二百九十九時限目 春方のデートは突然に
学生の癒し、それは休日である。
勉強に明け暮れた日々の疲れを癒すには、二日でも事足りないとは思うけれど、休みを二日も設けてくれるのだから文句は言えない。ただ、金曜日の朝は気怠く、今日をなんとか持ち堪えれば休みだ、と自分を鼓舞しなければ起きるのもままならないのは怠け癖が付いているからだろうか? いいや、僕は怠けていないぞ。どこぞのウェーイの民と一緒にしないでくれ。しかしいっかなこれまたどうして、休みの日になると急用ができる。
土曜日は、いつも鬱々した気分で朝を迎えるのだ。
桜の木は青々とした葉をつけた。
僅かに残っていた冬の寒さも何処へやら、厚手のパーカーを着ると汗ばむくらい気温も安定している。然し、この時期になると雨の日が重なるのが鬱陶しい。梅雨前線がどうのこうのって、お天気アナウンサーが楽しそうに話していたのはついさっき。昔は『バイオ前線』と訊き間違えて、ゾンビウイルスが発生したのかと恐怖のドン底に叩き落とされたがパンデミックは起こらず、どこかの国では戦争やテロが頻発しているけれども、我が国日本は高齢者問題や年金事情、隣国とのいざこざは絶えないが平和だと言える。
「平和、ねえ……」
リビングで一人のんびり寛ぎながら珈琲を飲むのは平和そのものの風景だが、どうせ今日も僕の平和を脅かそうとする者が現れるんだろう……そう感じてならない。偶の休みくらいは自由自得な生活を送りたいものだ……あれ? いつもはこのタイミングで携帯端末が鳴って、面倒ごとに巻き込まれるんだけど、本当に休みでいいの? べ、別に期待なんてしてないんだからね!?
「連絡は、無しか」
懐に置いた携帯端末は、うんともすんとも言わない。
──妙だな。
某・頭脳は大人の名探偵の真似をしてみたが、妙なことはさして起こっていない。
「それならそれで、まあいいや」
飲み終えたカップを台所のシンクに入れて、自分の部屋に戻った。
勉強卓の上には、読みかけの本が置いてある。
昨晩に読み終えた〈Do not dependent,〉。
日本語に直訳すると『依存しない』となるが、どうしてハロルド氏はこの本に脈絡も無いタイトルを付けたのか最後までわからず、読み終えたあとも考えてみたけれど、いつの間にか寝てしまった。
「依存、か」
あまり響きのいい言葉じゃない。
どちらかと言えば、忌み嫌われる単語だろう。
依存の全てが悪いことだとは言わないけれど、日常生活における『依存』は否定的な意見が多い。
アルコール依存、薬物依存、恋愛依存──。
最近では『過剰同調性』という言葉もちらほらと耳にするけれど、これも依存と似たカテゴリに属する言葉だと僕は思っている。
本来の意味を簡単に表すと『空気を読み過ぎる』とか、『自己犠牲的』とか、『自己主張が苦手』などなど……。
依存となにが同じなの? って訊かれたら上手く説明できないけれど、『そういう自分に依存している』ような気がする。まあ、僕にも当てはまる項目があるだけで『過剰同調性と依存行為は同じだ!』とするのは大間違い。これは単純に私見で、声を大にするような考えかたでもないのだから。
勉強卓に放置しっぱなしだった本を棚に収める。随分と読み進めたものだ。照史さんから譲って貰った本と自分で買った本を合わせて一十六冊。これはもう『ハロルダー』と名乗っていいよね? ハロキストだとハルキスト──村上春樹作品を愛読する者の総称──と被るし……ああ、そう言えば本棚に眠ってるんだよなあ。そろそろ読み始めようかとも思うんだけど、気合いを入れないと読めないから順番が後回しになってしまう。
独特な言い回しが嫌いなわけじゃないし、なんなら好きでもあるんだけどね。
大衆娯楽に目が向いてしまうのは、僕の趣向がそうさせるからだろう。
「暇だ」
梅高に入学してからこれまで、こういう日が無かったわけじゃない。いや、寧ろ多いほうかも知れない。ただ、忙しい日と忙しくない日の差が激し過ぎるんだ。
問題が発生すると一週間くらい頭をフル回転させるもんで非常に疲れるけど、どこか楽しんでいる自分もいて、予定が無いと手持ち無沙汰になってしまう。
だけど。
「僕から誘うのも難だしなあ」
皆、休みってなにをして過ごしてるんだろう。
佐竹は大体予想できる。
佐竹軍団の連中とカラオケやボーリングとか、或いは、琴美さんのアシスタントをしてるかのどちらかだろう。夏の同人誌即売会まで期日が迫ってきたから、琴美さんからの揶揄いメッセージも来なくなった。忙しいのか暇なのかの判断がわかり易い人だ。
琴美さんが暇なときは『いま、どんなパンツ履いてるのー?』や『裸の写真を送ってよー』みたいな、犯罪もいいところなメッセージを送りつけてくる。でも、その目的が『作品の資料として』だから怒るに怒れないのもあり、大概は既読スルーしているが、長らく返信をしないと『ねえどうしてへんしんしてくれないの』ってヤンデレな文章を延々と送りつけてくるから怖いんだよ、ガチで。
そういうのは恋人の弓野さんにしてよって返したら『紗子は喜んで送ってくるから詰まらないんだもん』ですって。やあね奥さん。
月ノ宮さんは勉強してるんだろうな。
本来、会社を継ぐことになっていた兄が勘当されて、代わりに月ノ宮さんが会社を継ぐことになったっていうのも酷い話しだと思う。
自分の将来が決まってしまっている人生なんて、楽しいわけがない──と思いきや、ご本人はやる気満々なんだよなあ。僕のやる気スイッチがどこにあるのか教えて欲しいくらいだけど、それを言ったらどうせ『向上心の無い方に、そんなスイッチがあると思いますか?』って返されそうだから、月ノ宮さんと会話するときはいまでも緊張したりする。肩の力を抜けばいいのに……いや、彼女の場合は上手くサボることに関しても一流だ。他人を上手く使って成果を上げるから、ある意味、女帝って言えなくもない。
天野さんはなにをしているだろう。
「天野さん、か」
そう言えば、と振り返る。
天野さんとはこれまでに色々と約束をしていた気がするけれど、毎回あやふやになってしまっている気がする。
言い出し難いんだろうか?
それとも遠慮してる?
──なんてはずは無いだろう。
いくら僕でも、その理由がわからないほど鈍感なラノベ主人公よろしくしているわけじゃない。
柴犬の件で真っ先に協力してくれたのも天野さんだったし──ハラカーさんも当事者だったからってこともあるだろうけど──一番迷惑を掛けたのは天野さんだ。
ふっと思う。
佐竹の過去って参考になっただろうか、と。
「あれは別にいらなかったな」
大して役にも立ってないからお礼は後々でってことで、天野さんにメッセージを送ろうとアプリを開いた。
「……なんて、送ればいいんだ」
いまを春方と咲いた桜も散り、朗らかな日差しが眠りを誘う今日この頃、如何お過ごしでしょうか──なんて書き出したら、改まり過ぎて気持ち悪いよなあ。
かと言って──。
『やあ、天野さん。今日は絶好のお散歩日和だね。突然だけど僕とランデブーしないかい?』
なんて書いたら、頭がおかしくなったと疑われてしまう。てか、ランデブーなんて今日日訊かないぞ……。
散々悩んだ挙句、在り来りな挨拶を送って様子を見ること数分後、『おはよう』とだけ返信がきた。「おはよう」に対して『おはよう』と返すのは当たり前。
問題は、このあとどう返すかだが……。
「これしかないな」
積もりに積もった約束を、今回のお礼も兼ねてさせて欲しい──という旨を書いて送信した。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・現在報告無し