三〇〇時限目 不便な駅で待ち合わせ
高校生の活動範囲って限られていると思う。
家から学校までの間、精々数キロが限度ってところだろう。自宅が遠い人も中にはいるけれど、県外からくる人はおそらくいない。あまりにも距離がある場合は、東梅ノ原か新・梅ノ原付近にアパートを借りて一人暮らしになるわけだが、そうまでして梅高に通いたいという人っているだろうか。特にこれと言った強みも無いしなあ……校則が緩いってくらいだ。生徒の自主性を尊重するってのが梅高のモットーで、そこら辺の高校ではタブー視されそうなことも、梅高では通ってしまう。だからこそ、煙草や薬物に関しては他の高校よりも厳しく取り締まっていたりする。だけど、高校二年にもなるとイキがりたいヤツも増えてくるもので、僕が二年生になってからは『どこそこの組の誰それが煙草を吸ってる』って噂をちらほらと耳にするようになった。バレて停学になれ、と内心ほくそ笑んでる僕は、酒も煙草もしない真面目な学生だ……女装はするけど。
お昼を一緒に食べる約束をしたけれど、相手が出した条件は『優梨の姿でくること』だった。まあ、最近は女の子らしいことをしていないから、優梨の姿でケーキを食べながらタピオカミルクティーを飲むのも吝かではない。でも、タピオカブームはもうそろそろ過ぎるだろう。企業は、次の戦略を企てているに違いない。
現役女子高生が望むものを、おっさんたちが会議室で相談してるって構図はどうなんだ?
開発事業部の人たちはネーミングセンスが無い、というイメージが僕の中で定着しつつある。例えば、タピオカの新商品を開発したとしよう。その名前を考えた結果『タピオカくん』って付けるのは想像に容易い。なんだよ、タピオカくんって。どうせ、パッケージの左端辺りに絶妙な気持ち悪さのあるイメージキャラクターが添えられて、「美味しいよ!」とコメントしているに違いない。黒くて丸い物体に美味しさを伝えられても困るが、それはそれで見てみたい気もしなくもなくなくない。そして、大物ユーチューバーのオススメシールが貼られるのだろう。ブンブンさんのお兄さんは、その商品を本当に美味しいとオススメしいるのか疑問だけれど、シール自体に汎用性があるため、SNSでバズることを目的に購入する輩もいるかもね。佐竹がノートに貼ってたし。
もうすぐ、待ち合わせの駅に到着する。
心の切り替えをしておかなきゃ。
梅ノ原駅前はいつも通り閑散としていた。
年季溢れんばかりの駅の佇みは、映画のワンシーンで使えなくもないけれど、映画の内容によるかな。片田舎で起こった青春ラブロマンスならば需要があるかもしれないけど、だったら秩父を選ぶよね。あの花の舞台にもなってるし、長瀞のかき氷は有名だ。ライン下りもできるんだっけ。夏のレジャーには持ってこいだ。
埼玉県は横の移動に難がある。
都内へ行くのに不便はないのに、秩父に行くとなると、それなりに覚悟が必要になるのだ。電車の乗り継ぎ時間を間違えるたら、一時間以上待たされたりするからね。これ、埼玉あるある。あと、埼玉県民が雑草を食べたとしても、病気は治らないので勘違いしないように!
しかしいっかなこれまたどうして、レンちゃんはこんな場所を待ち合わせに指定したんだろう?
アミューズメント的な店と言ったら、少し離れた場所にある百貨店か、反対側にあるスーパーくらいなものだ。……買い物がアミューズメントってどうなの? それならコストコやアウトレットモールのほうが映えるんじゃない? 美味しそうな店もあるし、なにより、コストコのクラムチャウダーが絶品だ。入場するのに高額な会員カードを作らなきゃ入れないって縛りがなければ──いや、さすがに遠過ぎて気軽には行けないや。
下り電車が到着して、電車から数人下りる。その中からレンちゃんの姿を探すのは簡単だ。はっと目が合って手を振ると、レンちゃんは嬉しそうに笑顔で返した。
「遅れちゃってごめんなさい」
駅の外にあるベンチで待っていた私の元へ来るなり、レンちゃんは頭を下げた。遅刻と言っても数一〇分だから大したことはないけれど、こういうところはしっかりするのがレンちゃんらしい。
「待ち合わせ時間に合う電車がなくて」
ああ、そうだよねえ……。
梅ノ原駅の不便なところは、一時間に多くても三本くらいしか電車が出ていないってことだ。つまり、昼の一十二時に待ち合わせをしたとしても、到着予定が一十五分だったり、一本早めて向かうと四〇分以上の待ち時間が出来てしまうなんてことは日常茶飯事だ。
「いいよ。気にしてないから」
それで。
「どうしてここなの?」
東梅ノ原や新・梅ノ原ならば、それなりに店を選ぶことができる。この前連れてかれたケーキ屋だってあるのだから、わざわざこんな取り柄のない駅で待ち合わせする必要も無いのにって疑問を抱いていると、レンちゃんは含蓄のありそうな笑みを浮かべた。
「実は、行ってみたいお店があって」
「行ってみたいお店?」
うん、と首肯する。
「ここから結構距離があるんだけど、タクシーなら直ぐかなって」
タクシーで移動?
私は毎朝この駅のロータリーからバスに乗って学校に向かうけど、その道中にレンちゃんが気になりそうなお店はあったかなあ……それとも反対側? 反対側はあまり行ったことがないから、私が知らない店もあるはずだ。あるかな? レンちゃんが興味を引きそうな店が梅ノ原にあるのかどうか……微妙。
「そんなに遠いの?」
「うーんと、車で一〇分くらいかしら」
それなら、バス通学の道中にありそうなものだ。
梅ノ原駅から梅高へ移動する時間は約三〇分。その間に当たりを付けると、川沿いにあるベジタリアンカフェが思い浮かぶ。入ったことはないけど、結構人気なんじゃないかな? 特に、テラス席は気持ちがよさそう。
私がその店の名前と伝えると、レンちゃんは頭を振った。
「ううん、そこじゃないわ」
「えー。じゃあどこ?」
残る店は坦々麺の店だけど、この格好でラーメンというのは違うだろう。気になっている店ではあるんだけど、場所が場所だけに行く機会に恵まれない。
「多分、その店にいけばユウちゃんもわかると思う。それまでは内緒」
「うー、いじわるだー」
いこう? レンちゃんが私の左手握り、タクシー乗り場に停まっている黒いタクシーの前まで駆け出した。
「すみません。ここまでお願いできますか?」
乗車して、レンちゃんは携帯端末の画面を運転手のおじさんに見せた。
「ああ、そこですね。大丈夫ですよ」
タクシーは接客業でもあるのに、運転手は無愛想に返して車を発進。私の見知った道を進みながら、私の知らない目的地に向かっていった。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
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「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
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メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
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を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
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