一十九時限目 ダブルデートは波乱の幕開け[後]
「そろそろファミレス前に行こ?」
「そうだな」
本当は、待ち合わせ場所へ行く前に、打ち合わせをしたかった。
レンちゃんは、私たちが思っている以上に、私たちを観察している気がする。
ノープランのままでは、いとも容易く看破されてしまいそうだ。
待ち合わせ場所は、以前、優梨の姿でレンんちゃんと出会った駅前のファミレス前。
この場所を指定したのはレンちゃんだ。
元より、私もそこを指定しようとしてたから丁度よかった。
「手、繋ぐでしょ?」
歩き出そうとする佐竹君の袖口を、右手の親指と人差し指の側面でぎゅっと摘む。
「お、おう」
彼のごつい手が私の手を包み、触れ合う掌から体温が伝わってくる。私の手は小さいから、佐竹君の手にすっぽりと収まっているみたいだ。
「いた……っ」
佐竹君の恋人、という設定に基づいて行動すると、脳を針でチクリと刺したような痛みが走る。
「あ、悪い。握力が強過ぎたか?」
「ううん、そんなことない……。大丈夫だよ」
疼痛で曇った笑顔を見せれば、更に心配させてしまう。
「無理すんなよ?」
「それより、デートだよ」
にへらと笑って、痛みを誤魔化す。
「初デート、楽しもうね」
佐竹君は恥ずかしそうに顔を背けながら、そうだな、と呟いた。
「変なこと、しないからね?」
「そんなことしねぇよ!?」
「フフッ♪ 冗談だよーだ」
曇りかけた気持ちをなんとか平常心に戻して、いたずらっぽく笑う。
無理するな? するに決まってるじゃん。
彼が歩む恋愛を正さないと。
駅から歩くこと数分。
ポケットティッシュが一つ手に入る距離に、レンちゃんと待ち合わせしているファミレスがある。
レンちゃんはファミレスの入り口から少し離れた場所で、周囲をキョロキョロと見渡しながら待っていた。
「レンちゃん、久しぶり!」
「あ、ユウちゃん!」
会うなりパッと笑顔になって、ハグされるのでは? というくらい距離を詰められた。圧がすごい。あと、いい匂いがする。
今日のために新調したと思われる服は、レンちゃんのイメージとはかけ離れたガーリッシュスタイルで、両肩が見える白青のセーターは、チェリーなボーイを瞬殺しそうなほどに破壊力がある。いいや、レンちゃんが着る服は、どれもその効果を発揮するだろう。
つまり、レンちゃん自身の胸部がブラマジガール級とも言える。……高校生で、そのサイズは反則ですよねえ?
「よう」
私の隣で棒立ちしていた佐竹君は、自身の存在をアピールするかのように声をかけた。レンちゃんは佐竹君を横目で睥睨して、「あ、いたの?」と冷たい視線を送る。
「落差あり過ぎじゃね!?」
「私は別に、アンタに会いたかったわけじゃ──」
そこまで言って、口を噤んだ。
──なんだよ。
──なんでもないわよ。
いきなり一触即発ですか……?
まだデートが始まってないのに険悪な空気なんですけど……?
「はあ……。ごめん、ほんとに気にしないで」
「お、おう。……なんかすまん」
レンちゃんが、ちらと私に視線を向けた。私はそれに無言のアイコンタクトで返すと、ゆっくりと小さく頷いて、冷静さを取り戻すようにふうと深呼吸をした。
レンちゃんがここに来た理由──それは、自分の間違いを正すためでもあった。
売り言葉に買い言葉で物を言ってしまった謝罪をするために、レンちゃんはこの場にいる。
だけど、佐竹君はそんなこと気にしてないと思う。
彼は彼で、この状況を楽しんでいるのだから。
「〝連れていきたい場所がある〟ってユウちゃんからメッセージもらったけど、どこに行くの?」
「ここから少し離れた場所に、いい雰囲気の喫茶店があるの」
喫茶店? とレンちゃんは小首を傾げた。
「そこなら、落ち着いて話ができそうだから」
「コーヒーがマジでヤバいんだわ」
「アンタがそういうと、美味しそうに思えないのが不思議ね」
苦笑いしながら、佐竹君を揶揄うように言うと、佐竹君は「いや、ガチだから!」と、これまた語彙力の乏しい返答をする。
「ユウちゃんが教えてくれる店だから、平気かな」
「あはは……」
佐竹君と一緒にいると、日本語が如何に難しい言語なのか思い知らされるなあ……。
イントネーションひとつで意味が変わってしまうような繊細な言語なのに、佐竹君が使う日本語にはその繊細さが全く備わってないことにも驚くけど、そういう日本語が蔓延していることも事実で、近年、インターネットから次々と生まれる『ネットスラング』に、面白さと、流行り廃れていく刹那的な快楽にも似たものを感じていた。だけども、ヤバい、だけで喜怒哀楽や、美味しい、美味しくないを表現してしまう彼の言語能力は如何ともし難く、どうにかしないとこの先不安だ。
彼が就職活動をする際に、面接で『俺、割とマジでガチるんでよろしくお願いします』とか言いそうだもんなあ……。
さすがにそこまでは酷くない、かな?
佐竹君を先頭に、レンちゃん、そして最後尾に私という、なんだか某RPGのような隊列で歩きながら、私はこのとき、二人から好意を寄せられていることをふっと思い出した。
ある意味、これは〈モテ期〉と言えなくもないけど、これが私のモテ期というのなら、恋愛の神様はやっぱり意地悪だ。
優梨にしても。
優志にしても。
同性からしか告白されてないなんて、両手放しで喜ぶに喜べる話ではない。
告白してきた当人が立ち並ぶこの風景は、想像以上に複雑な気分だ。
「ねえ、ユウちゃん。なんで佐竹を選んだの? もっといい男の子沢山いるのに」
「おい、訊こえてるぞ」
前を歩く佐竹君がげんなりした口調で、口を尖らすように言う。
「別にいいじゃない。アンタと私は〝こういう間柄〟なんだから」
こういう関係? 恋敵、的な意味かな。
「……まあ、な」
道すがら、含蓄たっぷりに呟いた佐竹君は、そこになにがあるでもなく足を止めた。
「変に改まる必要もねえよ、ガチで」
「そうね」
「おう」
佐竹君は『こういう状況』だけ、異能力でも使ったかのように空気を読む。
これは、水道の蛇口に表面張力で溜まっていた水が、排水溝の穴にストンと落ちるような不自然さ。
或いは、風が吹けば桶屋が儲かるくらいのハットトリックのようだ。
意外性、と呼ぶべきかも知れない。
これが存外、馬鹿にできない。
不意に見せる大人びた表情も相まって、彼に魅了される女子生徒が続出しているのだろう。
普段は本当にバカだし、語彙力もないし、うるさいし、面倒臭いし……あれ? 彼の長所ってなんだっけ? まあ、人柄のよさだろう。
飾ることなくいつも自然体でいられるのは、ある意味では才能とも言える。
「ねえ、ユウちゃん」
呼ばれて、振り向く。
「佐竹のどこが好き?」
うーんって考える素振りをして、彼の背中をつんと突いた。
佐竹君は肩を跳ねるように驚いたリアクションをしたけど、私を振り返らずに前だけを見続けている。
「いざってときに、頼れるところかな」
「そう、かしら……?」
「あと、だれかのために本気で悩める優しさ、かな」
──それ、佐竹のマネ?
──うん。真似っこしてみた。
「佐竹。アンタをここまで評価してくれる人なんて、この世にユウちゃんくらいなんだから感謝しなさいよ?」
然し、佐竹君はうんともすんとも言わない。
「ちょっと、訊いてるの?」
「悪い、コンビニ!」
先に行っててくれ! と、踵を返して、来た道を全力疾走で駆け抜けていった。
「はあ!? 佐竹、待ちなさ……いっちゃった」
猛然と引き返す彼の横顔は、感情を噛み殺すような苦しげな表情だった。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【備考】
・2018年12月25日……誤字報告による誤字修正。
報告ありがとうございます!
・2019年2月21日……読みやすく修正。
・2019年12月2日……加筆修正、改稿。