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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十六章 I will not go back today,
429/677

三百六時限目 子猫は濡れても鳴かずとして


「天野さんのこと、だよね?」


 こくっと首肯だけで返すと、不気味な笑みを口元に湛える。言葉で返答しないのが殊更に怖いんですが……? みたいな視線を投げかけても反応はなかった。


「……わかったよ。話せばいいんでしょ?」


 機嫌気褄を取るとしても、相手は月ノ宮さんだ。上部だけの言葉で取り繕っても、巧みな話術で暴かれてしまうだろう。それならば、真摯に対応して状況判断しながら円満に進めるのが得策だ。


「天野さんと、サンデームーンに行ってきた」


 照史さんが料理の参考に選んだ店だし、名前くらいは知ってるはず。名前だけじゃなくて、一度は現地を訪れてるかも知れない。


 お兄様大好きですもんね、月ノ宮さん。


 この兄妹からは、ブラザーコンプレックスに近しいものを感じる。


 慕っていた兄が勘当されて家を飛び出したショックも相俟って、ブラコンに拍車が掛かったのでは? と推測を立ててみたけれど、兄弟がいない僕には推測の域を越えられない。多分、一生かかっても無理だ。


「それは、デートですよね」


 デート、という言葉を強調して声を発した。感嘆符は無く、事実だけを追求するような声音で、僕を追い詰めようとする口振りだ。


「情報が早くないですかね……?」


 もしや、ドロンって言いながら、監視用のドローンでも飛ばしてました? 月ノ宮さんに諜報活動をさせたら007より有能なんじゃないか? ボンドガール……粘着って意味で。


「常識ですから」 


「それが常識だったら怖過ぎるでしょ……、天野さんにプライベートは無いのかい?」


「さすがの私も、恋莉さんが履いている下着の色まではわかりかねます」


 わかってたら通報してました。


「でも、優志さんが履いている下着の色くらいならわかるかも知れませんね」


 やっぱり、通報してもいい? ……まあまあ、これは比喩ってやつだろう。どうどうって気持ちを落ち着かせて、ひっひっふーと息を吐いた。


「黒のトランクス、ですよね」


「いや、当てようとしなくていいから……黒のトランクスだけど」 


 なんでわかったの? って疑問視すると、勝ち誇ったように踏ん反り返る。


「調査方法は社外秘です」


「当てずっぽうでしょ」


「運がついてますから」


 僕のトランクスに()()()()()()()、みたいに言うの止めてくださいませんか?


 ちゃんと綺麗に拭いてますから!


 どこを、とは言明しませんけど!


「デート、したんですよね」


「したけど……月ノ宮さんが思っているようなことは、なにもしてないよ」


「なるほど。恋莉さんの貞操は、まだ守られていると……」


 朝っぱらからど下ネタですか。


 月ノ宮さんの脳内って、天野さんとイチャラブすることと、将来のことしかないのでは? 普通にしてれば清楚な雰囲気もあって、天野さんの気を引けるかも知れないのに、色々と残念過ぎるから色々と残念なんだよなあ。


「口付けも交わさなかったのですか?」


「してないし、しないでしょ」


 間接的なやつならしたけれど、それは月ノ宮さんだってしてるはずだ。高校生なんだし、飲み物の回し飲みくらいはするだろ? ……しなそうだなあ、この人。鞄にコップとか忍ばせてそうだもん。なんなら、マイカトラリーセットまで用意しているまである。


「そうですか……」


 と、左腕を肘置き代わりにして、右手の人差し指を唇の横辺りに添えながら、ぶつぶつとなにか呟き始めた。むにっと凹んだ頬がちょっと可愛い。普段は知的に(ふる)()っている彼女が見せるちょっとした仕草に、ファンクラブの面々は魅了されるんだろう。


 いつか刺されるんじゃないか? って心配になった。


 僕らが知っている月ノ宮楓と、彼、彼女たちが知っている月ノ宮楓は違う。クラス行事では月ノ宮家の頭角を見せた月ノ宮さんだが、人気は未だにダントツだ。


 知的で、決断力もあって、可愛いくて優しい──それが、我がクラスの面々が思う月ノ宮楓の姿。然し、その実態は、手段を選ばない即断力と、無慈悲なまでの腹黒さにある。ああそれと、スパイ並みの情報収集力も加えておこう。


 社交界では猫を被るのも必要なのだろう。けど、化けの皮が剥がれたとき、理想を押し付けてきた反動で恨みを買わないとも限らない。


 友だちだからこそ、彼女を心配に思うのだ。


 こんな気持ちを抱くなんて、高校入学当時は思いもしなかったな……。


「私は一度敗れた身なのでなんとも言えないのでが……」


 そこで口を止めて、伝えるかどうかの判断を慮る。


「言いたくないなら、無理に言わなくてもいいけど?」


「いえ、大丈夫です」 


 なんとも言えないんじゃなかったのか……。


 僕としては、訊かないほうがいい所存です。


「優志さんはまだ、他人と触れ合うことに抵抗があるのでしょうか」


「まあ、懐疑的ではあるよね」


 そこだけは、どうしても払拭できない。


 これまで皆と付き合ってきて、様々な人たちと出会うことができた。苦々しい思い出もあるけれど、それがあってのいまだ、とも思う。


 然ればとて、心に残留した疑団を拭い去ることはできない。


 矢面に立って、クラスを纏め上げようとしている佐竹。


 自分の恋愛と真正面から向き合って、答えを出した天野さん。


 目標を定めて、猪突猛進に突き進む月ノ宮さん。


 流星、関根さん、ハラカーさん、柴犬、照史さん、そして、大学生組の面々にしてもそうだ。


 僕とは真逆の人たちで、友だちになれたのは奇跡と言っても過言ではない。友だちと呼んでいいのかわからない人たちもいるけれど、僕のような甲斐性無しとよく付き合っていられるなあと、心が痛む。


 すると、月ノ宮さんは僕に歩み寄り、さっきまでの含蓄のある笑みをやめて、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。


「優志さんは、もっと自分に自信を持って下さい」 


「え?」


 巧まずして、驚きが口を衝いて出た。 


「捨てられた子猫のような顔をされていては、張り合いも無いではないですか」


「同情を引こうなんて思ってないんだけど……」


 言うと、月ノ宮さんはふふっと声をもらす。


「それでこそ、優志さんです」


「どれ……?」


「皮肉屋なところでしょうか?」


 どうして、否定できない。


「偏屈と言ったほうがいいかも知れないですね」


「褒めてるの? 貶してるの?」


「勿論、褒め言葉ですよ」


 奇抜な褒め方をされても、素直に喜べない。


「恋莉さんとデートして、楽しくないはずが無いじゃないですか。羨ましくて僻みを言いたかっただけです」


 むすっと頬を膨らませて、僕のお腹辺りを指先でつんつんと突く。


 貴様はもう死んでいるってやつですか?


 三秒後にアベ死? 


 けれど、突かれた腹部はヒデブせず、代わりに、ほんのりとした温もりのようなものを感じた。


「そろそろクラスの皆が登校する頃でしょうし、これくらいで勘弁してあげます」


 くるっと踵を返し、自分の席に戻る途中で足を止める。


「勝負はこれからです。もう、負けませんのでそのおつもりで」


 僕のほうを振り向かず、宣戦布告を声に出して、すっと椅子に座る。ぞろぞろと教室に入ってくる知人たちに「おはようございます」と挨拶をしながら、いつも通りの光景が出来上がっていった。


 不覚にも、月ノ宮さんの仕草にドキッとさせられてしまった自分がいる。


 罵詈雑言を浴びせられると恐怖してたのに、逆に励まされるとは(つゆ)とも思わず、呆然とその場に立ち尽くしていたら、教室に入ってきた佐竹に変な目で見られてしまった。


「なにしてんだ?」


「さあ……? なにしてるんだろうね」


「おう? どうしたよ。ガチで」


 続けざまに声を掛けようと口を開いた佐竹だが、宇治原君に呼ばれて振り返る。


「おう、おっすおっす」


 天野さんが教室に入ってきたのが見えた。


 小さく手を振られて、はっと我に返った。


 どうも居心地が悪くなって、それを隠すように頷いて返すと、天野さんは声を出さずに口だけで「おはよう」と言った気がした。


「おはよう」


 僕の声は、教室に溢れた喧騒に掻き消されて届かない。


 それでも、伝わったようだ。


 気恥ずかしい気持ちを紛らわせるように、ぐしゃぐしゃっと後頭部を掻き散らしてから、ようやく腰を下ろした。


 窓の外を見やると、空を覆い尽くす分厚い雲から、勢いよく雨が降り注いでいる。教室内の湿度も高くなって、生乾きの洗濯物のような臭いが鼻を突く。


 中学生のとき、まだ柴犬と絡んでいた頃、今日と似た雨の日に『休日の雨の日、午後三時にテレビゲームしながら過ごすのって最高じゃね?』って、絡んでいた仲間内のだれかが言っていたのを不意に思い出した。


 それを訊いた柴犬は、うんうんと激しく同意していたけれど、今更ながら、言い得て妙だと自得してしまった。


 だれだっただろう?


 もしかして僕かも知れないし、そもそも記憶が曖昧だから、いまと勘違いしているのかも知れない。どうもにもこうにも、佐竹が言いそうな台詞だ。


 だれでもいいか、と吐き捨てた。


 こんな日は、自宅でまったり過ごしたい。


 そうしていれば、彼女の意外な優しさに触れることもなく、侘しさを煩わずに済んだ。こそあれ、学校をサボってゲームをしたいとも思わないし、学生なのだから学校に通うのが当然である。


 唯一の失敗と言えばイチバスに乗ったことで、月ノ宮さんと一対一の状況を作ってしまったってところだろう。


 次発の送迎バスに乗ればよかった──なんて後悔したって、子猫の餌にもなりはしないのだが。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。

 今回の物語はどうだったでしょうか?

 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。

 その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。

 完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・現在報告無し

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