一十七時限目 佐竹義信は煮え切らない[後]
翌朝。
切り忘れた目覚まし時計のアラームがけたたましく部屋中に鳴り響き、勢いよくベッドから跳ね起きた。
今日は土曜日で、予定も特に無い。
二度寝しても構わなかったのだが、折角起きたので、飛び起きついでに締め切ったカーテンを開けた。
「ん……眩しい」
青々とした空に浮かんだ太陽が、温かい陽射しを窓に注ぐ。寝起きの俺にはちとキツいな……って呟いてから、着の身着の儘に部屋を出た。
廊下でばったり姉貴と鉢合わせ。
どんなタイミングだよ。
双子じゃねえんだから、起床時間までシンクロすんな。
「おはよ、義信。いつも助かるわあ……アラーム」
くわあっと大きな口を開けて欠伸をしながら、寝ぼけ眼を寝間着の袖でごしごし擦った。
つか、服をどうにかしろ……。
第三ボタンまで開け放たれた胸元から、ボンバーマンの爆弾みたいなやつがはみ出しそうで、目のやり場に困る。身内の裸体を見てもどうということは無いが、これでも一応年頃の男子高校生だ。
俺じゃなかったら見逃してたぞ? いやいや、そこは見逃せよ。身内だぞって下らないことでも考えてなきゃやってられん。そのおかげと言ったらアレだけど、眠気も忽ち吹っ飛んだ。
さすがは爆弾、火力が半端ねえ……。
「勝手に俺のアラームを使ってんじゃねえよ……ガチで」
挨拶程度に愚痴を言うと、姉貴は甘えるように体をくねらせながら、俺の体に絡んできた。
「いいじゃない……。減るもんじゃないし」
耳元で囁かれて、ぞわりと背筋に粟が立つ。
「酒臭えから……普通に、マジで」
姉貴を先頭に階段を下りて、姉貴はそのままリビングへ。
俺は脱衣所にある洗面台へと向かった。
鏡に映る寝起き姿の俺は、お世辞にも格好いいとは言えない。髪は寝癖でぐしゃぐしゃだし、なにより生気を感じなかった。
酒癖と寝起きの姉貴は、ガチで質が悪い。
過度にスキンシップをしてくるからなあ……。
気分を変えようと、歯ブラシに歯磨き粉をこれでもかと塗り、ゴシゴシとブラッシング。毛先が細くて硬めの歯ブラシを毎回購入するが、歯茎を労わるなら柔らかい歯ブラシで、ゆっくりマッサージするように磨くのがいいらしい。でも、硬くないと磨いた気がしないんだよな。
その後、顔を洗って、テカり防止、兼、化粧水を顔に馴染ませるようにして塗り込み、軽く髪の毛を整えればいつも通りの俺が鏡に映っていた。
「よし、いい感じだ」
と、鏡の前でふっと笑ってみた。
イケメン……ではねえなあ。
優志は俺を『イケメン』と呼ぶが、あれはきっと皮肉かなにかだろうと思う反面、認められているようにも思えて、ちょっとだけ嬉しさも込み上げてくる。内心、馬鹿にされてるんだろうってわかってるけどな!
脱衣所から出ると、姉貴が淹れたインスタントコーヒーの香りが、リビングを塞ぐドアの隙間から廊下に漂っていた。案の定、姉貴は頭をボリボリと搔きむしりながら、インスタントコーヒーを台所で立ち飲みしている。
「座れよ、行儀悪い」
「アンタは母さんかって」
──飲むでしょ?
──おお、さんきゅ。
俺の分も用意してくれていたらしく、いつぞや百均で購入した白と黒のストライプがダサい、大きめのマグカップを姉貴から受け取る。
「……まじい」
「淹れてやったんだから文句言うな」
最近、照史さんの店で本格珈琲を飲んでいるから、安物のインスタントコーヒーがやたら不味く感じる。
この味を一言で例えるなら、やたら苦いお湯だ。
ライオンキングで飲んだ珈琲と比べること自体、ポンデライオンに失礼だろう……って、店の名前ってこんなだったか?
もっと強そうな名前だった気がする。
スリーピングライオンとかライオンハートとかマーライオンとか……まあ、いいか。
「今日の予定は?」
カフェインを摂取して目が覚めたのか、通常運転になっている姉貴に訊ねると、うふふって笑った。
「デート。夜はホテルで運動会してくるわ」
たーのしいなあ♪ じゃねえよ。
「そこまで訊いてねぇし……つか、少しはそういうの隠せよ」
「冗談に決まってるじゃない。サマコミまで期日が迫ってるから、打ち合わせと原稿の仕上げ。他にもやること沢山あるのよ」
サマコミ──サマーコミックバーゲンの略で、毎年、東京の某所で開催される大規模な同人誌即売会の略称だ。
毎年ニュースで取り上げられてるが、そんなに面白いのか?
一般人が気軽に行ける雰囲気ではないことはたしかだが、生で本格的なコスプレが見れたりするのは面白そうではある。
まあ、俺には一生縁がない行事だろう。
「アンタは? 休みなのにこんな早く起きるなんて珍しいじゃない」
「遊ぶ約束もしてねえし、とりあえず散歩でもして、ワンチャン漫喫でも行こうかと」
──退屈な休日ね。
──ほっとけ。
お互いに台所でコーヒーを立ち飲みしながら、くだらない会話を飲み終える繰り返した。
「父さんは、今日も遅くなるって」
「相変わらず忙しいんだな」
親父は休日出勤らしい。休みが少ないってぼやきながら、いつもビールを片手に毒を吐いている。お袋は近くのスーパーマーケットでレジ打ちをしているけど、最近は腰が痛くてキツいとぼやいていたから、退職も視野に入れてるようだ。
俺は両親に育てられたというよりも、姉貴に育てられた印象がデカい。
然し、姉貴は自由奔放な性格だ。
結局、家事をするのは俺の役目だったりするが、最近になって、姉貴は家にいることが多くなり、稀に家事を手伝ってくれたりはする。だけど、気分が作用するので高望はできない。
「それじゃ、私は準備して行ってくるね。帰りは遅くなるからよろしくどうぞー」
「はいよ」
いつも通りの日常。
なんの変哲もない退屈な朝だ。
「さて、俺も着替えて出かけるか」
部屋に戻ってから暫くの間、あの喫茶店の名前を思い出そうと躍起になってみたが、喉元辺りまで出掛けて、ポンデライオンがサヨナライオンしやがるので考えるのをやめた。
玄関を出てから外を見渡すと、見慣れた風景にうんざり。どうしてこうも、似たり寄ったりな民家が建つものだ。初見だったらダンジョンとそう変わらないだろう。マップを見ながらじゃなきゃ、絶対に俺の住む家は特定できないはずだ。まああれだ。携帯端末の地図アプリに住所を入れれば、マップに赤いラインが表示されてルート案内してくれる。
「そうか、わざわざ楓を呼び出す必要なかったな」
あの喫茶店の道となりもダンジョン極まっていたが、地図アプリを使えば一発だったのでは? キーワードに『喫茶店 ライオン』と入れたらヒットするに違いない。
「地図アプリって超便利だな」
と、独り言を口の中でもごもごしながら歩いていると、いつもの癖で最寄駅の前に辿り着いた。
「これは、あの店に行けってやつだろ。ガチで」
ジーンズの後ろポケットに突っ込んだ財布を取り出して、中身を確認する。
「……なんとかなるべ」
財布を後ろポケットに戻して、駅の改札を目指した。
【備考】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』をご覧頂きまして、誠にありがとうございます。
今回の物語はどうだったでしょうか?
皆様のご期待に添えるように全力で書いていますが、まだまだ実力不足な私です。次はより面白い作品が書けるように、これからも努力して参ります。
【瀬野 或からのお願い】
この作品を読んで「面白い! 応援したい!」と思って頂けましたら、お手数では御座いますが、『感想・ブックマーク・評価、等』を、どうかよろしくお願いします。
【誤字報告について】
作品を読んでいて〈誤字〉、もしくは〈間違った言葉の使い方〉を見つけた場合は、どうぞご遠慮なく〈誤字報告〉にてご報告下さい。
その全てを反映できるかはわかりかねますが(敢えてそういう表現をしている場合も御座います)、『これはさすがに』というミスはご報告を確認次第修正して、下記の【修正報告】に感謝の一言を添えてご報告致します。
「報告したら不快に思われるかも」
と躊躇されるかも知れませんが、そもそも『ミスしているのは自分の責任』なので、逆恨みするような真似は絶対にしません。どうかご安心してご報告下さいませ。勿論、誤字しないのが一番よいのですが……。
報告、非常に助かっております。
【改稿・修正作業について】
メインストーリーを進めながら、時間がある時に過去投稿分の改稿・修正作業を行っております。
改稿・修正作業はまだまだ終わりませんが、完成した分は『活動報告・Twitter』にて、投稿が済み次第お知らせ致します。
最後になりますが、現在ブクマして下さっている方々や、更新してないか確認をしに来て下さる方々、本当にありがとうございます。
完結を目指してこれからも書いて参りますので、引き続き応援して下さると嬉しいです。
これからも、
【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】
を、よろしくお願い致します。
by 瀬野 或
【誤字報告】
・現在報告無し