三百四十時限目 ストローは曲がっている
「この店で使用されているストローは曲がる。ええ、そうですとも。でもですね、八戸先輩。ストローが曲がるということは、真実も曲がっているってことなんですよ!」
どういう理屈だ。
「なるほど。では、真実がこのストローのように曲がっている、その根拠を出して貰おうか」
ストローは関係無いだろう……?
「一年前。まだ八戸先輩が生徒会で書記をしていた頃、とある事件が起きました」
とある事件とは、島津先輩が同性の後輩に告白された出来事を示唆しているのか? 根拠を出せと言われてるんだから、『とある事件』とぼかさず明確にしてくれ。
「それがどうかしたのかな?」
「この事件をきっかけに生徒会の歯車が狂い始めたわけですが、八戸先輩の情報には誤りがあったんですよ」
「ちょっと待って」
口を挟まずに訊いていたけど、さすがに物申さずにはいられなかった。
「前提がひっくり返ったら、推理もなにもなくなるよ?」
「ユウくん、考えてもみたまえ。八戸先輩が真実を語っているとは限らないだろう?」
その可能性は僕だって考えていたが、田中君と大場さんの証言で確証に変わっている。それだってメモ帳に追記したはずだ。読んでないのか? いや、読んだ上での発言だとするならば、関根さんは別の可能性に辿り着いたってことになる。
「彼は演劇部の役者なのだから、他人を欺くことには長けているよ。ユウくん以上にね」
「訊き捨てならないな。自分が嘘を吐いている証拠はあるのかい?」
そう、肝心なのは論より証拠だ。言うのは簡単だが、それを証明するとなると具体的な証拠が必要になる。僕が探偵をしないのは、証拠を探す暇が惜しいからだ。然し、探偵を名乗る彼女は、この短い時間で揃えたらしい。どんな手品を使ったのかはさて置いて、お手並み拝見といこうではないか。
「一つ目の嘘は、島津先輩に告白した生徒会員はいなかったことです。一年前の出来事とのことなので、知り合いに片っ端から連絡して訊きました」
「そんなこと、できるの?」
僕が関根さんに訊ねたら、
「女子の連絡網を侮ってもらっては困るよ」
なんて、さらっと怖いことを吐いた。
「ああ、もしかしてこのメッセージのことかしら?」
いままで俯いていた天野さんは携帯端末を鞄から取り出し、メッセージアプリの画面を開いてテーブルの中央に置いた。そこには、グループトーク画面が映し出されている。
「知り合いを頼れば同学年の恋の噂なんて、秒でわかっちゃうんですよ」
女子社会の闇を垣間見た気がする。
「そして、〝島津先輩に告白した女子生徒はいなかった〟と結論に至ったというわけです。……なにかご質問は?」
「プライベートなことだから、口外しないようにした……という可能性だってあるんじゃないかい?」
「そういう場合、女子は〝ここだけの話〟を使います」
情報屋気取りのゴシップ好きなステレオ系女子ってどこにでもいるよな。どの学校にも、一学年に一人くらいは混ざっている傾向にある。然もその理由というのが『ちやほやされたい』『必要とされたい』という願望の具現化なので、厄介極まりない。
「恐れいったよ。すごいな、女子の情報収集力というものは」
そうなると、新たな疑問が生まれる。
「ねえ、関根さん。仮にそうだとしても辻褄が合わないよ。あの事件は、どうして生徒会内で実際に起きた事実になってるの?」
「実際に起きたからだよ。つまり、告白した生徒会員は存在しているってこと」
──そうですよね、八戸先輩。
その問いは、八戸先輩が島津会長に告白したような口振りだった。関根さんもそのつもりで、八戸先輩に訊ねたのだろう。
八戸先輩は腕を組んで暫しだんまりを決め込んだが、観念したように「その通りだ」と返答した。
では、大場さんの証言は……あ、そうか。
あのときは自分の考えを根底に話を進めていたから、八戸先輩が嘘を吐いている可能性について言及していない。大場さんも『薄々勘付いてるんでしょ』と言っただけだ。ここに来て自分のミスに気がつくとは情けない。それも、関根さんに指摘されてだ。謎探偵と馬鹿にしていたけど、いよいよ馬鹿にできなくなってしまった。
「八戸先輩が島津先輩に告白して振られた。生徒会の規律を乱した責任を感じ、八戸先輩は自分の役目を後輩に譲って生徒会を辞めた。その後を追うようにして、島津先輩も一時的に離脱……?」
口にしてみたが、どうにも引っ掛かる。
「繋がるようで、どうも繋がらない気がしてならないんだけど」
「そこで、もう一つの嘘がこの問題を複雑にしているのだよ」
もう一つの嘘……?
「八戸先輩が島津先輩に告白したのではなくて、島津先輩が八戸先輩に告白したの。そもそも、立場が逆だったってこと」
あの生徒会長が、この変態に告白……?
「本当ですか? それこそ嘘ですよね?」
「疑う気持ちはわからなくもないけど、自分はこう見えて結構モテる性分なんだよ?」
黙っていたらイケメンだけど、口を開けば『男の娘大好き』と叫ぶような人だ。モテるはずがない。モテる要素が台無しと言ってもいい。残念具合は佐竹とも引けを取らないが、見る人には石ころだって宝石に見えるものだ。『物好き』って言葉が存在するように、変態紳士を『格好いい』と思う女子生徒がいてもいい……のか?
「振った理由が〝自分の性癖に刺さらない〟なのだから、そりゃあ島津先輩も怒りますよ」
──最低ですね。
──最低過ぎる。
今日は天野さんとよく声が被る日だ。
「誤解だよ。自分は〝男装の麗人よりも男の娘が好きなんだ〟と言ったんだ」
──つくづく最低ですね。
──人として終わってるまである。
──気持ちが悪いです。
僕らがドン引きしていると空気を読んだのか、照史さんが珈琲のお代わりを持ってきてくれた。
「ちょっと休憩にしようか。これはサービスするからさ? 八戸君もホットでいいかい?」
会話をちゃっかり小耳に挟んでいる辺り、照史さんは喫茶店のマスターしているなあ。
「お気遣いありがとうございます。ホットをお願いします」
運ばれてきたカップに口を付けて一口飲んだ後、八戸先輩はぼうっと外を見つめていた。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【修正報告】
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