二百八十九時限目 余韻すら残さない
「私の言葉で……」
「はい」
それはつまり、本心でを語れということ。
優志君に頼るのではなく。
私がどうしたいのか。
どうして欲しいのか。
どうなりたいのか──。
楓ならきっと「協力して欲しい」と頭を下げれば、快く知恵を貸してくれるに違いない。でも、それではいままでとなにも変わらないじゃない。今回は私の親友ともいうべき凛花の事情に、なんら関係も無い楓を巻き込もうとしているのだから、それ相応に、誠意を持って応えなきゃ。着飾った言葉を連ねても、小手先だけの技術で物を言わせても伝わる本音はごく僅か。
それなら──飾りは捨てよう。
「私は親友を助けたい。だから、楓の力を貸して欲しい。多分、私一人じゃどうにもできない──アナタの力が必要なのよ、楓」
「……本当に、それだけでよろしいですか?」
彼女は水平な水面に石を投じるかのように、私の心を騒つかせる。波紋は徐々に広がって、弱気になりそうな私を呑み込まんとするけれど、吐いた言葉に嘘偽りは無い。
友だちを助けたいと思う心に安いプライドは必要ないから、取り繕った理由を論うのは止めた。
「ええ、そうよ」
楓の問いに、私は首肯く。
「わかりました。どれほどお力になれるかわかりませんが、持てる知識を余すことなく使わせていただきます」
ようやく、楓の目が笑った。その姿を見た途端にどっと力が抜けていくのがわかるくらい、私の体は強張っていたらしい。巡り出した血液が、両手両足をじんわりと温めていく感覚に安堵して、ほっと頬が緩んだ。
「楓、ちょっと意地悪過ぎない? 私がこの話をすることもわかってたでしょ」
「ええ、わかっていました。昨日、優志さんから電話を受けて私が断ったとき、彼が次にどういう行動を取るのか──ここまでは予想通りです。それに、意地悪は好きな相手にしたくなるものですよ?」
楓の意地悪は洒落にならないのよ。
* * *
「ごちそうさまでした」
今日も美味しゅうございました──然し、漫然とした疑問のような塊が呑み込めないでいる。
いつもよりエビチリの味が薄かったからだろうか? 海老のぷりっとした弾力が弱かったせいだろうか? どちらも当てはまり、どちらも間然としない。まあ、美味しかったからいいんだけどね。
今頃は天野さんが僕の提案した作戦を実行して、月ノ宮さんが喜びの舞を踊りながらやってくるだろう。だって、天野さんに呼び出されてお願いごとをされるシチュエーションは、月ノ宮さんも感涙にむせぶはずだ──計画通り!
「なにが計画通りなのですか?」
「それは月ノ宮さんが快く協力してくれる手筈が万全……に、整っ……た……」
「小賢しいやり口ではありましたが、私の意図を汲んだのはさすがですね。でも、したり顔で快哉を叫ぶにはまだ早いのでは?」
「そ、そうみたいですね……あはは」
そういうところがまだまだなんですよ、優志さんは──と、月ノ宮さんは呆れて物が言えないという風情を露にする。
天野さんは微苦笑を浮かべながら、
「頼りになるのか、ならないのか、よくわからなくなったわ……本当に大丈夫なの?」
「それに関しては微妙なところだけど、月ノ宮さんが協力してくれるなら問題は無いと思う」
──随分と信頼しているような口振りですね。
──勝負ごとならどんな手段を用いてでも絶対に勝つ、のが月ノ宮さんだから。
「優志さんがそれを言うと、皮肉に訊こえてなりません……」
まあまあ、二人とも落ち着いて、と天野さんに宥められた月ノ宮さんは、僕の左隣に腰を下ろした。
「優志さん、ここは空気を読むのが定石ですよ」
はいはい、と一マス分空けて天野さんが座るスペースを確保した。
「じゃあ、その……お邪魔します」
「事情は昨夜にお訊きしましたが、私はなにをすればいいのでしょうか? 知恵を絞るのは構いませんが、絞る元が曖昧だと考えもまとまりませんので」
天野さんを挟んだ奥に座る月ノ宮さんは、前屈みになりながら僕を見る。
「それについては放課後、いつもの場所で話すよ。いまはもう時間が足りないからね」
月ノ宮さんに視線を合わせるとなると、僕も自然と前屈みの姿勢になる。
「話を進めるのは構わないけど、二人とも、そうやって会話するならどうして隣同士に座らなかったのよ……」
「私の隣に座れるのは恋莉さんだけですから! あ、もしもあれでしたら、私の膝の上でもどうでしょうか?」
月ノ宮さん、そういうところだよ。
欲望に忠実なのはいいけれど、僕以上に漏洩していることに気がついて!
「結構です! ……それで、佐竹はどうするの? 私たちがこうしているのに佐竹だけ仲間外れなのは寝覚めが悪いわ」
「佐竹かあ……」
今回の件での佐竹の役割は無いに等しい。……とは言っても、天野さんが言うことも理解できる。佐竹抜きで話を進めると、後々面倒臭くなりそうだもんなあ。
『優志のばか! もう知らない!』
──ってネコバスに乗りそうだし。
田圃に片方の靴が脱ぎ捨ててあったり、回想シーンに登場するお地蔵様に『佐竹』って彫ってあったり、後半に影が描かれてなかったりして『佐竹死亡説』まで語り継がれるかも知れない。
となりのサタケ──いや、怖過ぎるから。
え、待って? 本当に怖い。しんどい。
「では、佐竹さんを踏まえたいつものメンバーで、ダンデライオン集合でよろしいでしょうか?」
「いいんじゃない? 優志君もそれでいい?」
「あ、うん。大丈夫」
これで役者が全員揃うことになるけれど、僕は未だに自分が行おうとしていることに疑問を浮かべてしまう。味が薄かっただけじゃない、弾力が足りなかったというわけでもない……それじゃあ一体、なにが足りないと言うのだろうか? 僕は、大切なことを見落としてしまっていないか──。
春麗らな気温で、午後の授業は眠気との戦いになると思っていたけれど、吹き抜けた風は湿気を含んだ冷たさを運んだ。
「なんだか嫌な風が吹いてきましたね。雲もちらほら出てきましたし……雨が降るかもしれません。そろそろ教室に戻りましょう」
「そうね」
二人は髪を揺らしながらすっと立ち上がり、教室を目指して歩き始めた。
「優志君、早くしないと予鈴が鳴っちゃうわよ?」
「あ、うん。いまいくよ」
気にし過ぎてしまっているだけだ、と自分に言い訊かせながら立ち上がる。
野晒しになっているこのベンチに残った温もりは、ほんの数秒と持たずに無くなるだろう。余韻すら残さないとするように。
雲に隠れた太陽が地上に影を落とした。
グラウンドで昼練をしていた野球部も、サッカー部もいつの間にかいなくなり、風圧で浮いた花弁がひゅうるると宙を舞う。
ぽつり、ぽつり。
「狐の嫁入り、か」
ぽつり呟いて、僕は一足も二足も遅れて彼女たちの背中を追った。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・現在報告無し