三百一十四時限目 八戸望は渋り続ける[後]
僕が知り得る友人たちの中で、生徒会と関わりを持っていると思われる人物は三人。
一人は、クラスでもトップクラスの成績を誇り、一年生の頃に生徒会から声をかけられていた『大和撫子』こと〈月ノ宮楓〉だが、月ノ宮さんがそう簡単に口を割るとも考え難い。……僕よりも計算高い彼女のことだ、八戸先輩が月ノ宮さんの望むようなメリットを提示しない限り、交渉の席には有り付けない。
となれば、残る人物は二人に絞られる。
そのうちの一人は、普段から授業をサボるような不真面目さが特徴で、なにかと人を殺したがる人物である〈雨地流星〉だ。これまで何度となく授業をサボっているから、生徒会のだれかしらに声を掛けられていても不思議じゃないし、サボりを見逃す代わりに情報をくれと頼めば、そこには利害関係が生まれる。
でも、流星が口を割った本人とは思えない。
流星はああ見えて結構律儀なヤツだし、少なからず僕に恩義を感じているはずだ。それに、『男らしさ』をモットーとしている部分も見受けられるから、仲間を売るなんて男らしくない行為をするとも考え難い。
なら、答えはあの人に違いない。
「関根さん、ですね」
彼女の名前を出したら、八戸先輩は酷く驚いて、一歩くらい後退りした。
「どうしてそう思ったのか、訊かせてくれないか」
「関根さんは、入学式の実行委員に入ってました。最近、生徒会と関わった知り合いは彼女だけです」
「そうかな? 他にも二年生は沢山のいたけど」
「僕の趣味を把握しているのは、僕が在籍しいているクラスのだれかしか考えられません」
バスの中でも読書をしているから、僕の趣味が読書だと知る人はいるかも知れない。けど、それは僕の存在を認知している人に限られる。だれだって、どうでもいい他人の情報なんかすぐに忘れるものだ。
ソースは僕。同じクラス連中の趣味がなんなのか未だに知らないからね!
それに、脳科学的に『鮮明に残る記憶』と『そうでない記憶』は定義付けられている……と、思う。知らないけど。
「よっぽど僕と親しい間柄じゃなければ、作者の名前まで覚えないでしょう」
「ちょっと口を滑らせただけで、そこまでわかってしまうものかい……?」
「口は災いの元、ですよ」
普通の二年生だったら、こうはならなかっただろう。
でも、僕は『普通』に該当しない。
なぜなら、僕は友だちが極端に少ないからだ。
友だちとカテゴリされる人物は、いつものメンバーと流星、そして関根さんのみだ。他校に通う柴犬やハラカーさん、そして、ダンデライオンのマスターである照史さん、琴美さんを含む大学生組は『知り合い』であって、今回の件とは一切合切関係がない。……まあ? 琴美さんに限っては間接的に関わっているけど、それだって『親戚のそのまた親戚のお兄さんの友だちの学校で起きた話なんだけどね?』って怖い話を切り出すくらい遠い関係性だ。
「食堂での一件もそうだけど、鶴賀君には驚かされてばかりだ」
八戸先輩がわかり易いリアクションをするからだっていうのは、本人に言わないでおこうと胸に留めておく。
「それじゃあ、その本を下さい」
「それとこれは話が別だ」
ちっ、騙されてくれなかったか。
「この本は、今回の件が片付いたときの報酬として用意した物だからね。もちろん、失敗しても渡すつもりだ」
成功報酬基い、迷惑料ってわけだ。
「なら、尚のこと早く話してくれませんか?」
「そうだね……でも、向かいながら話そうか」
頭上より遠方から、チューニングの狂ったギターが鳴って、それを皮切りにリズムが狂ったドラムとワンテンポ遅いベースが響き、聴くに耐えないダミ声のボーカルが唸る。
「酷い演奏ですね……」
思わず口を衝いて出た言葉に、八戸先輩は小首を傾げて答えた。
「これが〝ロック〟ってやつでは?」
「えええ……」
これがロックというならば、ちいさな恋の想いは届かないし、アナタにすら逢えないだろう。
* * *
生徒会は、教師との連携が不可欠であることから、職員室の隣に設けられている。
隣といっても職員トイレを挟んでいるので真隣というわけでもないが、そう言って差し支えないだろう。
生徒会室は、元々この位置にあったわけではないらしい。八戸先輩曰く、昔は三階の空き教室を利用していたようだが、部活のように大人数で活動するわけじゃない生徒会は、『美術棟』の新設によって移動した美術科の空き部屋を使うことになったようだ。
「いまでも仄かに、油絵の具の匂いがしたりするんだよ」
「へえ……。で、依頼はなんですか」
この期に及んでまだ出し渋るのか、という意味合いを込めて、嫌味たらしく訊ねた。
「そんなに言い出しにくいことを頼むつもりなんですか? もしかして肉体労働ですか?」
体力には自信がない、と言い張れるくらいの自信はある。
「ある意味では、そうなるかも知れない」
「その、ある意味を訊いてるんですよ……」
「そうだね。……鶴賀君」
この場所は、多目的ホールと生徒会室の中間辺りに位置する廊下で、ここより先には二手に分かれる踊り場があり、その道を右に曲がると食堂へと続く。職員室や生徒会に用事があるなら、このまま道なりに進めばいい。
八戸先輩は踊り場の中央で、改まるように足を止める。
「キミにはこれから、生徒会に入ってもらう」
「向かう先は生徒会室ですから、そうなりますよね」
そうじゃない、と八戸先輩は首を横に振った。
「所属する、という意味だ」
「僕が生徒会に? ……なんの冗談ですか」
そうしなければなにかと不都合なんだよ、と言って、再び足を動かした。
僕が生徒会に所属しなければならない理由ってなんだ? おそらく、これまで八戸先輩と話した内容のなかに答えがあると考えて、歩きながらいままでのやり取りを思い返した。
「鍵、ですか」
「そう。生徒会役員でなければ、生徒会室の鍵は受け取れない」
「それと、僕が生徒会の所属すれば、朝一で生徒会室に入れる……から?」
「さすがは名探偵だ」
僕は可能性の話をしているだけで、推理なんかこれっぽっちもしてないんだけどなあ……。
だから、ここからが推理になる。
現在、生徒会が抱えている問題は、生徒会長と副会長のいざこざだ。どうして啀み合いに発展したのか……それは、一度生徒会から離れた者は、生徒会長に相応しくないという副会長の言い分が起因となっている。会長は副会長に認めて欲しい一心で、副会長の業務も引き受けてオーバーワーク状態。
ここまでの流れで、僕が出しゃばるような幕は無いと思うが、八戸先輩は僕に『生徒会に入れ』と言明した。
なぜそこまでして、生徒会役員がいない生徒会室に拘る必要があるんだ? 人手が足りないから、という理由だったら、そもそも朝一で学校に来なくてもいいはずだ。以前の食堂で八戸先輩は『ニバスで登校している』と言っている。つまり、『ニバスで登校しても、生徒会業務は滞りなくこなせる』って言ったのと同義と言って間違いはない。
人手不足を懸念して僕を誘ったわけじゃないとすると、生徒会のツートップ問題の他にも、八戸先輩が隠している『裏の理由』があるはずだが、それを問い詰める時間はなさそうだ。
僕らの目の前にはステンレス製の扉があり、扉上部の表札には〈生徒会室〉と印字された紙が貼られていた。
「生徒会へようこそ、名探偵君」
「ようこそって言われても、八戸先輩はもう生徒会役員じゃないですよね」
こういうのは気分だよ、と八戸先輩は軽く流すように言い放った。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『感想』『ブックマーク』『評価(最新話の下部にあります)等』をして下さると、大変励みになりますので、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・2020年3月20日……誤字報告により修正。
報告ありがとうございます!