三百二十九時限目 探偵のアイテムは百均で買える
「八戸が……、時間あるとき……、メッセージくれって……」
千葉先輩は八戸先輩が送信した文面を僕に見せながら、申し訳なさそうに目を伏せた。相手の目を見て話せないのは人見知りだからかも知れない。僕もそうだから、千葉先輩のおどおどしい態度は理解できた。鼻頭を見ながら話せばいいと教えてあげるべきだろうか。余計なお世話かもと思い、「ありがとうございます」とだけ返した。
しかしいっかなこれまたどうして、八戸先輩だって生徒会に身を置いていたはずだ。会議中だと知りながらもメッセージを送信するのは感心しない。
『鶴賀君に、時間があるときに変身してくれって伝えてくれるかな』
返信ではなく『変身』を選ぶ辺り、この誤字は確信犯だ。僕が〈優梨〉であることを八戸先輩は知っている。だからこそ、敢えて〈変身〉という言葉を選んだのだ。
この文面には二つの意味が込められている。一つは返信してくれという催促だ。鞄の中にしまい込んだ携帯端末には、八戸先輩からの要件が送信されているだろう。もう一つの理由は、文字通りの解釈で、優梨に装った僕が見たいという願望でしかない。
八戸先輩には、あとでお灸を据える必要がありそうだ。先の文面だけ読んでも、千葉先輩は八戸先輩が誤字しただけとしか思わない。でも、ひょんなことから露呈してしまう真実もある。だから、信用するべき人は見極めなければならない。
パイプ椅子を片付けると、ギャル子さんが僕の元へやってきた。えっと、名前はなんだったかな。田中、佐藤、鈴木辺りだったら簡単に覚えられるけれども、昨今の名前はラノベの登場人物かってくらい難解だ。
「大場です」
おい、全然難解じゃないぞと自分の記憶力にツッコミを入れたが、そんな態度を噯にも出さないように顔を引き締めた。
「大場蘭華。よろしく」
「鶴賀優志です」
このやり取りをあと何回すればいいの……? 田中君と自己紹介したときに一緒にすれば、二度手間にならなかったのでは。
「昼休みになったら二組にきて」
「え、僕がいくの?」
「は?」
大場さんは不満を鳴らすと両腕を組んだ。
「なんでうちがいかなきゃいけんの?」
最近の女子高生は我が強いんじゃあ……。
七ヶ扇さんもそうだけど、どうしてこんなに好戦的なの? 先祖がアマゾネスかなにかなの? もっと優しく接してくれてもいいんですよ? ほら、僕って豆腐メンタルじゃん? 性根が腐ってるって意味で。
「関西に住んでたり……、しませんでしたか?」
「生粋の関東人ですけど」
「さいですか」
特徴的な語尾と一人称が〈うち〉だったので、てっきり関西から引っ越してきたのかとばかり思った。然し『生粋の関東人』とは妙な言い回しをする女子だ。
関東人は関東住みを誇らしいと思っていない。特に、関東の中でも埼玉県民は自虐的だ。地元を馬鹿にする映画に熱狂するくらい自虐的になるのは、風土病といっても過言ではない。僕も大人しく雑草でも食べようか。
大場さんはそれだけを告げると、足早に生徒会室から出ていった。
見知らぬ場所にポツンと取り残されたような人心地の無さを感じて、島津会長の元へふらふらっと向かった。
「なにか仕事はありますか?」
生徒会室は『仕事をしなければ人権が無い』ような空気で充満していて息が詰まりそうだ。早く仕事を、僕に仕事を下さい……は! こうして社畜は誕生するのですね!
「仕事……なら、だれがなにをしているのか見学してみたらいいいんじゃない?」
それはまた都合のいい指示だ。生徒会室を見渡せる位置まで移動して、人間観察モードに移行する。
生徒会室で作業をしているのは、島津会長、千葉先輩、七ヶ扇さん、田中くんを含めた雑務係が数人。この中に、応接室の鍵を隠した犯人がいるのだろうか。この場にいないジブリ先輩という可能性もありけれど、まだ姿を現していない人を犯人と決めつけるのはよくない。
結局、朝は大した情報を得られずに終わった。
* * *
教室に入るなり、関根さんが一目散に僕の元へやってきた。片手には、やたらファンシーでメルヘンな表紙のメモ帳が握られている。薄い桃色の下地には、カラフルに彩色された平屋が並び、デフォルトされた動物たちが英語で会話していた。中学生なら簡単に読めてしまうような単語の羅列だ。リング部分には水色ボディの七色ボールペンが引っ掛けてあった。
探偵には不釣り合いなアイテムでは? もっとこう、黒革のビジネス手帳みたいなやつのほうが探偵らしい。後ろポッケに入れっぱなしで、ちょっとひん曲がっていたら最高。だが、関根さんの持っている手帳は折れ曲がり防止の透明なプラスチックカバーが付いている。
昨日、帰りがけに百均で購入したんだろう。ボールペンも一緒に購入したに違いない。メモ帳とボールペンで合計二百数十円探偵アイテム。遠足のお菓子を選ぶ子どものように、ワクワクしながら選んで購入した絵は容易に想像できる。七色の突起部分のどれかに麻酔針が仕込んである……とか言い出しそうだ。無論、それは関根さんの妄想に過ぎないが、もし本当にそんな設定を頭の中でしていたなら、これはいよいよ子ども極めているとしか思えない。
関根さんは、興奮気味に七色ボールペンを引き抜いてからメモ帳を開いた。そして、指すようにボールペンの先を僕に向ける。
「朝一で調べましたぜ、旦那」
「あ、ありがとう……」
関根さんは片方の口角を上げて、ヒヒッと怪しく笑った。朝から全力なのはいいことではある。然しながら面倒臭い。彼女の趣味趣向を焚きつけたのは僕だから自業自得ではあるけど、さすがにトップギア過ぎません?
僕らの様子が気になったのか、佐竹と流星までもが集まってきて、僕は教室の黒板側のドア付近で立ち往生を強いられた。佐竹と流星の隙間からは、月ノ宮さんがちらりとこちらの様子を窺っているのが見える。後ろめたいことはなにもしていないけど、なんだかばつが悪い気がして視線を逸らした先には、天野さんがじーっと睨むような視線を向けていた。
「ウッスウッス。お前らなにしてんだ?」
「企業秘密ですぞ、佐竹っち」
「生徒会について嗅ぎ回ってんだろ」
流星が仏頂面で答えると、関根さんは「なんで知ってるの!?」と素直に驚く。おい、探偵なんだからポーカーフェイスくらい身につけろよ。
「生徒会?」
今回の件を知っているのは、流星と関根さんだけだ。月ノ宮さん、天野さん、佐竹にはなにも知らせていない。情報が不足している状態では、彼らもどうしていいのか困惑するだろう。
協力を頼むのは、情報が纏まってからにしようと思っていた。片付いていない部屋に通されても迷惑でしかない。客を招き入れるならば、相手に不快な思いをさせないように清掃するのは当たり前だ。そのための〈関根〉と〈七ヶ扇〉だが、昨日の今日でもうこの騒ぎだ。
やはり、人選を間違えた感は否めない。
曲がりにも〈探偵〉を自称しているなら、『探偵のいろは』は知っていてもおかしくないだろ? 仮に僕が探偵を演じるなら、人目の多い場所でクライアントに近付こうとは思わない。相手の名前を大声で叫ぶなんて論外だ。
彼女は、どんな探偵アニメに影響されたのだろう……。武装探偵社だったら、まあ、仕方ないと割り切るしかないか。その流れを組むと、彼女の異能力は〈超推理〉ならぬ〈迷推理〉である。
もう、そういうことにしておく。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【修正報告】
・現在報告無し