三百三十時限目 田中はいいヤツである
「おは……、こんなところでなにをしてるんですか?」
入ってきたのは我がクラスの担任、三木原章治だった。
梅高に赴任してから二年、まだまだ新米教師だけど、どことなくベテランな風格を醸し出している。それは、無気力で脱力感のある声音のせいだけじゃない。『教える』が上手いのだ。教育者にとって一番必要なスキルを持っている、とも言える。陰で〈三木原商事〉と呼ばれているのは、本人も自覚していて、よく「どうしてミッキーじゃないんですかねえ?」と、授業の合間にぼやいていた。
三木原先生は僕の後頭部に、出席簿を乗せる程度の強さでコツンと叩いた。『邪魔だ』って言いたいんだろう。これだけのことで『体罰だ』と騒ぐのはモンペ……いや、僕らはハイスクールスチューデントだからモンスト? なんだかストライクショットしそうな略称だ。まあ、後頭部にストライクショットされたのは僕なんですけどね。高等部だけに。
「なにやら楽しそうですが、そろそろ朝礼を始めたいので席に着いてくださいねー」
ほらほら散った散った、と三木原先生が手を叩く。僕らはそれに従って席へ向かったが、流星だけは不満を言うように舌打ちをしていた。教師に反抗的な態度を取るのが男らしいって勘違いしてるのかなあ。それ、もう古代遺産レベルの不良だよ? いまの不良はそんなことしない。ひっそりと足音を盗みながら小悪党振る。……それのほうが男らしくないか。
席へ向かう途中に「読んでおいて」と、関根さんからメモ帳を受け取った。
「なんだよそれ」
一連の行動を見ていた佐竹は、僕が着席すると同時に声をかけてきた。
「プロフィール帳みたいなやつ」
「今更か!?」
「佐竹くーん、うるさいですよー」
三木原先生に注意されて、佐竹は「さーせんした」って、反省の色が見えない謝罪を吐いた。
別に隠す必要はなかったけど、他人をこそこそ嗅ぎ回っているなんて、胸を張って言えるもんじゃない。ときがきたら話そうとは思うけど、いまはまだそのときではないと、冗談混じりに佐竹の追求から逃れた。
三木原先生が出席を取り始めた。『あ』から始まる出席簿は、男子と女子で分けてある。三木原先生はいつも女子から先に出席を取っていた。女子を贔屓しているとか、レディファースト気取っているわけでもない。男子の一部に遅刻魔がいるために猶予を与えた結果『先に女子から』が定着した。
阿久津さんの名前が呼ばれて、次に安藤さんが呼ばれる。僕の名前が呼ばれるのはまだまだ先。その間に、関根さんから渡されたメモ帳に目を通しておこうと表紙を開いた。最初のページは無記入で、次のページから始まっている。女の子特有の丸文字かと思ったが、意外にも達筆だった。止め、跳ね、払いを意識して書かれている。ページの隅にプリントされているメルヘンでファンシーな動物キャラクターが絶妙に浮いていた。
このメモ帳の対象年齢はかなり幼いだろう。だが、関根さんは結構あざとい性格をしているので、子どもっぽいメモ帳を使っている私可愛いを演出するがためだけに、このメモ帳を選んだと推察した。意図は本人にしかわからないとはいえども、あながち間違いではないはずだ。いくら幼さを演じようとも文字が大人びているので、習性というのは隠せないものだ、と苦笑い。
最初に犬飼先輩の名前が記入してあった。『ハウル』とカタカナで記されていたのは、漢字がわからなかったからだろう。〈羽宇琉〉と書くんだよっと赤ペンを入れる。次に学年とクラス、年齢が書いてあった。ほうほう、ジブリ先輩は三組だったのか。もしかしたら、去年の体育祭で同じ色だったかも知れないな。
次に記されていたのは性別だった。
「……え」
僕は思わず声を漏らした。
「鶴賀君、次から返事は〝はい〟でお願いしますねー」
「あ、すみません……」
出席確認と被ったらしく、三木原先生から苦情を言われてしまったが、そんなことはどうでもいいと思うくらい動揺していた。
犬飼羽宇琉は、女子生徒だったのだ。
* * *
一限目の授業が終わり、一十五分の中休みが始まる。たしか、田中君がくるはずだ。一々僕を呼ぶのも面倒だろうからと廊下で待機してたら、額から汗を流して「つるがくーん!」と呼ぶ声が廊下に響いた。
「廊下で待っててくれたんだ。ありがとう」
「うん。……体育だった?」
「ううん。数学だよ」
マジか。
数学ってそんなに汗をかく授業だったっけ? いくら体格がいいといっても、今日はそこまで暑くないし寒くもない。一十八度から二十数度の中間くらいの気候だ。
「水分取ったほうがいいよ?」
「大丈夫、もう一リットルは摂取したから!」
それは飲み過ぎでは? 過剰に水分を摂取しているから汗をかくのではないだろうか? でも、一日二リットル飲むといいとも訊くから、過剰なくらいが丁度いいのかも?
「それじゃあ、見回りいこうか」
田中君と校舎の外を見回る。校舎内は別のグループが見回っているらしい。新参者は外回りからなんだって、田中君は言っていた。
田中君はすれ違う生徒たちに目を配りながら、どういう生徒を注意するのかを僕に説明した。あまりにも酷い行いをしている生徒がいたら、その場で注意をせずに、先輩を呼ぶか教師を呼ぶのがマニュアルらしい。
「トラブルになるからね」
ビオトープ周辺には一年生数人が集まって、ボール遊びをしている。田中君が「ボールで遊ぶなら校庭で思いっきり遊ぼうねー!」と、気さくに声をかけたら、一年生たちは「ごめんなさい」と頭を下げて校庭へ走っていった。
さすがは雑務責任者だ。どういう風に注意すれば角が立たないかを熟知している。田中君は注意をするときも笑顔だ。知人に声をかけるよう見えて、何度も「知り合い?」と訊ねては「違うよ」と返された。
田中君は、稀に見る『いいデブ』だった。デブと呼ぶのは失礼だけど、こういうヤツって希少価値があるんだ。場を和ませるというか、自分が『太っている』ことを悲観せず、それを個性と捉えているような感じ。そういう性格の人には、自然と人が集まってくる。これまで何度か田中君に「おっすー」と挨拶をする生徒がいた。それも、上下関係無しに。さすがに下級生は「おっすー」なんて挨拶はしないけど「田中先輩、こんにちは!」と元気に挨拶をしていた。
「人望があるんだね」
「そうかな? 普通だよ」
最後は校庭の様子を見ておしまいのようだ。僕と田中君は、体育館と美術棟の間にある雑草が生えた斜面の上から校庭を眺めていた。
「見回りは、基本的に二人一組で行うんだ」
「それもトラブル対策?」
うん、と相槌が返ってきた。
僕が生徒会に入った理由は、学校をよくしようと思ったからじゃない。あくまでも、八戸先輩の頼みで入っただけだ。田中君からは『この学校が好きだ』という印象を受ける。志す場所が違い過ぎて、申し訳ない気持ちが込み上げてきた。
でも、僕は依頼を遂行するだけだ。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
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「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
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