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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十五章 Do not dependent,
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二百八十五時限目 悪意には極悪を持って制す


 暮れ方の東梅ノ原駅で、僕は帰りの電車を待っていた。腕時計で時間を確認、電車が来るまでの(すん)()、立って待つには早すぎると、付近にあった背凭れ付きの椅子が連なるベンチの隅っこに腰を下ろした。


 冷んやりするプラスチック製の青いベンチは、さっきまで座っていたケーキ屋の椅子より心地が悪い。僕の右隣にあるベンチの上には、桜の花弁が風に流されて溜りを作っている。都内のように、数一〇分に何本も電車の往来があるわけではない田舎の駅では頻繁にある事象。電車の時間を間違えれば一時間くらい待ちぼうけを食らうこともざらにある。それに、東梅ノ原駅から梅ノ原駅に着いたとして、今度は梅ノ原駅から出発する電車が無かったりするので、乗り換えも踏まえなければならない。不便過ぎて欠伸(あくび)が出る。


 学生鞄のホックを外して中に手を突っ込む。感覚だけを頼りに、携帯端末と本を取り出した。新学期が始まってからは、なかなかページを開くことが出来ずに、紐栞は三分の一くらいの間に止まっていた。


 やはり、手元に置いても読む気分にはなれないな──。


 取り出した本を鞄に戻して携帯端末の画面と対面。誰だ、冴えない面で僕を見ているコイツは……ああ、ソイツは黒い画面に反射している僕自身か。


 細面の童顔は相変わらずで、僕はどこに〈成長〉を落としてきてしまったのだろうか? 大人になってもこのままだったら就職に差し支える可能性も微レ存。筋トレも続かないから、筋力も男子平均以下。僕に男子としての尊厳は無いのかい? だけど、そんな物はどうでもいいとしている気持ちもある。むしろ、どうでもいいの比率の方が高い。この体躯で過ごしてきた日々を思えば思うほど、体の成長は期待できないことの裏付けとなっているのだから、こればかりは諦める他に無いだろう。


『間もなく、二番線ホームに電車が参ります』


 身体の成長しなさ過ぎ問題を嘆いていたら、駅の構内アナウンスがスピーカーから流れた。よっこいしょういちっと立ち上がり、(えん)()を伸ばして固まった体を伸ばした。





 * * *





 二回目の近況報告は、昨日の内容と似たようなものだった。柴犬が上手く立ち回っているのかまでは詳細に書かれていないのでわからないけれど、ハラカーさんも柴犬と似たような報告をしているので、嘘や強がりの類ではないだろう。油断しないでと返信したら、『お前はテニス部のキャプテンかよ』と柴犬は返す。さすがはテニス漫画の金字塔、柴犬もテニプリは齧っているようだ。


 僕は思う──『殺し屋』なんて異名を持つ僕の推しである彼のレーザービームより、波動球のほうがよっぽど殺傷能力があるのではないかと……いつからテニプリはバトル漫画になったんだ? それはそれで面白いからいいんだけどさ。


 (しゅん)(みん)(あかつき)を覚えずとはよく言ったもので、瞳を閉じれば心地よい微睡みが「こっちへおいで」と僕を手招く。インスタントの苦い(コー)お湯(ヒー)では目も覚めない。今日は掘り下げて考えるんだろ、まだ初更に入ったばかりだというのに、どうしてこうも眠気を誘うのか。


「顔を洗ってこよう……」


 それでどうにかなるとも思えないが、やらないよりはマシと言うものだ。


 階段を下りて廊下を行き、玄関手前にある白いドアを跨いだ先に脱衣所がある。そこの洗面台でばしゃばしゃと顔を洗うと、『やらないよりはマシ』と思っていたよりも効果はあった。


「本当に、冴えない顔してるな」


 鏡に映った自分の顔は、スマホ画面に反射した顔そのもので参るなあ。それに、どうしてこんなにも集中力が欠けるのだろうかと思案に余る。


 僕は本当に、柴田健と春原凛花を助けたいと思っているんだろうか──。いいや、助けたいことは助けたいと思っているし、いじめなんて下らないことをしている連中には、それ相応に天罰を下してやりたいと思う気持ちだってある。だけれど、状況がイマイチ把握しきれていないのだ。敵の素性もわからなければ、本当の敵が誰なのかもわからない。


 柴犬のクラスでいじめが発生していて、その標的が二人なのは間違いないんだろうけども、他所の高校で発生している事案に対して首を突っ込んでよいものだろうか……と、思うところも無いわけじゃないかった。


「正義の味方は僕の性分じゃないしなあ……」


 こういうのは適材適所があり、僕が適任だと指名されても首を傾げてしまうのだ。『頼りになるのはお前だけだ』と信頼してくれるのはいいけれど、どんな問題にも折中案を考えてしまう僕が解決できる問題なのかどうかも危うい。





『──それで、私に連絡をしたんですね』


 部屋に戻った僕は『適材適所』を考えて、目に歯を精神逞しい月ノ宮楓に連絡を取った。


『事情は理解しましたが、優志さんが白旗を振るなんて珍しいですね』


 らしくない、と言いたいんだろう。


「僕だって出来ることなら、自分の力だけでなんとか穏便に済ませたいんだよ」


『穏便、ですか──いじめが発生している時点で、穏便に解決は難しいかと思います』


 月ノ宮さんは()便()という言葉が腑に落ちなかったのか、言葉尻が強くなり、僕を責めるように畳み掛けた。


『下劣な行為を行う相手を捌けるのは、正義のヒーローではありません。そして、この世に正義のヒーローだと謳ってのたうち回る者は、損得感情でしか動けない偽善者ですよ』


 お、おう……今日の月ノ宮お嬢様は、随分とキレッキレで御座います。


『優志さんはこれまで、損得感情で事態の収集を目論んでいましたが、それだけでは無いはずです。ときには悪役を引き受けたり、損な立ち回りも率先して行ってきました。だからこそ私たちは優志さんに一目置いているのです。認めたくありませんが、恋莉さんだって……兎に角、腑抜けたことを私に伝えるのではなく、私をどうやって動かせばいいのかを考えて下さいませ。では、御機嫌よう』


 怒涛の叱咤に阿鼻叫喚すらままならず、声を発する暇も無く、最終的には一方的に通話を切られてしまった……。


 ご機嫌じゃないからこっちは困却しているんだってのに。


 けれど──。


「視野を広げてみるか」


 これまで僕は、『自分が彼らのためになにができるか』を考えていた。──違う、そうじゃないだろ。僕のスタイルは『折中案を模索してなあなあに収める方向へと導く』だ。


 いじめを解決するのは正義の味方マンがする方法だ。いやいや、僕にそんな大層なことができるはずないだろう。僕に出来ることと言えば降りかかる火の粉を払って、その火の粉を相手に飛び火させるくらいだ。『フルカウンター!』と剣を振り翳すことが出来れば気持ちいいんだろうけれど、生憎僕の剣はひのきのぼうよろしくなほどに頼りない。


 でも、ひのきのぼうで魔王を倒す方法が無いわけじゃないし、見えない敵と戦うのは()()()だとも言える。


 伝説の勇者の剣(エクスカリバー)は、いつの時代だって木製なのだ。



 

【誤字報告】

・2021年3月28日……誤字報告による指摘箇所の修正。

 報告ありがとうございます!

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