三百四時限目 人間の身体は不自由だ
私と彼女だけしかいないテラスは、カフェスペースのスピーカーから漏れ出る、名も知れぬハーモニカ奏者バンドと、頬を掠める程度に吹く風に揺らめく枝が触れ合う音が混ざって相乗効果を引き出している。面白い、と思う。普段ならば雑音が煩わしいって携帯端末の音量を二段階くらい引き上げるけど、こういった場所で訊く音楽と、自然が奏でるハーモニーは、シナジーを生み出して居心地のいい空間を見事に演出していた。
今日は絶好のカフェ日和と言えるだろう。寒過ぎず、吹き抜ける風も悪くない。晴れてよかった。ここ最近は雨が続いて、今日も雨が降っていたら昼食はダンデライオンになっていたと思う。別に、馴染みの店でも問題無いけど、折角のデートだから違う店に行きたかった。レンちゃんもそう思って、この店を選んだのかな──なんて考えていたら、つい口走っていた。
「この店を選んだ理由? そうねえ……前々から興味があったのよ」
照史さんが作るサンドイッチのルーツが知りたかったのかな?
「ダンデライオンで使用されているパンは、少し酸味があるでしょ? 照史さんにどこで売ってるのか訊いたら教えてくれたわ」
通うには遠いけど、偶のデートだったら候補に入れてもいいわねって言いながら、お代わりした珈琲に口をつける。ダンデライオンにはカフェラテがあるけど、この店ではカフェオレだった。ケーキとセットにすればお得という店員さんの言葉に乗せられて、私たちの前にはヨーグルトソースが中央に一匙分垂らされているベイクドチーズケーキがある。
「ユウちゃんは、レアチーズケーキとベイクドチーズケーキのどっちが好き?」
「私はベイクドチーズケーキが好きだなあ」
小学生だった頃、近所のスーパーのデザートコーナーにカップサイズのチーズケーキがあって、よく買ってもらった記憶がある。最近は見かけないけれど、生産終了してなけばいいなあ。
「同じね、私もこっちが好き」
ぱくっと一口。
ねっとりした甘味を舌の奥辺りで堪能していたら、最近、レンちゃんは流星と行動していたけれど、どうしてだろう? なんて疑問がふっと頭に浮かんだ。
「そう言えば最近、流星と仲がいいよね」
「ああ、それね……」
なんの気無しに訊いたつもりだったのに、私の質問を訊いたレンちゃんは、辛酸を嘗めるように表情を曇らせた。
「ちょっとだけ仕事の手伝いをさせられたのよ」
「どうしてそんなことに?」
レンちゃんの言葉から察するに、バイトがしたかったってわけでも無さそうだ。
「取り引きしたのよ」
「取り引き?」
「そう。この前、楓に協力を頼もうとしたときに、どうしても流星の力が必要になって──手を貸を貸す代わりに手伝って欲しいことがあるってね」
──なにをさせられたか、気になる?
──とっても!
モデルよ、と溜め息混じりに吐き出した。
「もでる?」
モデルって、ファッション誌でポージングしているあのモデル? まあ、レンちゃんはスタイル抜群だし、凛々しい雰囲気があるクールビューティータイプだから、ファッションモデルに起用されてもおかしくはないけど……メイド喫茶のモデルってなに? その名の通りの看板娘だったら〈らぶらどぉる〉店内入り口横の壁で『おかえりなさいませ、ご主人様♡』してるので、わざわざレンちゃんがその役を演じずとも間に合ってるはずだ。それに、モデルってことは店内で『萌え萌えきゅん♡』する仕事じゃないしって一考していると、レンちゃんが横の椅子に置いているバッグの中から携帯端末を取り出してささっと操作。画面を私側に向けて突き出した。
「これよ」
画面に映し出されているのは〈らぶらどぉる〉の求人募集欄。木目調の背景に店内の様子が所々にレイアウトされていて、その写真の一枚に、紅茶のポットを掲げながら淹れる執事の姿が写し出されていた。この執事、どこかで見たことがあると思ったら、以前、奏翔君の件でついでに男装させられたレンちゃんと酷似している。いや、ご本人に間違いない。注意深く観察しなきゃわからないところに貼られていた写真だけど、改めて、レンちゃんの男装執事姿は様になってて格好いいと思った。
「いい写真だね」
「褒めてもらえるのは嬉しいけど、撮影って大変なんだって、流星のおかげでよく勉強になったわ」
「迷惑かけてごめんね」
ユウちゃんは気にしなくていいの、と私を気遣いながらも、当時を思い出したら疲れたみたいで、殊更に大きな溜め息を零した。
「お給料を出して貰ったからね、文句は言えないわ」
──無料奉仕じゃなくてよかったね。
──タダ働きだったら割に合わないわよ。
ローレンスさんは、そういうところをしっかりさせる人だから『お給料は出ませんよ』なんて冗談を言いながら、帰り際に『これはほんの気持ちです』って紙袋に入れて渡したんだろうな。
「カトリーヌさん直々にご指名なんて思ってもみなかったわ」
あの日、二階の更衣室にいた従業員はカトリーヌさんのみ。流星は不在だったし、ローレンスさんにも姿を見せていないはずだから、カトリーヌさんはレンちゃんの執事姿をよっぽど気に入ったんだろう。
求人募集のモデルにしたいから連れてきてくれって依頼された流星は、レンちゃんに手を貸して欲しいとお願いされて、これはしたりと機に乗じたに違いない。
抜け目がない性格なのは知ってるけど、上手くことが運び過ぎて、そうなるように仕向けたんじゃないかって思えるような流れではあるけれど──楓ちゃんだったらあり得ない話じゃない──さすがの流星もそこまで頭が回るとは考え難い。
都合よく歯車が噛み合うものだと雑感を抱きながら、チーズケーキの残り一口を呑み込んだ。
「美味しかったあ、ご馳走様でした」
「ユウちゃん、口元に付いてるわよ? 動かないでね」
レンちゃんは私の口元についた残りを右手の親指と人差し指で摘み、当然かのように食べた。
「これじゃあ、私が妹みたい」
「ユウちゃんが妹だったら困るなあ」
どうして? と訊ねる。
「姉妹だったら恋人になれないもの」
「禁断の関係という選択肢は?」
「いいわよ?」
「いいんだ!?」
いまだって『禁断の関係』と言えなくもない──タブーとされている同性恋愛を堂々と宣言できる日は来ないかも知れないけどさ、ちょっとくらい風当たりが弱くなってもいいじゃないって思うのはエゴなのかな?
私とレンちゃんは同性じゃないけど、私にだって女性の心構えはある。
人間の身体は不自由だ。
心と体が一致しない時点で完璧な存在とは呼べないし、性別という概念が無くなれば『同性愛者』という言葉も生まれなかったはずだ。
どうして、人間は自分と違う思考を蹂躙しようとしたり、迫害しようとするの。
他人と違うのが怖いからって訊くけど、痛みのほうが絶対に怖いに決まってる。だって、痛いんだよ? タンスの角に足の小指を打ったり、ささくれを取ろうとして裂き過ぎたり、頭を持ち上げたときテーブルにガンッてなったら超痛い。あと、ダンボールは凶器になるから実質刃物まである。
しかしいっかなこれまたどうして、掠り傷の痛みさえ知らないような心無い人が増えた気がする。
ソース? そんな物は無い。
私がそう感じているからそうなんだよ。私の感想でしかないけど、それがどうした? って話。ソースを出せと煩い人にはデスソースでもぶっ掛けてやればいいし、用意が無ければタバスコでも振り掛けて差し上げればオッケー。あるでしょ、タバスコくらい。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・現在報告無し