三百三十三時限目 誰が為にサッカーボールは蹴られたのか
趣味の悪い煽りはネットにゴロゴロ転がっている。それゆえに、面と向かって言われてもノーダメージだ。
相手を褒めるより貶すほうが簡単だからこそ、人間は揚げ足を取るのが上手い。
成長に苦難は必要だと思う。でも、苦難と誹謗中傷は別物だ。『お前の作品を批評してやってるんだぞ』という言葉を目にする機会が増えているが、上からの物言いはどうなのだろうか。僕にはそれらの行いが、自慰行為に思えてならない。そもそも批評と批判は違う。それを混同しているから、おかしなことになってしまうんだ。
大場さんは衝動的に罵倒したんだろう。彼女の場合は衝動というよりも、息をするようにと喩えたほうが適切に思える。そういう風に他人とコミュニケーションを取ってきたのだと、これまでの言動で察した。
僕が正論を返しても「きも」って一言で終わりだろう。思考停止。いや、思考の最適化がされているのかも知れない。迷路の図面を見て、迷路内を進まずに外堀を廻ってゴールへ向かうくらいの最適化だな、と思った。
そのまま体育館裏を通り抜けると、眼下には校庭が広がる。野球部とサッカー部が昼練をしていて、土埃が風に舞う。隅っこでは、一年生たちがワンバンをして遊んでいた。一人が蹴飛ばしたボールは大きく空へ昇り、地面へ落ちた。ボールは地面から弾けて、山なりに弧を描きながら対面にいる子へ向かっていく。パスをされた子はあまり運動が得意じゃないのか、容易そうに見えたボールをスカした。その瞬間、空気が弛緩したように笑いが起きて、スカした彼は「目にゴミが入ったんだ」と言い訳をしたが、勢いよく蹴ろうとしたボールは力なく地面を転がるだけで飛翔しなかった。
「おにぎり、無駄になったね」
いつものベストプレイスは、彼らの荷物置き場になっている。お弁当は、教室で食べる他になさそうだ。味わう暇も無い。自分のペースを乱されるのは、ここまで鬱陶しいものなのか。であるからこそ、煽りプレイはなくならないのだ。
「いいんじゃない、べつに」
大場さんはリュックからおにぎりを取り出すと、巻いてあるサランラップを丁寧に剥がして齧り付いた。「食べないの?」って視線を向けられては『食べない』を選び難い。学校帰りにでも食べようと鞄にしまったおにぎりを取り出し、大口を開いて齧り付いた。
「うま……」
シーチキンの脂っぽさがご飯を包み、口に入れた瞬間に解れる。お米一粒一粒を味わうような感覚に近い。コンビニのシーチキンおにぎりも好きだけど、食堂のおにぎりは別格だった。ニ〇〇円出した甲斐があるというものだ。ふと隣でおにぎりを食べている大場さんを横目で見る。大場さんの唇は、シーチキンかマヨネーズの油分でてらてらしていた。
「なに」
僕の視線は感じたようで、ばちりと目が合ってしまった。気まずいし、恥ずかしかった。「大場さんの唇に釘付けになっていた」なんて、口が裂けても言えない。モテる男はそういう言葉を平然と言えるのだろうけれども、僕にキザは似合わな過ぎる。なにか他の台詞を用意しなければって言葉を探し、思いついたままに口を動かした。
「いつ頃から、そういうメイクをするようになったのかなーって……」
気になった、わけじゃない。
彼女に件の質問をする〈口実〉みたいなものが欲しかっただけで、「きも」って答えられても別によかった。然し、彼女はそう答えなかった。
「……高校デビューってやつ」
口元におにぎりを当てたまま、視線は前方を向いている。その姿はまるで、木の実を齧るリスにも似ていた。
梅高の隣には貯水タンクがある。ここからだと銀色のタンクがよく見えた。校庭のフェンスを越えれば侵入出来なくもないが、一抹の好奇心を満たせるだけで面白くはないだろう。
「自分の殻を破りたかったの。それだけ」
大場さんは所在無げに、淡々と事実だけを語った。
「それだけって……。悪くない理由だと思うよ」
「上から目線ウザいから」
どことなく、大場さんと佐竹の語彙力は似ている。ギャルもギャル男も言葉が貧困なのか? 僕は彼らの生態を詳しく知らない。知ろうともしないから、ギャル、ギャル男集団の会話が中身の無いものに思える。それでも、『楽しければ問題無い』というスタンスで構えているならば、それはそれで文化と言えなくもない、かも知れない。
「どうして生徒会に入ったの?」
大場さんを生徒会室で見て、いの一番に抱いた疑問はこれだった。
佐竹のような人種はフレンドファーストな雰囲気がある。友だちとバカをしながら過ごすのが青春だって、本気で思っているような連中だ。学校行事の委員会や部活には参加せず、放課後にカラオケとファミレスでドンチャン騒ぎするのが常だと思っていた。てか、それ以外に選択肢ってあるのだろうか? とも思う。
新・梅ノ原周辺には、最近できたケーキ屋があるけど、あの店はカップルの溜まり場と化していた。友人を誘っていけるような、気軽な店ではない。残るはファーストフード店かカフェチェーン店になるけど、それだって区分はファミレスと同じだ。梅高生徒って、どこで遊んでるんだろう。
「もしかして、島津会長がいるから?」
考えられる要因は、それしかなかった。大場さんは、さっき『あのひとにだけはいいところを見せたい』と零している。不意を衝かれて思わず口走ってしまった、という様子だったので、なにかしらの特別な感情を抱いているに違いない。
島津会長の名前を出した途端、大場さんの目の色が変わった。
「アンタに関係ないし」
そういう反応を示すってことは、肯定しているのと同義だ。否定が肯定になり得るのも、日本語の面白いところではある。
「図星ってことだね」
大場さんは最後の一欠片を口の中に入れると、なにも言わずに踵を返した。
「どこに行くの?」
「教室に戻る。もう終わったから」
「僕の話は途中なんだけど?」
そういうと、殊更に嫌そうな表情で僕を睨めた。
「ウザ。鶴賀君って友だちいないでしょ」
今度は話題のすり替えか。
感情的な人間は、不利な状況に陥ると二パターンの行動を取る。大場さんのように話をすり替えて逃げるか、全てを悟ったように開き直るかだ。
某匿名掲示板のレスバトルを見ているとわかり易いが、案外、人の醜い部分は本質に近いのかも知れない。勿論、それが全てとは思わないけど、アルコールが化けの皮を剥がすように、怒りも人の内側を暴くのだろう。
「こんな僕にだって、友だち……は、いるよ」
「あっそ」
友だちくらいは、と言いそうになって、後半部分は呑み下した。『くらいは』と言っては、甲斐性無しの僕に付き合ってくれている佐竹たちに失礼だ。
つい言葉尻が強くなって、角が立ち過ぎてしまった。鼻から空気を吸い込み、ゆっくりと吐き出して心を落ち着かせると脳に酸素が供給されて、狭まった視界が広がっていくのを感じた。石を投じるなら、このタイミングしかない。
唇に付着したシーチキンの油分を潤滑油にして、大場さんの核心に触れる言葉を吐いた。
「島津会長のことが好きなの? ……恋愛対象として」
僕の背後で、サッカーボールを蹴り上げる音が響いた。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
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「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
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メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
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