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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十六章 I will not go back today,
448/677

三百二十三時限目 オレンジジュースの差分


「こんな時間に呼び出したんだから、端的に済ませてよねー」


 真っ白なお皿の上には、ドーナツを掴んだ紙ナプキンがくしゃくしゃに丸めて置いてあった。たしか、ナプキンを丁寧に畳んで帰るのは、『美味しくなかった』という表現だって、テレビかなにかで見訊きした記憶がある。


 七ヶ扇さんがその食事マナーに倣ったかはさて置き、僕も帰宅が遅くなるのは避けたかった。とはいえ、家に到着するのは十九時を過ぎるかも知れない。僕はいい。だけど、七ヶ扇さんを夜遅くまで拘束するわけにはいかない。タイムリミットは三〇分。一八〇〇秒間に、どこまで核心に迫れるかだが、電話口で『恋愛相談』と言ってしまった手前、生徒会に関する情報を引き出すのは至難の業である。


 どう、切り出せばいいか──。


()()()()なんでしょ? 相談する相手を間違えてるとしか思えないけど。……恋愛経験豊富に見える?」


「生徒の悩みを解決するのが生徒会の役目でしょ?」


「違う。生徒会は学校の風紀を守る組織であって、お悩み相談室じゃない」


 内心では、そうでしょうねと同意しながら、いまは世間知らずを演じることにした。


「そうなの? 生徒会って〝ザ・正義の味方〟ってイメージだけど」


「漫画やアニメに影響されるのは勝手だけど、現実は残酷なのよー」


 七ヶ扇さんは退屈そうにしながら、「それに」と続ける。


「鶴賀くんとあたしって、赤裸々に悩みを語るような深い仲でもないでしょ。それとも、アンタも関根さんみたいなタイプ?」


 ──まさか。


 ──でしょうね。


「だいたい、不自然過ぎるのよ。生徒会の内情を知りたいのなら、もっと上手く立ち回ることねー」


 僕の魂胆はお見通しらしい。


 それもそうだ。ほぼ初対面の相手に『恋愛相談』なんて、プライベート過ぎる悩みを打ち明けるほど、警戒心が無い人間はそういない。『初めて会ったのに、ずっと昔から知ってるような気がする』っていうのも気のせいに過ぎない。時間は常に、冷酷なくらい正確に、過去と現在を数字で表すのだから。


「なら、どうして会ってくれたの?」


 僕の魂胆を察していたならば、電話したときに突っ()ねてしまえばいい。そうすれば、オレンジジュースを奢ることもなかったし、今頃は電車の中で最寄りの駅まで到着するのを待っていたはずだ。


「これ以上、いまの生徒会について詮索されるのは迷惑なの。鶴賀くんは直接言わないと納得しない性格っぽいから、わざわざオレンジジュースまでご馳走してるのよ」


「手切れ金が三〇〇円ってのは、安過ぎやしませんかね?」


「受け取った時点で、文句を言うのは筋が通らないわ」


 それもそうだ、と思ってつい笑ってしまった。


「なにが可笑しいのよ」


「僕らしくないことをしてるなって思ったら、ついね」


 冷静に考えれば、七ヶ扇さんに会わずとも、情報を得ようと思えばいくらでも得られたのだ。ただ、七ヶ扇さんから訊き出せれば、かなりの近道になるってだけ。


「要するに、話すことはなにもないってわけだ」


「そういうことー」


 そうはいっても、七ヶ扇さんはこの場に足を運んでしまった。


 僕の応答に応えてしまった。


 オレンジジュースを奢ってしまった。


 これらの事実が、『話したいことがある』と証明してしまっている。


 とどのつまり、呼び出したのは僕だけれど、行き止まりへ進む道を選んでしまったのは他でもなく、七ヶ扇さん自身だ。行き止まりで行き詰まって、猫の手すら借りられず、縋る藁さえ流れてこない激流に呑み込まれて、救難信号を送った相手にメーデーを叫んでいる状態。


「だれかを悪者にするのって、気楽でいいよね」


「突然、なに?」


「だれかを悪としていれば、自分が正義だって位置付けできるでしょ? それが仮初めの正義であっても、自分を納得させる材料にはなる」


「……なにが言いたいわけ?」


 この世界には、正義と悪が存在する。


 正義はいつだって自分にあり、悪は大抵が他人だ。自分の意見に賛同しない者や、自分と考え方が違う者は、いかなる場合においても悪である。だから、問答無用で弾圧して排除する。自分が身を置く世界だけ、平和な世界になるからだ。都合のいい人間、都合のいい解釈、都合のいい道具。それらで身を固めれば、それなりに幸せでいられる。でも、所詮はご都合主義によるエゴに過ぎない。いつの時代でも必ずクーデターは起こり、国が滅んで、民主主義が(とき)の声を上げるのだ。


「八戸先輩を悪役にしいていれば、傷の痛みを誤魔化せるもんね」


「不愉快だから帰る」


 七ヶ扇さんは我慢ならないと立ち上がったが、簡単に帰してはやらない。だって、僕は七ヶ扇さんの『悪者』だ。悪者は悪者らしく、徹底的に悪趣味を果たさなければならない。怪人が人間を襲うように。怪獣が町を破壊するように。悪者はいつだって、正義のヒーローに歯向かうのだ。


「そうやって逃げ続けて、七ヶ扇さんにはなにが残ったの?」


 七ヶ扇さんは、一歩進めようとした足を止めた。


「アンタに、あたしのなにがわかるのよ」


「他人が自分を理解していると思わないほうが懸命だよ」


 理解とは程遠い場所にいる存在、それが他人の正体だ。


「理解して欲しいのなら、それなりの行動を示す必要があるって思わない?」


「アンタに理解して欲しいなんて、微塵も思わないけど」


「だったらなぜ、〝あたしのなにがわかるの〟って言葉を使ったの? 理解して欲しくないなら、この台詞を吐く理由がない」


「それは……」


 反論しようと言葉を探しているけれど、僕は『間違っていることの証明』ができる。だが、七ヶ扇さんにはそれができない。なぜなら、彼女もまた間違っているからだ。お互いの間違いをぶつけ合うときに重要なのは、あたかも『それが真実である』と論うこと。もっとも、愚かな行為であることは明白で、ほかに力を注ぐほうが正しい。


 だからこそ、僕も彼女も間違っているのだ。


「……それにしても、さ」


「まだなにかあるわけ?」


「オレンジジュースって、たまに飲むと美味しいよね」


 藪から棒に言い出したのがオレンジジュースの品評だったから、七ヶ扇さんは殊更に首を傾げて「は?」っと眉を顰めた。


「このオレンジジュースは約三〇〇円。でも、スーパーに行けば一リットル一三〇円前後で買えてしまうんだよ。なかなかに不条理だって思わない?」


「意味がわからないんだけど」


「つまり、これは不条理だ」


 そして、この不条理は三〇〇円で支払われたものであり、本来ならば一三〇円程度の不条理である。


「七ヶ扇さんは、僕からなにも徴収してないよね」


「絶賛後悔中だけどね」


「だったら、差分くらいの道理は返させてよ」


 七ヶ扇さんが僕に対して行ったように、「座って」という意味を込めて、向かいの席を手差しする。


 七ヶ扇さんは漠然としないまま、ご機嫌斜め過ぎて機嫌が垂直になるくらいの憤懣遣る方無しを、これでもかっていわんばかりに湛えながら着席した。


「で、本題なんだけど」


「生徒会については、絶対に喋らないから」


 そっちじゃない、という意味を込めて頭を振る。


「恋愛相談だよ」


「この期に及んで、まだそれ?」


「僕じゃなくて七ヶ扇さんの、さ」


 ──生徒会の話じゃないでしょ?


 ──まあ、そうだけど……。


「八戸先輩と、なにがあったのか訊かせてよ」


 そう言うと、七ヶ扇さんは「はあー……」って深い溜め息を吐き出した。


「それが、さっき言ってた()()ってわけ?」


 僕は、その問いに黙って首肯した。


「鶴賀くんって、絶対に損な立ち回りさせられるでしょ?」


「自分でも嫌になるくらいね。でも、案外気に入ってたりもするんだから不思議なもんだよ」


「アンタも変態ってわけだ」


 くすっと破顔して、刺々しかった空気が弛緩したのを感じる。


「でも、これだけじゃ差分は足りないから、ハニーチュロとカフェオレのお代わりを貰ってきて」


 ──夕飯前に二つも食べると太るって言ってなかった?


 ──だれかさんのせいで、糖分が欲しくなったのよ。


「はいはい、承りました」


 使用済みのトレーを手に取り立ち上がると、七ヶ扇さんが「ありがと」と言った。感謝されるようなことはなにもしていない。そればかりか、恨まれてもおかしくない状況だった。


 七ヶ扇さんの謝意には触れず、返却口へと向かった。 



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。

 今回の物語はどうだったでしょうか?

 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。

 その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。

 完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【修正報告】

・現在報告無し

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