三百三十四時限目 一年前の真相
スケボー部の三人が、昇降口前でご自慢のスケボーを走らせていた。非公式なら〈同好会〉と言うべきか。スケボー同好会。言葉の響きがどことなくアレだな、と思った。
──他人の迷惑になる活動は直ちに辞めさせるべきだけど、スケボー自体は悪くない。だから処罰に困るんだよね。それに、なんでもかんでも取り締まっていたら、折角の自由な校風が台無しになってしまう。
と、中休みに田中君が言っていた。
問題を先送りにするのは、解決から最も離れた行いだって、自分で思っては難だけど、ブーメラン過ぎて耳が痛い。先送りにするのと考え続けるのは違う……ってのは、都合のいい言い訳に過ぎないか。
大場さんは僕の問いに沈黙していた。多分、答えは既に出ているはずだ。然し、それを口に出せば後戻りできなくなる。いつかの僕を見ているようで、ぎゅっと心臓を締め付けられるような痛みを感じた。
「どうして、アンタに言わなきゃいけないわけ」
そう答えられるのは想定内だった。
大場さんの思考は読み易い。こう言えばああ言うだろうなって言葉が返ってくるのは単純でいいけど、思考を読まれ続けるのは、自分の弱点を常に晒すくらい致命的な欠点だ。指摘してあげたいけど、いまは火に油を注ぐだけだと呑み込んでから、用意しておいた答えを提示する。
「いまの生徒会ってさ、ちょっとおかしなことになってると思うんだ」
ちょっとどころの騒ぎじゃないが、こと細かく説明するまでもないだろう。
「その問題を解決するには、それぞれの気持ちを正しい方向へ持って行かなきゃならない」
「なにそれ? いみわかんない」
「わかろうとしなければ、なにもわからないままだよ」
わかりたくないことを放置するのは、腐った蜜柑を放置するのと同じだ。黴の進行は早い。昨日までは一つだったのに、次の日には周囲に感染している。そうしてどんどん周囲を巻き込んでいって、最終的には全て廃棄処分。そうならないためには、風通しをよくしておく必要があるのだ。
「大場さんは島津会長を恋愛対象として見ているって僕が勝手に思ってるだけでもいいから、話を訊いてもらっていいかな」
「は? ……まあ、訊くだけなら」
やっと、田中君が答えてくれなかった質問ができる。いや、油断は禁物だ、と自分を戒めた。大場さんは単純だけど、単純だからこそ、話を途中で終わらせて逃げるって判断も早い。飴と鞭の使いどころが肝心だ。
「一年前、生徒会で〝とある事件〟が起きたのは知ってるよね? そのせいで島津会長は責任を感じて生徒会から離れたってやつ」
大場さんは「うん」とだけ言って頷いた。
「この件をきっかけに、生徒会の歯車が狂い出した……わけじゃないと僕は思ってるんだ」
遠山から鳶の鳴き声が訊こえた。
「同時期に〝別の問題が発生した〟とすれば、生徒会の現状にも納得できるんだけど、その問題がイマイチわからないんだよね」
時間は大丈夫だろうか腕時計を見やる。昼休みは長いので、まだまだ余暇はあった。……お弁当を食べる時間を削れば、の話ではあるが。
大場さんにおにぎりを買って貰っていなかったら、この判断も揺らいだだろう。結果的に言えば、大場さんは自分で自分の首を締めた形になった。この詫びはいつかしよう、そう思いながら話を続ける。
「大場さん。犬飼先輩となにかあった?」
「訊くだけって言わなかった?」
「そうだけど、とても重要なことなんだ」
教えて下さい、そう言って頭を下げた。
「どうして鶴賀君は、生徒会にそこまで首を突っ込むの?」
どうして、と言われても答えに困る。言えるはずがない。八戸先輩から依頼された、なんて言ったら開きかけた口も閉じてしまうだろう。かといって「生徒会をよくしたいから」なんて言えば白々しいし、僕にそこまで向上心が無いのは、この巡回を通してわかっているはずだ。散歩してただけだしな。落ちているゴミの一つくらい拾っていれば説得力もあったかも知れないけど、そのゴミだって清掃員さんが拾っているから落ちてなかった。
「所属している場所で地に足が付けないのは、気持ちが悪くて居心地も悪いんだよ」
──それだけ?
──野次馬根性もある、かも。
「てか、アンタの場合はそれだけっしょ」
バレたか、と大袈裟にふざけてみる。緩急が必要なのだ。手頃に隙を見せれば、相手も発言し易くなる。これを意識せずに実行できればいいのだが、僕はそこまで器用じゃない。
「それで、実際のところどうなの?」
「どうもなにも、薄々勘付いてるでしょ」
「どうかな」
可能性だけは考えてある。でも、その可能性は『登場人物全員が嘘を吐いていた』くらいのあり得えない妄想に過ぎない。
僕が考えたのは『一年前に島津先輩に告白したのは大場さんだった』という可能性。でも、その可能性は低い。大場さんは、現在も生徒会に所属しているからだ。これが正解だったら人間不信に陥るまである。だからこそ、田中君が口を滑らせたあの発言が僕の仮説を否定してくれたのは有り難かった。
「島津先輩が生徒会から離れたとき、なにもできなかった自分が口惜しくて、八戸先輩に当たり散らしたのよ」
どうしてここで八戸先輩の名前が出てくるんだ? と疑問に思ったけど、話の腰を折るべきではないと判断した。
「八戸先輩って島津先輩と仲いいから、引き留めようとしない態度に苛々して……」
そういうことか。
一年前、とある少女が島津先輩に恋心を抱いた。
少女は自分の気持ちを抑え切れず、島津先輩に告白をした。だが、島津先輩はその告白を受け入れず、少女は傷心を引きずりながら生徒会から離れた。同性と付き合う。これがどれほどリスクを伴うのか、島津先輩は考えたんだろう。結果として生徒会を騒がせる事態に発展し、島津先輩は生徒会から身を引いた。……だが、事件はまだ続く。
大場蘭華は島津瑠璃に恋をしていた。
彼女の傍にいたい一心で生徒会に入り、彼女の気を引くために人事を尽くしていた。それなのに、島津先輩は自分の元から去る決断をしてしまった。当然、大場さんは引き留めようとしただろう。けれど、島津先輩の意思は揺るがずに説得も虚しく終わる。残ったのは悲しみと虚脱感だった。その感情をぶつける相手も生徒会にいない。だから、島津先輩と仲がよかった八戸先輩にやり場のなかった怒りの矛先が向いたのだ。八つ当たりといえばそれまでではあるが、そうでもしないと自分の感情を抑えられなかったのかも知れない。
おそらくは、こんな感じだろう。田中君の『自分の口からは言えない』とする態度にも納得だ。田中君がいいヤツ過ぎて株価急上昇中である。ここまで人間ができている同年代というのも、それはそれでちょっと怖い気もするが。
だけど、疑問は残る。
この話の流れには、八戸先輩の後悔が含まれていない。八戸先輩は犬飼先輩になにをしたんだ? って疑問と、生徒会室にある応接室の鍵の在りかも未だ謎のままだ。
「もう一つだけ訊いてもいいかな」
「まだあんの?」
とても迷惑そうな声音ではあったけど、気づかない振りをして話を進めた。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
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【誤字報告について】
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「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
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