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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十七章 Escapism,
471/677

三百四十五時限目 夏休みの予定[後]


「ガチで言ってるのか? なら、見当違いだ。アイツらは、普通に、俺と同じくらいバカだぞ」


 誇らしげに語る佐竹に対して、月ノ宮さんは頭が痛そうに目頭を押さえた。


「類は友を呼ぶ、ですか……」


 ()()()()()()のリーダーだからこそ、無知を恥と思わないのかも知れない。頼みの綱になっていそうな佐竹軍団に所属している女子たちも、勉強が得意そうには見えないしなあ。自分で言うのもなんだけど、酷い偏見だ。


 彼女たちの机には、常に鏡が置いてあるイメージだ。昼休みは、化粧したり、ファッション雑誌を捲っていることが多い。態度だけはデカいくせに、自分の発言に責任を持たないような人たちって印象しかないけれど、佐竹の影響なのか不思議と朝の挨拶だけは分け隔てなくする。だから、『いいギャルなんじゃないか?』って勘違いしそうになるのだ。特に、クラスのオタク君たちはそう思っているに違いない。


「案外捗るかも知れないわよ?〝三人寄れば文殊の知恵〟ってことわざがあるくらいだし」


「勉強する暇なんてねえよ」


「いや、しなさいよ。勉強……」


「BBQだろ? プールだろ? それから、カラオケに……」


 大した用事でもないのに、指折り数えながら大袈裟に論う。 


「普段とあまり変わらない気がするのは、私だけでしょうか……?」


 だが、佐竹の言い分が理解できないわけじゃない。


 友だちと夏をエンジョイできるのは、これが最後かも知れない。来年は受験勉強で忙しくなるだろうし、こうして話す時間も取れなくなると予想している。だからこそ、課題そっちのけで遊びたいって思う気持ちも無理はない。それに、家の中でじっとしているよりも、外ではしゃぐのが好きなヤツらが集まれば、遊びが優先されるのも当然だ。羽目を外し過ぎて、SNSが炎上しなければいいが。


 こういうタイプは、夏になると悪ぶる傾向にある。普段は飲まないお酒を飲んだり、進入禁止の場所で写真撮影したりと、燃える要素は盛り沢山だ。特に、小者臭漂う宇治原君なんて、その筆頭みたいな性格である。煙草を吸う俺かっけー、酒を飲む俺かっけー、進入禁止になっている屋根上に登って記念撮影する俺最高にイカしてる、みたいな。馬鹿と煙は高いところが好きとは、よく言ったものだ。


 未成年なら未成年らしく、部屋の中でベッドに寝そべりながらソシャゲの周回に勤しむのがベストオブベスト。炎上しているヤツらの様子を見て、『コイツらの人生は詰んだ』と哀れみながら飲むコーラは最高に美味。


 ほとほと呆れて物も言えないような空気が漂う中、佐竹は気怠そうに溜め息を吐いた。


「……それに、あと一つ、特殊な用事があるんだ」


 佐竹、夏休み、特殊な用事。連想ゲームのようにキーワードを羅列して、ピンときた。


「それって、夏コミのこと?」


「そう。姉貴のサークルの売り子を頼まれてる」





 ──今年の夏コミは、コトミックス先生の新作が出るんだ。


 食堂で嬉々と語る八戸先輩の声が脳内再生されて、口の中が酸っぱくなった。今回の新作のモデルは、僕と照史さん。昨年の夏休みに呼び出されて、問答無用でモデルをやらされたのは、僕の黒歴史に残る思い出だ。モデル料を徴収したけど、今更そんなことを言ったって、のらりくらりと言葉巧みに躱されてしまうのは目に見えている。


 佐竹琴美を言い負かすのは、骨が折れるレベルの騒ぎではないのだ。レベルを最大値まで引き上げて、最強装備で挑んだとしても勝てるかどうかの超難関ボスと言っても過言ではない。


「姉貴曰く、〝今回の新作は神!〟らしくてな」


 そう豪語している琴美さんの顔が、目に浮かぶようだ。


「〝例年よりも部数を増やしたから気合い入れて売れ〟とのお達しなんだよ」


「嫌なら断ればいいじゃない」


 簡単に言ってくれるよなあ、と佐竹は湿っぽく呟いた。  


「断りたいけど、日給を出すとまで言われちゃ参加しないわけにもいかないだろ」


 ──お給料はおいくらですか?


 ──日給五千円。


「まあ、佐竹さんを使うなら、妥当な値段でしょうか」


「お前が言うとシャレに訊こえないから、マジでやめろ……」


 昔よりは空調設備が整ったとはいえ、過酷を極める仕事なのは間違いない。詳しい事情は知らないけど、『コミマは遊びじゃない、戦場だ』という迷言も語り継がれているくらいだ。熱中症が懸念される昨今の夏に開催されることもあり、労いを込めて五千円にしたのだろう。琴美さんにしては、随分と良心的だ。


「なにはともあれ、だ」


 佐竹がぐいっと背伸びをする。


「せっかくの夏休みだ、俺らでもなにかしようぜ」





 * * *





 昨年の夏休みは、あまりいい思い出がない。だから、「海にいきたい」と切り出した佐竹の提案を全力で捻り潰した。


「じゃあ、プールはどうよ? プールなら、だれと何度行っても飽きないだろ? 夏の醍醐味は水遊びじゃね? ガチで」


「ああそうそう、よくいるよね。夏休み明けに〝プールに何回行ったか〟で、不毛な争いをしてるヤツら。回数が物を言うなら、水泳教室に通ってるヤツが最強じゃん。それなのに、高だか三回、四回で、勝った負けたの乱痴気騒ぎとか、どんぐりの背比べかって思うよ」


「お、おい。優志。いつにもなく心の声がだだ漏れだぞ……。あと、なんかすまん」


 おっといけない。どこかのだれかさんが僕の地雷を踏んだから、ついつい本音が出てしまった。


「夏祭りとか、どう?」


 天野さんが、遠慮がちに口を開いた。


「八月の頭に、梅ノ原花火大会があるでしょう? そこまで大きな花火大会じゃないけど、どうかしら?」


 梅ノ原市では、夏に花火が二回打ち上がる。一つは、公民館で開催される『ちびっこ夏祭り花火大会』で、もう一つが本筋となる『梅ノ原花火大会』だ。開催地は、梅ノ原市を分断するように流れる川が見える川沿い。付近には、いつか行ってみたいと思っていたベジタリアンカフェがある。九月の後半になれば、曼珠沙華が咲き乱れる有名なスポットであり、遠路遥々、各地から足を運ぶ人も多い。「隅田川花火大会に行きたい」と言われたら、さすがに遠慮していたけれども、定期券内で行ける距離とあらば文句は無い。


「たしか、開催日は八月三日でしたよね。それなら行けそうです。浴衣はどうしますか? 買いにいきますか? 行きますよね? 馴染みの呉服屋がありますので、そこで選びましょう。あ、お値段はお気になさらず。レンタルもしていますしもし汚れたら私が責任を持って購入しますからむしろ私が汚すので買わせてください有り金全部というなら全てを差し出す覚悟も……」


 月ノ宮さんの夢は、止まらねえ……!(ドンッ)


 早口過ぎて、後半はなにを言ってるのか訊きとれなかった。でも、途中に『むしろ私が汚すので』って言葉があったような気がする。気のせいであれと願うけど、月ノ宮さんなら『既成事実を作ってしまえ』と実行し兼ねない。だって、月ノ宮家の家訓は、『欲しい物は、どんな手段を用いてでも手に入れろ』なのだから。あと、天野さんが使用したストローを、密かに持ち帰るのは止めて欲しいところだ。常にジップロックを持ち運んでるのは、そのためだったらしい。佐竹と天野さんは、この事実を知らない。


 もし、二人に口外したら、真っ先に僕が犯人だと目星を付けるだろう。そして、ありとあらゆる手段を用いて、社会的に抹殺されそうだから、この事実は墓まで持っていこうと思う。


 天野さんは苦笑いを浮かべながら、ささっと距離を開けて座り直した。ドン引きするのも頷ける。佐竹なんて、口をあんぐりと開いたままの間抜け顔を晒してフリーズしていた。


 重いたよ、月ノ宮さん。愛が、メガトン級に重たい。



 

【備考】

 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし差し支えなければ、感想などを頂けると活動の励みになりますので、お声をお聞かせ頂けたら幸いです。


 これからも当作品の応援を、よろしくお願いします。


 by 瀬野 或


【修正報告】

・報告無し。

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