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女装男子のインビジブルな恋愛事情。  作者: 瀬野 或
一十五章 Do not dependent,
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二百八十四時限目 珈琲の苦味は心を突き刺す


 ケーキセットを頼むと、店員さんが飲み物と一緒に持ってきてくれるそうだ。有り難い、これならゆっくりと席を探すことができる。


 なるべく壁際、なるべく壁際……と呪文のように心の中で詠唱しながら、(くま)(たか)(まなこ)でカフェスペースを()()(こう)()していると、帰り仕度をしているカップルを見つけた。


「あそこが空きそうだよ」


 隣にいる天野さんも気がついたようだ。


「そうね。あそこにしましょ」


 退席するカップルとすれ違い様に会釈をして、僕らはその席に腰を下ろす。他人の温もりがまだ残っているのはどうしようもないけれど、選り好みできるような暇も無さそうだ。僕らが席に座っている合間にも、目もあやな美しいケーキを求めて客が来る。客層は一〇代が五割、残りは物珍しさに惹かれた主婦や、通りすがりのお姉さんといった風情だ。女性客をメインターゲットにしているのは、店内を見ればお察しだろう。


 この店の形は物見高い姿を象っている。


 英文字の〈L〉を右に一十五度回転させてから更に反転。縦のラインより横のラインの方が長いのは、厨房や冷蔵庫などの設備を整えた結果かな。


 外には車が五台停められる駐車場と屋根付きの二輪車置き場が有り。車は店舗側、二輪車は外側という区分だ。


 田舎に店を構える場合、駐車場は必須条件と言えるだろう。


 新・梅ノ原駅周辺から数キロ離れれば市街地となり、田舎に住んでいる人の足は自動車か原付バイクである。つまり、駐車場が無ければ見向きもされないのだ。それゆえにコンビニも駐車場を設けているのだけれど、コンビニの駐車場は余り余るほど広い。トラックが停車しても何ら問題ないくらいには余裕なので、都会人が田舎のコンビニを初めて見たら目を丸くして驚くだろう。


 カフェスペースは五角形の型をしていて、ケーキ売り場と隣接している。壁には強化ガラスの窓が張ってあり、外からもケーキを楽しんでいる客の様子が見える仕組みだ。本を読みながら珈琲を飲みつつ、口の中に残った苦味をケーキが緩和する──散歩中にそんな光景を一目でも見たら僕だって迂闊に入り兼ねないけれど、こんなにファンシーで、ポップで、メルヘンな内装を知ってしまったいまだと、()()姿()での単独入店はちと厳しい。もう少しくらいビターで、ハードロックな要素もあれば……ケーキ屋でそれはナンセンスだな。


 壁際には三人掛けのテーブル席が五席、中央に四人掛けのテーブルが一席の合計六席ある。オープンしたばかりなので混み合っているけれど、落ち着いてくればこの席数でも問題無さそうだ。


 L字と五角形が合わさっているこの店舗は、外見だけ見ると珍妙に思える。


 どうしてこんなヘンテコな作りにしたんだろうね──なんて、対面に座る天野さんと話していたら、足早に女性店員さんがやってきて、四角いテーブルをアルコールスプレーで消毒してから拭いてくれた。途中、女性店員さんの手が止まる──。


「あれ……優志君と恋莉ちゃん?」


 訊き覚えのある声に顔を向けると、そこにいたのは白いコック帽を被った村田()()()だった。


 ミユキさんがいるならば、タクヤとシンジのDQNコンビもいるのでは? ここでこの二人と鉢合わせしたら最悪だ。


 あからさまに僕が警戒しているのを察したのか、ミユキさんは僕の様子を見て苦笑い。


「あの二人とはもう一緒に行動してないわよ」


 そうですか……と胸を撫でる。


「──お久しぶり。チョコ作り以来だったよね? 二人とも元気にしてた?」


「はい。村田さんもお変わりなさそうで……どうしてこの店で働いてるんですか? たしか村田さんのご実家ってケーキ屋でしたよね? お父さんがパティシエだとか」 

 

 ──よく覚えてるわね、優志君。


 ──まあ、村田さんとは色々あったから。


 天野さんは笑っているけれど、眼が笑っていない。背後には『ゴゴゴ』とか『ドドド』みたいな擬音すら浮かんでいそうだ。「理由はおわかりですね?」と訊ねられればワザップジョルノの完成。処刑用BGMが鳴り響いてto be continued。


「あはは……。父とこの店のオーナーが友だちなのよ。人手が足りなくて困ってるって言うから私が駆り出されたの──デートの邪魔してごめんなさいね?」


「あ、いえ! そういうつもりでは……すみません」


 ミユキさんは去り際に天野さんの耳元でなにかを囁く。その声は店内に流れているポップなサウンドに遮られて訊こえなかったが、耳元で囁かれた天野さんは耳まで真っ赤にして「そういうのじゃないですから!」と両手を振って抗議していた。


「それじゃ、ごゆっくりどうぞ。……あ、優志君」


「はい?」


「無理して上の名前で呼ばなくてもいいから。優志君が裏で私を〝美由紀さん〟って呼んでるのは知ってるのよ? ソースは琴美」


 なん、だと……。


 琴美さんめ、さては佐竹を経由して知ったな? それを面白おかしくミユキさんに教えたんだろう。


 佐竹の過去話を訊いて、少しは見直したというのに前言撤回!


「優志君。美由紀さんとなにがあったのかしら? 詳しく訊かせて貰うわよ」


 はあ……ですよね。


 やっぱり、佐竹琴美は災厄しか呼び込まない。





 いくら甘党と言えど、この店の生クリームがさっぱり味だとしても、美味しさを感じれる量を大幅に超えている。


 ホットのブラックコーヒーが五臓六腑に染み渡るなあ……もし次に来店する機会があったら、空気に呑まれることなく一つにしようと心に誓った。 


 然し、女性は違う。


 天野さんは『ケーキは別腹』と言わんばかりに、追加のシフォンケーキにまで手を出して、あっという間に平らげてしまった。……そう言えば〈らぶらどぉる〉の生クリームたっぷりパンケーキもお茶の子さいさいだったな。女子の生クリーム好きは異常。僕も特訓するべきだろうか? いや、考えただけでも頭の奥のほうに不快感が生じる。適量こそが最適量だけどチョコレートは別腹。


「美味しかったあ……」


 それはようございました。


 満足そうに微笑む天野さんを見て、つい頬が緩んでしまった。


「人の顔を見て笑うのは感じ悪いわよ?」


「そういうつもりはないんだけど……いや、ケーキが好きなんだなあって思ってさ」


「優志君って〝女子は全員ケーキが好き〟みたいに思ってるでしょ?」


 ぎくり。


「やっぱり、そうだと思ったわ」


 否定はしないけど、と言葉を付け加えた。


「今日は付き合ってくれてありがと」


「お礼を言われるようなことはしてないよ」


 こういうときは素直に受け取りなさい──と、天野さんは右腕を伸ばして、僕の額にデコピンをした。痛みはそこまでしなかったけど、「いたっ」と言ってしまうのは条件反射だ。


「そこまで強くしてないわよ……ねえ優志君。凛花は大丈夫かしら」


「一応、腐っても柴犬は彼氏だし、同じクラスなんだから大丈夫だと思うよ」


「……そうよね」


 僕の言葉は気休めだ。


 いじめのターゲットになっていて、『大丈夫』なんてことは絶対にあり得ない。それどころか、日に日に過激化する嫌がらせを受けて、精神をすり減らしていくだろう。


 柴犬、頼むぞ。


 柴犬はどうなってもいいから、ハラカーさんだけは守り通してくれ──。


「優志君は作戦参謀役を任されているのよね? いい案は浮かんだ?」


 僕が諸葛亮孔明ならば、無から千本の矢を生み出すこともできよう。然し、そんな才能は持ち合わせていない。


「なんとかしてみるよ」


 そんなあやふやな言葉がなんの役に立つと言うのか。


「優志君なら、きっと──もし私になにかできることがあればなんでも言って。協力は惜しまないから」


「ありがとう」


 帰宅したらメッセージをチェックして、もう少し掘り下げて考えてみよう。そのための糖分は摂取した。思考を回転させるには充分な量だ。胃がきりきりと痛むけれど、それは過剰に摂取した甘味のせいじゃない。


 ふっと天野さんを見ると、湿っぽい顔を見せまいとする天野さんの微苦笑が目に留まる。心を痛めているのは天野さんも同じだ。親友の窮地に駆けつけることもできず、指を咥えて待つしかできないのだから相当悔しいだろう。


 僕の肩に責任が重く伸し掛かる。


 どうにも最近飲む珈琲は、どれも苦味が強くていけない。



 

【修正報告】

・2021年7月1日……誤字報告箇所の修正。

 報告ありがとうございました!

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