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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十五章 Do not dependent,
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二百九十二時限目 柴犬の決意


 がたがたと窓を打っていた雨は()()に変わり、傘を差さずに通りを歩く人もちらほらと見受けられる。ここまで小降りになれば、わざわざ遠回りして電車で帰る必要も無さそうだ。大雨の中を自転車で走ると無駄に神経を使うし、体力的にも疲れるし、散々な結果になる。


 この話合いが終わる頃には微雨も止んでくれるといいけれど、その前にこの議論を終わらせなければならない。


 僕が出した結論──それは、柴犬には理解できない解答だったんだろう。「なに言ってるんだお前」と言わんばかりに目を丸くして僕を見つめる。


「どうして俺が根津(アイツ)の彼女に……そもそもどうして俺が()()なんだ? てか、どうしてそんな答えになったか訊かせろ」


 適当言ってるなら殴るぞ、と眉を顰めた彼を見て、ああ、やっと柴犬らしくなってきたと一安心。


 でも、まだ話は始まったばかりだ。


 ここから、彼女への想いが試される。


「適当なんか言ってないよ。どうしてそんな結論に至ったのか説明するから」


 ふうっと一呼吸。


「質問なんだけど、柴犬は根津君に〝春原さんが好き〟って伝えたことがあった? 佐竹がそんなことを言ってたけど、柴犬には訊ねてなかったからさ──どうなの?」


「ある」


「いつ頃の話?」


 凛花と付き合う前だから、秋の終わり頃だったな、と柴犬は答えた。


「それは、根津君が柴犬をいじめの標的にする前の話だよね」


「ああ……それがなんだって言うんだ」


 重要なことなんだよ、と返した。


「柴犬と根津君って中学時代から現在も同じ学校に通ってるけど、根津君はどうして柴犬と同じ高校に進学することにしたと思う?」


「それは」


 言いかけて、口が止まる。……多分、柴犬本人はその理由を知らない。いや、知ろうとも思わなかったんだろう。そこには『友だちだから』という壁があるからだ。『アイツは俺の友だちだから、同じ高校を選んだ』くらいにしか考えていなかったに違いない。


 そうじゃなければ、こんな事態に陥ることもなかったはずだ。


「柴犬ってさ、中学時代に好きな女子にちょっかい出して嫌われた経験とかない?」


「まあ、そういう時期もあったが……」


「え、ちょっと待って」


 ここぞとばかりにハラカーさんがぐいっと手を挙げた。


「私、全然ちょっかい出されてなくてむしろ放置だったんだけど」


「凛花さん。それはおそらく、柴田さんが恋愛に対して奥手になったからではないでしょうか?」


 月ノ宮さんの発言に、柴犬の眉がぴくりと動いた。


「中学時代に苦い思いをすれば、好意を寄せる相手にアプローチするのを躊躇うでしょう……違いますか?」


 柴犬は苦虫を噛み潰したような渋い顔をしながら、「そうだ」とだけ返した。ハラカーさんはどうも納得できない様子だけれど、いまは放置して話を戻す。


「インフルエンザ事件は覚えてる?」


 学級閉鎖ギリギリまで追い詰めたインフルエンザのせいで、柴犬はクラスのヒエラルキーをひっくり返された革命とも呼べるあの事件を、柴犬本人が忘れるはずもないが──。


 ──インフルエンザ事件ってなんだ?


 ──いいから、アンタは黙ってなさいよ。


 これは僕と柴犬しか知らないから、佐竹たちはちんぷんかんぷんだろうと、インフルエンザ事件の概要だけを皆に伝える。


「やんちゃしてたんだなあ、シバっち」


「男子ってそういうところあるわよね」


「私はその駒井という殿方が気になりますね──とても腹黒そうです」


 駒井君も、月ノ宮さんを見たら同じ感想を抱くと思うけれど……黙しておこう。


「私は噂で訊いてたから驚かないけど、いまの健とは随分違うから想像できないよね」


 ハラカーさんが苦笑い。


「お前ら言いたい放題だな……んで、それがなんだってんだ」


 柴犬は過去の話をされてご機嫌斜めらしい。ほじくり返されたくない過去は誰にでもあるけれど、この事件がターニングポイントなのだから大目に見て欲しいんだけど……あとで肩パンされそうだなあ。


「この事件で、柴犬と(つる)んでいた大半はいなくなったよね」


 ──お前はそれ以前から離れたけどな。


 ──だって、僕は万引きで度胸試しとかしたくないもん。


「シバっち、万引きは窃盗罪だぞ。ガチで!」


「ああもう、だから佐竹は黙ってなさいって! ただでさえややこしい話が輪を掛けてややこしくなるでしょ!?」


 天野さんに剣突を食らわされた佐竹は、しょんぼりと肩身を狭くして居心地悪そうに「だって、窃盗は犯罪だろ……」と、ぶつぶつぼやく。


 佐竹の言い分は当たり前なんだけど、佐竹に構っていたら終わる話も終わらないんだよ。てか、この場に佐竹って必要だった? 誰が呼んだの? ……あ、僕だ。佐竹を呼ばないと寝覚めが悪いって天野さんが言うもんで、渋々連れて来たんだった。


「……それは兎も角として、大半が駒井君派に流れたけれど、根津君は柴犬の傍を離れなかったよね」


「ああ。正直、あれは嬉しかった」


 だろうね、と首肯する。


「根津君はね、柴犬以外にはあまり興味が無いんだよ。柴犬がいないと話の輪に入ろうとすらしないんだ」


「そんなわけ無いだろ」


 あるんだよ、これが。


「蚊帳の外からクラスを見てきた僕だからわかる」


「説得力が()()()だわ……ガチで」


 佐竹の言葉に、月ノ宮さんと天野さんがうんうんと激しく頷いた。


 そこまで説得力がある発言だったか!?


 ……だったなあ!?


「と、兎にも角にも、インフルエンザ事件を通して、根津君の意識が変わったのは確かだよ」


「どう変わったんだ」


「〝守る側〟になったんだ」


 ──誰を?


 ──柴犬を、さ。


「馬鹿馬鹿しい。俺は根津に守られているって感じたことは無いぞ!」


「だったらどうして、根津君は柴犬と同じ高校に進学したんだ」


「友だちだから、だろ」


 と、柴犬は声を潜めて呟く。


「それは違うよ!」


 弾丸論破ァ! とばかりに声を振り絞った。やばい、めちゃくちゃ気持ちいい。これは癖になりそうだ。帰りついでにゲオに寄って、一期を全巻借りて夜通し見るまである。


「これまで暴君のように振舞っていた柴犬の弱さを知って、柴犬を守る側になった根津君は、友情以上の気持ちを抱いた。これから先もこういうことがあるかも知れない──だったら、自分が柴犬の傍を離れなければいい」


「あり得るのか、そんなことが……」


 柴犬は信じられないだろう。


 でも、この場にいるメンバーは違う。


 恋愛が男女だけに留まらないことを、彼が、彼女たちが一番理解している。


 恋愛とは、全ての性別に適用されるのだ。


 その事実に不快感を抱く人も多いだろうけれど、マイノリティが迫害されていい理由にはならない。法律や宗教で禁止されている国もあるが、好きになってしまうのは自然の摂理。息をするくらい当然なんだ。


「根津さんが確信に至ったのは、柴田さんと凛花さんが付き合うことになったから、ですね」


「ここまで追ってきたのに、横から掻っ攫われたらたまったもんじゃねえよな。ガチで」


「だからと言って、凛花が悪いわけじゃないからね?」


 天野さんが穏やかな声音でハラカーさんを宥めると、ハラカーさんはゆっくりと、天野さんの言葉を噛み締めるように顎を下げた。


「柴犬は僕よりもできるヤツだから、ここまでの流れで〝どうして根津君がいじめをすることになったのか〟の理由は理解できたよね」


(にわか)に信じ難いがな……」


「凛花さんにだけ被害が集中したのは、そういう意図があったから──柴田さんと凛花さんを離れさせようとしたんですね」


 ご明察、と僕は目配せをする。


「好きな人にはちょっかいを出したくなる、かあ……」


 天野さんはなにか思うところがあるようで、頻りに納得していた。僕の知らないところでなにかあったのか──まあ、詳しくは訊かないけれど、ちょっとだけ気になる。


「だとしても、だ」


 解決ムードが漂う中、柴犬は空気を裂くように声を大にした。


「俺には凛花がいる。今更そんなことを知っても〝はいそうですか〟って納得できるはずないだろ。それに、俺が根津の彼女になるって? 絶対に御免だ。一日限りでもな!」


 柴犬の言い分は最もだ。


 誰がいじめの主犯格と仲よくしたいと思うだろう。一日限りだとしても、恋人関係になるなんて屈辱以外の何物でもない。そういう関係が成立するのは二次元に限るし、寝言は寝て言え、と鼻で笑いたくもなる。


 けれど、柴犬はあの日、僕にこう言った。


「柴犬は言ったよね。〝自分はどうなってもいいから〟って──いまがその決断をするときじゃないの?」


「それとこれとは別だ!」


「へえ、()()()()()が、自分の発言に責任を持たないんだ。なーんだ、ちょっとは成長したと思ったんだけど、内面はやっぱり変わらないんだ。雰囲気だけの(ヒー)(ロー)、牙の無い狂犬、虎の威を借りまっくた()(ピー)ちゃん──全部、柴犬に対して言われていた陰口だよ」


 柴犬は歯を食いしばりながら、腹の底から沸き上がる怒りに肩を震わせている。ここで拳が飛んで来ない辺り、少しは成長したようだ。てか、これは肩パン三回で許して貰えるだろうか……? 最悪、顔じゃなくてボディにして貰おう。


「知ってる」 


「え」


「そう呼ばれていたのは知ってる──根津から訊いた。でもアイツは、そんなことないって……マジかよ、クソッ」


 隣にいるハラカーさんは、そっと柴犬の手を握り締めた。


「無理にしなくていいよ。これくらい自分で解決してみせるから、……大丈夫だよ」


 その言葉を訊いた彼の目が、死んだ魚のようだった失意の眼が、光りを得たように生き返るのがわかった。


「優志……皆、協力してくれ」


 そして、土下座するようにテーブルに額をつけた。


「俺は、どうすればいい」


 全く、単純なヤツはこれだから扱い易い。


 ここからが本番だな。


 誠意には誠意を、悪意には悪意を、が僕のモットーなのだ。


 そして、彼女もまたそうだ。


 どんな手段を用いてでも勝利を掴むとする精神は、僕のモットーと精通するところがある。


 目には目を、歯には歯を。


 受けた屈辱以上の後悔を、彼にプレゼントしようじゃないか──。



 

【備考】


 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。

 今回の物語はどうだったでしょうか?

 皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。


【瀬野 或からのお願い】


 この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。


【誤字報告について】


 作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。

 その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。


「報告したら不快に思われるかも」


 と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。


 報告、非常に助かっております。


【改稿・修正作業について】


 メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。

 改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。



 最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。

 完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。


 これからも、


【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】


 を、よろしくお願い致します。


 by 瀬野 或


【誤字報告】

・現在報告無し

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