二百九十八時限目 すったもんだもありゃしない
月ノ宮さんから教わったストーカー……じゃなかった、尾行術を駆使して根津の後を追ったんだ。
凄えな、全く気づかれないから逆に不安になるくらいだったぞ。つか、マジで犯罪だから早急に止めさせろよ? お前、月ノ宮さんの友だちなんだから。クラスも一緒なんだし……それはまあいいか。
根津の家の近くに身を隠すには都合のいい公園があって、その公園の木の陰に隠れながら待ち伏せしてたんだ。根津は驚いてた。そりゃそうだよな、いるはずのないヤツが家の近くで待機してんだから。アイツのドン引きするような視線が心に突き刺さって痛かったのは、多分、生涯忘れないだろうな。
ようとか、おうとか、そんな短い挨拶を交わしてから単刀直入に本題を切り出した。
『お前とは付き合えない』
言ってやったよ。
お前のアドバイス通りにな。
『はあ? なんの話だよ』
こういうリアクションするのは予想してたから、これまでの経緯を説明したんだ。言わなくてもわかると思うが、お前らにアドバイスを貰ったってのは伏せたぞ。
アイツは目を丸くしてた。
人間、図星を衝かれるとあんな顔をするんだって改めて思った。鳩が豆鉄砲を食ったようって表現は、大袈裟じゃなかったんだな。
お前の推理……あれは推理って言っていいのかよくわかんねえけどほぼ正解だった。
こんなに頭よかったのか?
中学時代は中の中くらいの成績だったはずなのに──アレか、能ある鷹は爪を隠す的な。小賢しい真似すんなよ、うぜえから。
ほぼ正解って言ったのは、間違いもあったからだ。
『黙ってたらわかんねえだろ。どうなんだ』
言葉を失ってたから返事を責付いた。
そしたら、根津はこう言ったよ。
『寂しかったんだよ!』
……ってさ。
曰く、俺が高校に入学してから一年の間、まともに絡んでなかったから寂しかったらしい。でも、根津は根津で友だちがいたし、俺は邪魔しないようにって気を遣ってたんだ。
その配慮が裏目に出たって感じだ。
夕暮れの公園で男二人、なにしてんだろうな。余りにも気持ち悪いシチュエーションに悪夢を見ているような気がして、夢ならばどれほどよかったでしょう──なんて歌い出したくなったぞ。苦いレモンのようだって? うるせえよ、レモンは酸っぱいんだよ。
どこまで話した? ああ、そうだ。
男に対して『寂しい』を言う心境は、勉強会をしてなかったら理解できなかったと思う──だから、その言葉を訊いたときは恐怖すら感じた。
理解したのと受け入れるか否かは別問題だろ。
まだその世界のことはよくわかってねえし、なるべく遠ざけたいって気持ちのほうが強いんだから、拒否反応が先に出るのもしょうがない。
お前はどうなんだ、優志。……なんだよ、お前だってまだよくわかってねえんじゃねえか。偉そうに説教しやがって。やっぱあの格好は趣味なんじゃねえか。
『あんなことをするお前と付き合うって思うか?』
根津は俯いて、拳を握り締めてた。
自分でも、間違ったやりかただってのはわかってたらしくて『歯止めが利かなくなっていたのは嫉妬だ』って下呂ったよ。
今後、俺と凛花に一切の危害を加えないと誓うなら、今回の件は水に流していいって交換条件を出したんだ──根津はなんて言ったと思う?
『わかった。でも、この気持ちにだけはけじめをつけたい』
根津ってこんなに男らしい一面があったのかって、ちょっとだけ関心したんだ。
だから俺は黙って、根津の言葉を待った。待ったんだが、一向に口を開く雰囲気じゃない。
思わず、俺が口を開いたんだ。
『けじめをつけるんじゃないのか』
そしたら──。
『相手が違う』
なんて言いやがる。
おかしいよなあ?
けじめをつける相手が目の前にいるにも関わらず、けじめをつける相手は俺じゃないとか抜かすんだぜ?
だから、恐る恐る訊いたんだ。
『お前が好きなのは俺じゃないのか』
根津は頷いた。
俺のことは好きらしい。
でも、けじめをつける相手は俺じゃない。
ここまで来るとなにかが違うって思うのが普通だろ。
だから、俺は──。
『お前の好きって、恋人になたいって意味の好きじゃないのか』
訊き直したんだ。
根津は『わけがわからない』とばかりに頭を振ったよ。
つまり、だ。
俺のことが好きで、付き合いたいって言ったのは『友だちとして』であり『恋人関係になりたい』ってことじゃなかったんだ。
* * *
「やってくれたな、優志」
経緯を話し終えた柴犬は、空になったコーヒーカップに口をつけた。話に夢中だったから、飲み切ったのを忘れていたんだろう。飲む? と自分のカフェラテを差し出して訊ねたハラカーさんに『要らない』とジェスチャーだけで答えてから、照史さんに水のお代わりを頼んだ。
「その翌日にね、ルガシー。根津君が私に告白したんだよ」
もちろん断ったけどねって言いながら、照史さんから水を受け取り柴犬に回す。
以降、いじめはぱったりと止んだらしい。
柴犬から絶縁を申し渡され、失恋を経験し、根津君はすっかり意気消沈したようだ。
クラスの皆との仲直りや、火消し作業に時間がかかって、いまのいままで連絡する余裕が無かった──と、ハラカーさんから訊いた。
「なんだかさ、落語みたいな話だよね」
ハラカーさんはそう言いながら、屈託の無い笑顔を見せた。
心の傷がまだ残っているだろうに明るく振る舞える彼女は、柴犬のような男には勿体無いくらいの上物だろう。大切にしろよ、なんて思いながら、柴犬同様、空になったコップに口をつけて居心地が悪くなり、あははと乾いた笑いで
誤魔化した。
「お前、こうなることを予想してただろ」
ぎろりと睨まれる。
「いやいやまったく、意外な結末を迎えたもんだと心底驚いてるよ」
「白々しい嘘を飄々と語りやがって」
問題を早急に解決するなら、この方法しかないと思った。
中学三年間を共に過ごして、高校まで一緒にした根津君が柴犬のことを嫌いになるはずがない。
根津君がハラカーさんと距離を取っていた本当の理由も、ハラカーさんの話を訊いてピンときた。然ればとて『根津君が好きなのはハラカーさんだよ』と伝えても、いじめは収束しなかっただろう。それどころか、ハラカーさんを巡って骨肉の争いみたいになっていたはずだ。
血気に逸る柴犬を止められそうな友人は、柴犬のクラスにいなそうだからなあ。
佐竹のようにクラスをまとめあげようとする人物がいたら、ここまで大事に発展しなかっただろうし。
喧嘩両成敗になるように仕組んだのは『俺のことはどうなってもいい』と、柴犬が言ったからだ。
どうなってもいいのなら、もみくちゃにされても文句は無いだろう──そう思って試行錯誤した結果、皆を巻き込んだのは申し訳無いけれど、柴犬も知らない世界を知るいい機会になっったと思うし、これからそういったことが起きないとも限らない。
まあ、私怨が絡んでいないと言えば嘘になるけれど、結果的にハラカーさんも最小限の被害に留まり、一矢報いたという意味でも大成功じゃないか。
「やっぱり、お前のことは気に入らない」
水を一気に飲み干して、膨れっ面をしながら言い放った。
「僕も同じことを考えているよ」
いまも、これからも、それが変わることは無い。
「同意見なら気が合うってことにもなるんじゃないの?」
ハラカーさん、それは違うよ。
同じ阿呆が笑ったところで、損にも得にもなりはしないんだからさ。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・現在報告無し