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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十六章 I will not go back today,
424/677

三百一時限目 サンデームーン


 タクシーに乗るのは久し振りだ。


「楓の家に行ったとき以来ね」


「だね」


 本来ならば、バスで行けるはずの道のりだったのに、それを忘れてタクシーを利用したのは佐竹君のせいだ。三人でタクシー代を割り勘したからそこまで財布に影響なかったのが不幸中の幸だけれど、バスで移動したほうが安上がりなのは否めない。うっかりにもほどがない? クラスで見せるイケメンっぷりを、普段から発揮してれば頼りになる男なのに、私たちといるときの彼は、残念イケメンとしか言いようがない。


「普段はこのルートをバスで移動してるのよね?」


「一年も見てるから飽きちゃった」


「私も飽きたなあ」


 代わり映えしないもんねって互いに苦笑いを浮かべて、「だけど」とレンちゃんは続けた。


()()()が毎日一緒だったら、それも悪くないかな……なんてね」


 訊いてる私が恥ずかしくなるんですけど!?


 どうして()()()って言ったんだろう──隣にいるのが私だから、気を遣ってくれたのかな? 私じゃななくて()()だったら、レンちゃんは『優志君』って呼ぶはずだもんね。


「気を遣わなくていいよ? いまは私だけど、普段は()()()だから」


「そういう意味じゃないわよ……鈍感なの?」


 怒られてしまった。


「私はどっちも好きだから()()()って言ったの──説明させないでくれるかしら?」


「あはは……ごめんなさい」


 今日は随分とぐいぐい来るんですね……。


「珈琲一杯で許してあげる」


「それくらいなら任せて!」


 元々、誘ったのは私だし──。


 あれ?


 これってデートになってたりする?


 カテゴリはデートに類するやーつ?


 約束を果たすってことに念頭を置いてたからすっかり忘れてたけど、私が誘ったんだからデートになるよね? 二人きりだし、レンちゃんはそのつもりで誘いを受けたはず。だからいつもよりオシャレしてるんだ──ああ、これじゃ本当に鈍感なラノベ主人公じゃん!


「珈琲だけじゃなくてお昼も出すよ。誘ったのは私だし、それくらいの余裕はまだあるから」


「楓じゃないんだから、無理に大人ぶらなくていいわよ。高校生は高校生らしく、自分の分は自分で支払うわ」


 それよりも、と付け加える。


「二人きりなんて機会は少ないから」


 ──今日だけ、恋人気分でいさせて。


 耳元で囁かれた言葉は、私の血液を暴れさせて心臓が悲鳴を上げた。鳩尾部分がぎゅうっと苦しくなって耳が熱くなる。


 二人きりのとき、レンちゃんはいつも大胆な行動を取るから焦ってしまう。適当に(あし)らうわけにもいかないし、かと言って真っ向から対応するのも違うような──不義理って言われちゃいそうだなあ。私にもっと恋愛の経験があったら違うんだろうけど……()()()()()()()()()は、柔軟に対応できてたのに、私が私であることを意識したあの日から〈優梨という存在〉を上手く扱うことができない。どうしても優志(わたし)であることを意識しちゃっていけない。


 これこそが、両性として生きる矛盾点なんだろうか。男としての優志と、女としての優梨。それを結合させたのがいまの自分──。優梨の演技をやめた私は、レンちゃんが好きな私なのかなって不安になる。


 それは、佐竹君に対しても言えることだ。


 レンちゃんと佐竹君は、どちらの私も好きになろうって努力してくれている。それなのに、期待に添えることなんか一つもしてないから、いつか飽きられて離れていくんじゃないかって思うと怖くなってしまう。


 弱くなったのかな。


 皆と知り合う前は、こんな暗い感情を抱いたこともなかった。もしも皆が離れていったら、楓ちゃんは恋路を邪魔する者がいなくなるって喜ぶのかな……。


「ユウちゃん、どうしたの?」


「え? あ、ごめん。考えごとしてた」


 嫌な思考を読み取られてないといいけど……。


「私が変なこと言ったからだとしたら、謝るのは私のほうよ……ごめんなさい」


 違う、レンちゃんが悪いわけじゃない。


 ダメだ、集中しないと。


 せっかく楽しい時間を作ろうとしてくれているレンちゃんに失礼だ。それに、もしもを数えたってどうにもならないじゃないか。


 これまで私たちは色々なことを経験して、様々な問題を乗り越えてきた。ちょっとだけ不浄なこともあったけれど、友だちと呼ぶに相応しい経験を積んできたと思う──だったら、大丈夫。


「今日だけなら、いいよ」


 これも経験だよね。


 最終的には佐竹君かレンちゃんのどちらかを選ばなくちゃいけないんだから、私が心地よさを感じられる方を真剣に悩みたい。それに、レンちゃんには、長い時間我慢してもらっていたのもある。一日限りの恋人をしても、佐竹君は許してくれるはずだ。だって、佐竹君も同じことを前にしてたんだから文句は言わせない。 


「本当に?」


「うん。でも、今日だけだからね?」


 私が右手を寄せると、レンちゃんの左手が伸びて絡まる。


 恋人ってどんなことをすれないいんだろう、なんて考えてたら、タクシーが目的地付近の道路の端に停まった。


「ここでよろしいでしょうか?」


 相変わらず素っ気ない対応だ。


 求められた運賃を支払ってタクシーを出た。





 いつもなら曲がる信号を直線に進むと、こんな場所に辿り着くんだなあって関心していると、レンちゃんが私の手を取り「行こうよ」って急かした。


 道路を中心に、右には土砂崩れ防止のコンクリート壁があり、左の遠方に緑の深い山が見えた。教室から見える山と同じかはわからない。名称を知ってれば同じだと断定できるけれど、山の名前なんて一々調べたりしない。


 山が好きなら話は別だけど、特別好きってわけでもないし、山なら家の近所にもある。


 それはそうとして……。


 歩道沿って車を走らせていたら、この店には辿り着くことはできないだろう。目的地のお店は歩道から少し奥にあって、手前にある一軒家が上手い具合に店を隠していた。


 タクシーの運転手は、よくこの店がわかったものだが、もしかすると私たちと同じように、タクシーで来るお客さんもいるのかも知れない。駅からここまで歩くとなると、ちょっとしたハイキングになってしまうもんねえ。


 そういえば、と思い出した。


 昔はスリーデーマーチっていうイベントに参加させられて、延々と歩かされた思い出がある。あれは苦行だった。おそらくは『健康のため』なんだろうけど、子どもだった私は運動場で鬼ごっことかしてたし、わざわざ歩かなくても運動不足じゃない。ならばいまこそ件のイベントに参加するべきでは? と問われても、現在は現在で片道三十分の距離を自転車で走ってるから、有酸素運動は間に合っているし、運動不足ではないはずだ……多分。


 お店の前には四台分の駐車場があるけれど、昼時を少し過ぎたからか二台しか埋まっていない。脇にはロードバイク──競技用の自転車──が一台、壁に立てかけられていた。付近には曼珠沙華で有名な遊歩道もあるから散歩客もいるだろう。然し、曼珠沙華のピークは九月中旬から終わりまでだ。散歩客がいるとしても数人か──なんて推測しながら野面(のもせ)を踏んで進むと、店名の書いてあるブラックボードが目に止まった。


「カフェ、サンデームーン?」


 どこかで見訊きした名前だ。


「ダンデライオンのサンドイッチは、この店で習ったらしいわよ」 


「ああ、だから……」


 ダンデライオンで提供されているメニューのほとんどは、この店で習ったって訊いたことがあった。先代のマスターは料理が下手でねって苦笑いしながら懐かしむ照史さんの顔がふっと頭を過ぎる。


 来る前に言っていた『行けばわかる』って理由はこういうことだったのねと合点して、ログハウスのような店の入り口を抜けた。


 先ず、飛び込んできたのは(すい)(たい)の山々が一望できる見晴らしいのいいテラス。奥に進むと、眼下には川が流れていて涼しげな風情だ。テラスの横には小屋があり、屋根にはT字の煙突が伸びていた。この小屋でパンを焼いているようだ。小窓もあり、中を覗くと立派な石窯が置いてある。パンを焼いているところが見てみたいけれど、その時間ではないらしい。テラスは六席。分厚い板を使用したテーブルは、ログハウス調の店とマッチしていていい感じだ。四人席が四つ、二人席が二つ。広い席がいいなと思ったけど、残念。既に来ていたお客さんたちに占領されている。その中の一組、老夫婦のお婆ちゃんと目が合って軽く会釈。なんだかほっこりするなあ……。


 私たちの入店に気がついた店員さんがやってきた。腰に巻いた黒いエプロンのところどころに、小麦粉がついたような跡が残っていた。乾き具合からして、一ヶ月は過ぎているように思う。若い男の子だ。年もそう変わらない気がする。ただ、雰囲気が大人びているのはどうしてだろうと考えて、渋柿色の革製のハンチングがそうさせているんだと納得した。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。

 今回の物語はどうだったでしょうか?

 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。

 その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。

 完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・現在報告無し

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