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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十七章 Escapism,
470/677

三百四十五時限目 夏休みの予定[前]


 僕らがいつも陣取っている壁際のテーブルには、アイスコーヒー三つとアイスココアが置かれている。アイスココアを頼んだのは佐竹だ。いつもの調子で「大盛り!」と注文すれば、照史さんがストレートグラスいっぱいにして注いでくれるのだ。


 そのため、ココアが零れないよう慎重に持って来なければならなくなり、月ノ宮さんが「お兄様の手間を取らせないで下さい」と物申すのが最近のお決まりになっていた。


 僕の隣で「うめえ、あめえ」って飲まれたら、珍しくも無いのに気になってしまうのが人間の(さが)というもので。どれどれ、ココアのお値段はハウマッチ? とメニュー表に手を伸ばす。


「……あれ? 載ってない」


 妙だな、なんて大袈裟に思ったりはしないけど、あるはずの物がなくなるのは、どうも落ち着かない。自宅を出ようとして家の鍵が見つからなかったり、テレビのチャンネルを変えようとしたのに、リモコンが行方不明になっているような感覚に近い。でも、こういう場合は、新聞や雑誌の裏に隠されている場合が多く、ソファーの下は一番盲点。見つけたときの安心感たるや天にも昇る気持ちだが、赤いフェルト生地に包まれているメニュー表に『ココア』の『コ』の字すら見つけられないのはなぜだろう。


「佐竹が飲んでるのって、ココアだよね?」


「まあ、オレンジジュースではないことはたしかだ」


 佐竹にしてはエッジのある皮肉を飛ばすもので、そういう冗談も言えるようになったかと、ちょっとだけ感心してしまった。でも、僕だったら、もっとウィットに富んだ言い回しをするけどね! ……それはさて置き、だ。


 僕は、『どういうこと?』って質問を投げかけるような視線を月ノ宮さんに向けた。照史さんの妹、月ノ宮さんならダンデライオンの裏事情を把握しているのではないか、と思ったのだ。


 月ノ宮さんは僕の視線に気がついて、「そのことですか?」みたいな訳知り顔を僕に向ける。小馬鹿にされだ気分だが、〈ダンデライオンの常連〉を自称している身としては、返す言葉もなかった。


「ココアを注文するお客様があまりいなかったので裏メニューにした、とお兄様が仰っていました」


「へ、へえ……」


 べ、別に知ってたし? だれも気がついてないようだから、敢えて口に出しただけだけどお? って心の声が読まれないように、アイスコーヒーを飲んで誤魔化した。


 ココアを取り扱っている理由は、珈琲が飲めない人のためだ、と思っていた。然しながら、珈琲を飲めない人が自ら進んで「喫茶店に入ろう!」と、思い立つはずもない。


 仮に、付き合いや、打ち合わせで来たとしても、ダンデライオンには珈琲以外も取り揃えがある。


 どうしてもココアが飲みたいなら、遠慮せず、照史さんに訊ねればいい……とはいえ、ココアの存在をしらないご新規さんは、メニュー表に記述されていないドリンクがあるなんて知る由もないか。


 何度も通い、常連さんが気まぐれで頼むのを耳にして、初めてココアの存在を知る。


 ふむ、なかなか風情があるじゃあないか。これぞ『喫茶店』って感じ。喫茶店だけど。


「裏メニューを注文できるって、常連みたいだな。ガチで」


「みたいじゃなくて、常連でしょ。()()()……」


 天野さんが佐竹の真似をしながら、溜め息を吐くようにツッコミを入れた。


 特別な存在にでもなった気分のような所得顔をしながら満足げに座っている佐竹を見て、なんだか無性に腹が立ってきた。腹いせに、右の人差し指で佐竹の横腹を思いっきり突く。虚を衝かれた佐竹は、「はふすん!?」って独特な悲鳴を上げた。気持ち悪いので、早々に直したほうがいいと思う。




 これといった話題も無くなり、場を取り繕うような退屈な話にも飽きた。そんなとき、大きな欠伸をした佐竹が瞳に涙を溜めて、「もうすぐ夏休みだなあー」と、眠たそうな声音で呟いた。


「お前ら、夏休みの予定とかあんの?」


 ちらちら窺うような視線を感じて隣を(へい)(げい)すると、佐竹とばっちり目が合った。『お前ら』と言っていたはずのに、随分と断定的じゃないか。慌てて視線を逸らしたところで、目が合った事実は変わらないぞ。


「僕は忙しいよ? 積んでるゲームや、漫画を消化しなきゃならないし」


 なんなら、ワンクール分のアニメもいくつか未消化のままだし、プライムビデオで旧作の発掘作業もしたい。洋ドラマもいいな。悪魔狩りを(なり)(わい)にしているウインチェスター兄弟の物語は、どのシーズンまで見たっけ? 兄弟喧嘩の話が一々面白いんだよ。


「そんなの、いつでもできるだろ……。ガチで」


 いつでもできないから夏休みを利用するんだぞ、ガチで。


 電話一本で駆けつけるような友だちが、だれにでもいると思ったら大間違いだ。


 むしろ、電話一本で駆けつけてるのは僕のほうまである。


 僕っていい人だよなあ、ホント。でも、この場合における『いい人』は『都合がいい人』なんだって、自分でもわかっちゃうのが悲しい事実。ぴえん。


 なーんて考えてたら、余計に腹が立ってきた。


 大体さ、夏休みは冷房が効いた部屋でのんびり過ごすって相場が決まってるだろ。


 わざわざ外に出て、紫外線を浴びる必要ってありゅう?


 それに、学生の夏休みには、やらなければいけないことがあるはずだ。


「どっかのだれかさんだって、課題で忙しいんじゃない?」


 皮肉を吐くと、佐竹は腕を組んで鼻息を鳴らした。


「どっかのだれかさんは、夏を(エン)(ジョイ)する気満々だ!」


 彼は、去年と同じ轍を踏むらしい。そのままの意味で、学ばない男だ。


「切羽詰まったら月ノ宮さんに頼んでね」


 僕は嫌だから、と付け加えた。


「私は、八月半ばから海外ですので、佐竹さんの課題の面倒は見れませんよ?」


 自分でなんとかして下さい、と言いたげに、月ノ宮さんは涼しげな顔で僕の提案をばっさりと断ち切った。


「アメリカ?」


 天野さんが訊ねと、月ノ宮さんは「はい」と頷く。


「大学の視察を兼ねて、です」


 梅高を中退してアメリカへ渡り、経済を学ぶ。その予定が引き伸ばしになったのは、彼女自身が『梅高を卒業したい』と選んだからだ。僕らの説得が無くても、同じ結論に至っていただろう。未練を残したまま、中途半端に終わるなんて月ノ宮さんの性分じゃない。


 ──恋莉は?


 ──え、私?


 重苦しい沈黙を打ち破るかのように、佐竹が天野さんに話題を振った。


「泉たちからプールに行こうって誘われてるけど、長期的な予定は無いわね。……だけど、アンタのおもりはゴメンだから」


「じゃあ、だれが俺の勉強見てくれんだよお。ガチでえ」


 情けない声で喚きながら、テーブルに突っ伏した。


 だれかを当てにせず、自分でどうにかするって選択肢は、毛頭無いらしい。


「なら、宇治原君たちとよろしくやればいいじゃん」


 持つべきものは友だちなら、宇治原くんたちも友だちのはずだ。佐竹には僕らの他にも友だちは沢山いるし、頼れる知人もわんさかいるはずだ。『佐竹の友だちを一人見つけたら三〇人いると思え』って教訓もあるくらいだしな。


 だが、佐竹は頭を振った。



 

【備考】

 読んで頂きまして、誠にありがとうございます。もし不都合がなければ、感想などもよろしくお願いします。


 これからも当作品の応援をして頂けたら幸いです。(=ω=)ノ


 by 瀬野 或

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