたりとか、時間の無駄で、余計なこと。


「それがどうかしたのか?」


 いやべつに、と首を振った。


「ちょっと気になっただけ」


 佐竹が琴美さんの手伝いを始めてから、今年で三年目になるようだ。これまでも『お小遣い』程度の給料が支払われていた、と推測する。考えるに、二千円とか、三千円とか。最初は簡単な仕事を任されていたからこそ、『落ち着いたら終了』もまかり通っていたのだろう。然し、三年目に突入して、任される仕事も責任を伴うような重役になった。だから、琴美さんは途中退場を許さなかったとすれば、僕も納得だし、真っ当なことを言っているように思う。


 やはり、どう考えたって佐竹の花火大会参加は不可能だ。


 その一方で、花火大会に固執しなくてもいいんじゃないか? とも考えていた。夏休みは長い。花火大会じゃなくても、お祭りは行われるだろうし、その祭りで浴衣やらなんやらを着ればいい。他にも、夏にできることは沢山ある。佐竹が好きなBBQだってできるし、この際だ、海やプールも受け入れよう。


 ……ほら、妥協案は数多にある。


 なんでもかんでも悩んで抵抗していたら、夏休みはあっという間に終わってしまうよ、と提案しようとしたら、天野さんと目が合った。


「私は、このメンバーで花火が見たかったな……」


 寂しげに、蚊の鳴くような声で呟く。


 いち早く反応したのは、隣に座っている月ノ宮さんだった。天野さんのためなら命だって捧げそうな月ノ宮さんは、なにがなんでも天野さんの期待に応えようとするだろう。ぱっと開いた唇から、どんな言葉が出てくるかなんて、火をみるよりも明らかだ。


「では、花火屋に片っ端から連絡して、打ち上げ花火の在庫と、それから……」


 指折り数えている月ノ宮さんの目が怖い。


「金で解決する気、満々かよ!?」


 思わず、佐竹がツッコミを入れた。


「恋莉さんのお願いなら、私は月ノ宮の力を総動員してでも叶えてみせます!」


「ガチ過ぎるだろ……」


 と、佐竹が呆れて言う。


 月ノ宮家の力を持ってすれば、打ち上げ花火の一玉や二玉は夜空に咲かせることも可能かも知れない。だけど、天野さんが言いたいのは、そういうことじゃないだろう。もっとこう、精神的な、情緒的な、風情があっていいですね、みたいなやつだ。


 天野さんは、月ノ宮さんの肩に触れて「違うわ」と首を左右に振る。


「楓の心意気は嬉しいけど、そうじゃないの。花火大会って、特別な感じがするでしょう?」


「ですが」


 しょんぼりと(しな)びれる月ノ宮さんを見て、天野さんは「楓の提案が特別じゃないってことはないわよ」と、慌てて訂正した。


「打ち上がる瞬間に、わっと盛り上がる観客の声とか、興奮と切なさを全員で共有している感覚みたいな。……そういうの、いいなって」


「あー、わかる気がするわ」


 佐竹がうんうんと頷く。


 ──()()()、みたいなやつだろ?


 ──それを言うなら、()()()では?


 どちらもある、と僕は思った。


「臨場感もあるし、一体感もあるんじゃない?」


 僕が言うと、佐竹は鼻息を鳴らした。


「だよなあ?  間違ってないよなあ?」


 佐竹は「それみたことか」みたいなしたり顔で、月ノ宮さんを煽っていた。普段、自分が指摘されている側だから嬉しいようだ。でも、僕には『臨場感』という言葉を使いたかっただけのようにも思う。言葉を覚えたての子どもみたいな、意識高い系が得意げにビジネス用語を連呼したがるよな、そんな感じだ。


 月ノ宮さんは佐竹の煽りに乗らず、涼しげな顔で受け流していた。


「佐竹、大人気ない」


 天野さんがピシャリと言い放つ。


「佐竹、その顔気持ち悪い」


 僕もついでに便乗する。


「俺だけが悪いのか!?」


 とはいえ、佐竹のおかげで空気が弛緩したのはたしかだ。


 手元にあるアイスコーヒーを手に取り、一回転させてから一口飲む。


 氷が溶けて薄くなっていたが、いまはこの薄さが丁度いいように思えた。内容が濃すぎたら、苦すぎて逃げ道がなくなる。なにごとも、真面目に取り掛かるのが最善とは限らない。肩の力を抜いて、リラックス状態のときにこそ妙案が浮かんだりするものだ。ミュージシャンが新曲を思いつく場所は、風呂場かトイレと相場が決まっている。でもさ、『曲が降りてくる』って豪語するミュージシャンの感覚は、いまひとつわからない。超大物だったら、「そうなんだ」って思うけど、知名度も無くて、動画再生回数一桁の超ド底辺新人が『曲が降りてくる』って豪語してても、信憑性に欠けると思ってしまうのはいかほどかしらん?



 

 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などもよろしくお願いします。


 これからも、当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或


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