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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十六章 I will not go back today,
446/677

三百二十一時限目 探偵業は世知辛い


 関根さんはバナナマフィンをもぐもぐしながら、僕の話に耳を傾けていた。


 これまでの経緯を端的に話したが、理解したのか不安ではある。八戸先輩が『大の男の娘好き』というのは伏せておいた。仮にも、先輩という立場の人間だ。恥をかかせるわけにはいかない。もっとも、八戸先輩は自分の趣味を『恥』とは微塵も思っていないだろう。白昼堂々と、声高らかに宣言するくらいだ。もしかしたら、八戸先輩の男の娘好きは周知の事実かも知れないし、関根さんも把握しているのかも知れないけれど、他人の趣味をとやかく言うのはマナーに反する。〈先輩〉という立場の沽券にも関わるし、言わなくてもいい情報を口にする必要もない。


「……というわけで、短い期間だけど、生徒会と関わりがあった関根さんに話を訊こうと思ったんだ」


 関根さんは「なるほど」と相槌を打ち、適温程度に冷めたココアを一口分含んでから、小さな唇に付着した甘味を舌舐めずりするように舐め取って、カップをゆっくり受け皿に置いた。


 もし、目の前にいるのが関根さんではなく、天野さんか月ノ宮さんだったら、一連の動作も婀娜めいて見えただろう。けれども、僕はロリっ子を愛でるような趣味は無いから、小学生が背伸びをしているようにしか見えないのだ。『それこそが関根さんの魅力だ』ってわからなくもないが、いや、もうやめておこうと水を飲んだ。


「ユウくんは、〝八戸先輩が副会長を殺した〟という根拠が欲しいのかね?」


「いやいや、梅高で殺人事件が起きていないのに、根拠もなにもないだろ」


 実際に起きていたら一大ニュースになって、マスコミ各社が校門前に押し寄せているはずだし、お茶の間のニュース番組で『高校生が同級生を殺害』のテロップも流れているはずだ。


「僕が訊きたいのは、関根さんが見た生徒会の印象というか、人間関係がどうとか、そういうのだよ」


 特に、会長、副会長、八戸先輩、この三人がどういった関係性なのか知りたい、と続けたら、関根さんはおもむろに制服のポケットを弄り、銀色のシガレットケースを取り出して、「一本どうかね?」と、僕に差し出した。


「なあに、違法な物じゃない。ココアシガレットさ」


「それくらい、見ればわかるよ……」


 丁重にお断りを入れると、関根さんは「そうかね」って寂しそうな表情をしながら一本取り出し、煙草を吸うかのような仕草で咥えた。


「飲食店に堂々と持ち込みする人、初めて見たよ」


「マスターとは、もう長い付き合いだからね。ねえ、マスター?」


 急に話を振られた照史さんは、「え?」と目を丸くさせたが、関根さんが左手の人差し指と中指に挟んでいる物を見て、全てを察したのか苦笑い。


「他のお客様がいないときだけだよ?」


 甘いなあ、照史さん。甘過ぎて蕩けちゃうよ。バナナマフィンのようにね! とは噯にも出さないでいたら、「ほら、言っただろう?」と、得意げにココアシガレットを咥える関根さんの顔が目に留まり、腹立たしさが三割増した。


「形から入るのは構わないけど、ちゃんとしてよ?」


「言われずとも、わかっているさ!」


 ああ、超面倒臭い……。ガチで。


 関根さんの『探偵なりきり』がなかったら、話はもっとスムーズに進行しているはずだ。クラスの面々が、関根さんに近寄らんとする理由もわかる。然し、関根さんは自然災害のようなものだから、未然に防ぐこともできないのだ。今回は僕からコンタクトを取ったけど、次回があるならば、関根さんを頼るのだけは絶対にやめよう、と心に誓った。





「生徒会の人間関係について、だよね?」


 居住まいを正した関根さんは、これまでとは打って変わり、閑話休題に話を戻した。問いに頷くと、顎に手を当てて一考しながら、頭の中で当時の再現でもしているかのように眉を寄せて、天井部分を見上げた。


「生徒会と関わったって言っても、生徒会室に足を運んで内部観察をしたわけじゃないから……、あ」


「なにか思い出した?」


 うん、と頷いて、手元に置いていたシガレットケースの中にあるココアシガレットを取り出し、がりっと噛んだ。


「私が受付を担当してたのは、ユウくんも知ってるよね」


「うん。正面玄関で会ったから」


「受付係と生徒会の橋渡し役が、ナナチーだった」


 ナナチーってだれだ? って考えて、生徒会役員に『ナナ』が付くのは『七ヶ扇朝海』しかいないと思い出した。


「それで?」


「えと、ナナチーだけじゃ不安だからって、八戸パイセンもいたよ」


 パイセンって、久しぶりに訊いたなあ……。


「二人に、なにか変わった様子はなかった?」


「うーん……、これといってかなあ。とても仲睦じい感じだったよ?」


 ()()()()、だって?


 僕が知るところ、二人は上手くいってないように思える。いや、八戸先輩が一方的に嫌われていると言ったほうが正しい。つまり、入学式が終わる……または、進行中に〈なにか〉が起きて狂い始めたのではないか、と推測を立てた。


「仲睦じいとは、具体的にどう睦じい感じだったのかな」


「あれは、恋をしている目でしたぜ……。旦那」


 ふと気になって、シガレットケースに目をやったら、残りは五本になっていた。ココアシガレットって、立て続けに食べるような駄菓子じゃないだろう? かっぱえびせんだったら、やめられないとまらないのも頷けるけど。


 いまの証言が事実だとしたら、生徒会は、尚更に混沌極めた状態だ。


 副会長のジブリ先輩は、会長の島津先輩に片思いをしていて、七ヶ扇さんは、八戸先輩に片思いをしている。二つの恋路が揉める要因となったのは明らかだが、そればかりではないだろう。


 八戸先輩と島津会長を繋ぐ線が曖昧だ。


 それに加えて、『犬飼を殺した』という八戸先輩の発言も気がかりで、これが明確になれば騒動の全体像が見えてくるはず。


「因みにだけど、告白した、してないの噂は訊いてない?」


「そういった噂は訊いてないかなあ……。だけど、そういう関係になるのも秒読みって感じがした!」


 関根さんが語る情報と、僕が身をもって体感した感想が、全く異なる次元の話に思えてしまう。


 八戸先輩と七ヶ扇さんの間に、なにかしらのアクシデントがあって不仲になったのだとしたら、それはもう〈告白〉以外にはない。七ヶ扇さんが八戸先輩に告白をして振られたとなれば、八戸先輩を嫌う理由にもなり得る。


 ……待てよ?


 だとするなら、どうして八戸先輩は『犬飼を殺した』と発言したんだ? 嫌われるような言動を『殺す』と喩えたなら、殺した相手はジブリ先輩じゃなくて、七ヶ扇さんにならないか?


 ──自分は、犬飼を殺したんだ。


 八戸先輩は、まるで懺悔でもするかのように言った。後悔している。そんな口調だったが、他人を殺すって感覚は、僕にわかるはずがない。自分を殺すとか、息を殺すとかならまだしも、〈殺人〉となれば意味も違ってくるが、情報が不足し過ぎて上手くハマらない。


「あとは、なにか手がかりになるような情報はない?」


「残念だが……。しかし」


 いつの間にか、迷探偵モードに切り替わった関根さんは、タール無し、ニコチンも無し、煙さえ出ない〈タバコもどき〉の最後の一本を咥えてぷかあと息を吐き出し、不敵な笑みを浮かべた。


「ユウくん。キミは実に運がいい」


「ええ……。頗る絶不調だよ」


 だれかさんのおかげで、と目で訴えたが、関根さんには僕の目が助けを求める子羊に見えたのだろう。


「情報を得るには、だれに調査を依頼するのが好ましいかね?」


「うーん、月ノ宮さんかな」


 月ノ宮さんなら、全てを知らずとも、あっという間に情報を掻き集めてきそうだ。だったら、最初から月ノ宮さんに相談そればよかったのでは? と思い返して悔やんでいたら、関根さんがテーブルを叩いた。


「探偵だよ! 目の前にいるじゃん! 頑張るからー!」


 もう、それは(こん)(がん)だった。


 名探偵が調査の依頼を受けるのに必死って、どれだけ探偵業は世知辛いのでしょう……。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。

 今回の物語はどうだったでしょうか?

 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。

 その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。

 完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【修正報告】

・2020年4月27日……誤字報告による誤字修正。

 報告ありがとうございます!

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